ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
大事なくれあ。
ただ一人、この世界で私を認識してくれる友達。
その時──
妖精が牙を剥いて襲い掛かってきた時、
それに続いて、
……最初、くれあと一緒だったから、自分を認識できたように思っていた。
でも、鬼林は、渚いさみを認識している。誰からも──くれあ以外から『なかったこと』にされている、自分を。
そうしたら、大事な人が増えてしまった。
守ろうと思った。
守れなかった。
ウィッチが、彼を守った。
それは安心であり、後悔であり、それから、悔しさだった。
渚いさみの世界はずいぶん縮んでしまった。『誰かがそこにいる』ことは、察せられる。でも、『渚いさみがそこにいる』ことは、誰にもわからなくなってしまった、この世界。
くれあ以外には『渚いさみ』の存在を認識されなくなってしまったこの世界で、はるかに年上のおじさんとはいえ、自分を自分と認識できる人を守れなかった。
……だから、ウィッチと鬼林を同一人物だと、思いたがった、というのも、あるのだろう。
いさみの根幹にあるのは、『どうせ自分はもうこの世にいないから、この世にいる人たちを守るために犠牲になるべきは自分だ』という感情だった。
だからこそ自分のために人が傷つくのは許せない。怒りだ。どうしようもない現実に対する怒り、ふがいない自分に対する怒り。あらゆるものに対するあらゆる怒りが、渚いさみのもっとも強い感情だった。
「いさみは最初から、ジブンたちのことを疑っていたでありますな!」
熊のようになった妖精が襲い掛かってくる。
いさみは、ひたすら逃げていた。
はだしのまま家を出て、住宅街を走って、逃げている。
変身の隙を狙っているが、できない。
『立ち止まって、聖剣を抜く』という隙が許されない。
相手は熊のような、巨大で、毛むくじゃらで、筋骨隆々で……
それから、軍人のように、兵器を使い、いさみを狙っている。
「ジブンとしては、いさみは立派な『戦士』だと思うのであります! しかし……隊長殿が、あまりにも甘く……きちんと名乗り、説明し、そして堂々と神器を奪うべきだと! 絶対命令権三つのうち二つを使ってまででありますよ!? こんな作戦遂行を阻むような命令をなさった! ……しかしジブンとしましては、隊長殿のご命令は、無慈悲であるとも思うのであります!」
ハキハキとしゃべる、青い妖精──だったもの。
手のひらサイズの青いヤマアラシは、奇妙に笑んだような顔の、熊のような体躯の生き物になってしまった。
そして、よくしゃべる。
アレが妖精だと思っていたころ、いさみは、アレの声を聞いたことがほとんどなかった。
いつも無言で自分の仕事をするだけだった。だから、いさみが妖精から聞こうと思う説明も、全部、くれあの方のピンクのリスがしていた。
……妖精が全部、『ああ』だとしたら。
くれあも、危ない。
守らなければ。守りたい。くれあは、自分を救ってくれた──一人ぼっちで、誰からも『いないもの』に扱われていた自分。『渚いさみ』ではなく『誰か』としか思われなくなって、それに慣れて摩耗していた自分の心を、救ってくれた人だから。
……でも。
今、助けるどころではない。
変身さえ、できない。
やけにおしゃべりになった妖精は、いたぶるようにゆっくりと歩いていさみを追い回し、いさみが変身しようとすると、できないように、何かを撃ちこんでくる。
撃ちこまれる弾丸は、ただの女子中学生状態のいさみが、発射されたのを見たあとに逃げられるぐらいには遅い。
でも、のんびり変身はできない。……物陰に隠れても、その『物陰』を貫通する威力がある。
「隊長殿のご命令ゆえ説明いたします! 渚いさみは、『現地の無力な民間人』であり、これを我々プロの軍人がただ撃滅するのはあまりにも無慈悲ゆえ、警告と説明のあと、それでも抵抗の意思ありと見たならば、殲滅やむなし──このように命令をいただいているであります! しかし……ジブンは、隊長殿のこのご命令には、若干の反感を抱いているところであります!」
楽しそうだな、といさみには思えた。
大人だ。
圧倒的な力を背景に、子供に説教をする大人。
いさみには、アレが、そう見えた。
「警告せずに後ろから撃ち殺してしまえば、このような追いかけっこは発生しなかったと、ジブンは思うわけでありますな。それに、いさみは、これまで異物を相手に戦いを繰り広げ、
路地に隠れる。
聖剣を手にする。
撃たれる。
抜く暇が、ない。剣を抜く。そんな、ほんの小さな動作の暇が、ない。
暇ができたと思って抜こうとすると、的確に射撃が飛んでくる。
間違いなく、いたぶられている。
口ではいさみを評価したようなことを言っているが、その内心は、いさみを見下し、そして、何かの不満、憤懣を抱いている。
その不満、憤懣を、いさみを使って吐き出そうとしている。絶対に自分が勝つという確信に基づいて、弱者と定めた相手をいたぶっている。……それは、いさみの嫌う、大人のやり口だ。
だから、負けていられないと思った。
路地から出て、相手の正面に立つ。
全身からスパイクの生えた、熊のように巨大な、二足歩行の化け物がいた。
かわいらしかった見た目の面影が、顔立ちにあるのが、とてつもなく、おぞましかった。
そして、射線が通り、完全に路地に隠れるまで少し距離のある場所に立ったのに、相手は撃って来ない。
やはり、いたぶっているだけだ。
だからいさみは、相手をにらみつけた。
「見え透いているわよ」
「何がでありましょう!」
「……大きな体と大きな声で恫喝して、『いつでもお前なんか自由にできる』っていう暴力をちらつかせて、こっちに圧力をかけて……怖がらせて、意のままにしようっていうのが、見え透いてるのよ」
「……」
「隊長の命令に不満──とか、愚痴を言っていたわね。でも、あなたたちのさらに『上』は、あなたじゃなくて、あなたが不満を持ってる方を隊長にしたわけでしょう? 理由、わかるわよ」
「拝聴しましょう!」
「あなたのゲスな人格と、小さい器がバレてるのよ」
「……」
「隊長その人に直接文句を言えない臆病さもかしら。『こいつなら、甚振ることができる』と思っている相手にしか愚痴を吐けないなんて、友達もいないんじゃないの?」
「…………」
「あなたなんか──」
「──挑発で意識を逸らし、背後に隠した聖剣を抜く」
「…………」
「なるほど起死回生の一手というわけでありますな。壁に隠れても見つかるなら、言葉の陰に隠れてしまえ、というわけでありますか。──二つ、本気の忠告をさせていただくであります」
「……」
「その程度であざむける相手は、プロとして生産されないのであります。そして……」
「……」
「図星を突くのは、相手に殺されない状況にしろよ、現地人。自覚はあるんだ。あんまり言うなって。うっかり殺したくなるだろ」
言葉の終わりにあまりにも自然に放たれた弾丸が、いさみの腹部を──その背に隠した聖剣をめがけて放たれた。
変身をしなければ助からない。
だが、変身はギリギリ間に合わないと、いさみの計算が言っている。
それでも、変身をあきらめない。戦うことを、あきらめない。
廃病院で、あのおぞましい異物に負荷を与えられた時、情けなく地面におさえつけられて、まったく動けなかった。
あれ以来、いさみはもう二度と、敵の前であんなふうにならないと決めている。守るべきものを横に、後ろに負った時、情けない姿は見せないと、決めている。
死ぬかもしれなくても、最後まで、気高くあろうと決めている。
自分を殺すかもしれない──『なかったこと』にするかもしれない侵略者を前に情けない姿を見せてやるもんかという怒りがある。
「聖剣──」
だが、現実問題、間に合わない。
それでも目は閉じない。逃げない。
だからいさみは、見た。
放たれた弾丸を斬り裂く大鎌を。
「──抜刀」
己の口から正しい変身の文言が放たれたのを自覚する。
これまでずれていた認識・常識。もっとも強固でもっとも最初に敵によってかけられたセーフティ。神器という、連中でさえ制御ままならぬものにかけられた強固な改変。それをぶち破る感覚があった。
神器の所在が四つそろって、神が見つかった。
だから敵は正体を現して、敵の作戦は最終段階に入った。
それは目標の位置が明確になったから、というだけが理由ではない。
神と神器の所在は知りたいので、四つ出現するまで探し続けねばならなかったのは事実だが……
現実問題。
神器が四つそろい、神の所在がつかめたその時点で、全力の侵略を開始しなければ、勝てない可能性がある。
だから敵はこれまで改変に向けていた出力を『侵略』に向けた。
「もう、戦わずに普通の人生を歩めとは言わない」
大鎌がゆったりと動き、その棒の先端を、敵へ向ける。
「我が名において宣言する。今、所在のわかっているすべての我が飛沫を集めれば──」
敵が、半歩あとずさっていた。
……それだけ、今の、大鎌の持ち主……
ディメンション・ウィッチの存在感は、圧倒的だった。
質量みたいなものが、明らかに違った。
「──我が権能で、すべてを元通りにしよう」
だから、とつぶやいて、ウィッチが振り返る。
でもその時にいさみを振り返った表情は、ウィッチのものではなかった。
底なしの暗闇みたいな目の下に、不器用な微笑みが浮かんでいる。
声や顔こそウィッチだったけれど、その笑い方は……
「というわけで、最後の戦いのようです。……少しだけ君たちの力を頼りますよ」
……もう、ごまかしようもなく。