ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
知らん知識が流れ込んでくる。怖い。
敵は奪った神様の力で常識改変をしている。
……が、神様の視点で言わせてもらうと、『神様の力が常識改変』というのは、酷い勘違いだ。
創造神の権能はその程度ではない。
俺が理不尽に対し自分の思考能力・所持情報の範疇で理屈をつけて精神の安定を守ろうとするように、向こうの世界の人間は、『創造神の力』というものを、自分たちでも観測できる現象から逆算して定義してしまった。
創造神の力は、現実のねじまげ、人の認識の改変ではない。
世界の形をこねていじり、時に付け足したり、時に減らしたりという、世界そのものの調整能力。
ただし『世界の形』は、『陸地の形状』とか、『海の広さ』とか、そういう、俺たち人間にもわかりやすいものだけを指さない。
神様がいじくる世界の形は、歴史そのものであり、概念そのものであり、人というものがデフォルトで持っている認識能力そのものを指し、それを自在に操る。
「原初、世界には泥のみがあった。その泥の名を『混沌』と呼ぶ」
肉体の自我が話している。
それはたぶん『魔法の詠唱』に該当するものだ。
ただ話しているだけなのに、顔のかわいい毛むくじゃらの化け物みたいなのが、頭を押さえて苦し気にし、膝をついている。
ちょうど、廃病院で魔法少女たちがそうだったように。
……ヤバイことが起きてる。
さっきまで昼だった。夏の日は長い。明るい時間は多い。
でも、神様が話を始めたら、あたりが夜になった。
……ただの夜じゃない。
『原初の夜』になっている。
「泥を乾かし、まずは大地を創った。大地の色は、泥の色とよく似ていて、まぎらわしかった。だから、『色』を創った。『色』は、生命となり、大地には、『生み出す力』と『育む力』が宿った。──お前たちは、それを
「あ、が、ああああ……!」
化け物が苦しんでいる。
……酷い頭痛を覚えているように両手で頭を押さえて、両膝をついて苦しんでいる。
「生命が増えすぎた。そこで、刈り取るため、鋼を創った。鋼は『死』という概念と、『切り分ける』という概念を世界に生み出した。──お前たちはそれを、
周囲から、ずるずると、泥が集まってくる。
ぶちギレたウィッチが怪物の集団に突撃し、刈り取りまくった。
そうしてある一定数を刈り取り、ある一定量の泥を集めたら、もう、刈り取らなくてもよくなった。
一枚の紙の上に、重りを置いたとする。
と、重りに向けて紙がたわみ、端っこに乗っている物は勝手に集まってくる。
ちょうど、そんな感じで、どんどん、ウィッチに向けて、泥が還ってくるようになった。
……たぶんだけど。
現状の『急な化け物の大量発生』が敵の計略、作戦のフェイズが進んだことによる意図的な状況の変化だとして……
これを起こした敵側には、絶対の勝算があったんだと思う。
正直言って、俺の視点だと絶望的だった。
何せとんでもない物量がそこらいっぱいにいるんだから。
相手の視点でも、そうだろう。一匹一匹が『戦い』になるような相手を大量に放ってるんだから、そらまあ、勝ちを確信する。必殺の計略のつもりで放たれる。
でも、コケるプロジェクトは、始動前から、第三者にとっては、コケることが明らかなもので。なおかつ、当事者には、なぜコケるのかがわからなかったりする。
この状況を作り出した連中の失敗はただ一つ。
神を見誤った。
自分たちの理解の範疇で説明をつけることは間違いじゃない。そうしないと正気を失うような理不尽なことはこの世にいくらでもあるから。
でも、頭の片隅では、それを真実じゃないとわかっていないといけない。
……が、コケるプロジェクトをやる会社っていうのは、上層部がそのへんをわかってない。
というかまあ、偉くなって、多くのことが自由になればなるほど、自分たちがすべての情報を持っていて正しい判断ができると錯覚していくもんなんだろうな。
そしてブラック企業をブラック企業たらしめる理由のでっかい一つとして、『自浄作用がない』ことが挙げられる。
誰かが猛烈な勢いで『それは間違っていますよ』と言わなきゃならないシーンで、誰もそれを言えない空気が蔓延していれば、コケるプロジェクトが量産される。
でも、上が責任転嫁のしすぎで、本気で『自分たちに責任はない』と思い込む状態になると、失敗の責任を現場に投げるようになる。
仮に現場がどうにかしてしまうともう終わりだ。戦略的失敗を個人の戦闘力でどうにかするような奇跡を『当たり前』と思うようになり、戦略のミスに永遠に気づかない。そして滅びる。
こうして国家規模、世界規模で自浄作用がなくなると、現在、敵さんがやってるような、開始時点でコケるプロジェクトで、神の怒りをかうようになる。
俺の感想は『大変だね、アンタらも』って感じだが……
まあ、なめられたあげく、切り分けられて、資源扱いされて、クソ舐めた『利用』をされた神様視点からすれば……
『ぶち殺す』って感想になるんだろう。
「『死』と『切り分け』が生まれ、大地は半分に分かたれた。上半分が『空』となり、生命は自分たちを見下ろすものを知った。そうして『秘密』が生まれ、『それを暴く』という概念が生まれた。空はその概念を司った。──それを、お前たちは、七つ道具に封じ込めた」
もはや化け物は地面に圧し潰されてるような状態で、指先がわずかにぴくりと動くだけで、どこもかしこも、動けていなかった。
腹ばいになってわずかに地面を掻くぐらいの抵抗が関の山で、もう、あそこからの逆転はなさそうだ。
放っておけばこの肉体の自我は、あいつを『なかったこと』にするだろう。
だから、俺は肉体の主導権を取り戻さないといけない。
あいつが何をしたかは知らない。
なんか知性がありそうな怪物だし、知性を使って何か悪いことをしたのかもしれない。
でも、『だから殺すのが当然の報いだ』と思ってしまうようなことを、渚さんの……子供の前では、してほしくない。
個人の暴力、個人の意思が、他者と他者の間に起こった罪の軽重を定めていいだなんて解釈されそうなことを、子供の前でやるべきじゃない。
やるなら見てないところでやろう。
汚いものから遠ざけようという話じゃない。これは、もしもこの先、この子たちに何かつらいことがあった時に、『暴力での私刑』という選択肢に軽々に手を伸ばしていい実例を見せたくない。そういう話だ。
……まあ、さんざん化け物を目の前で真っ二つにしてきたから、もう手遅れかもしれないけど。
『会話ができる相手』をどうするかは、慎重にやらなきゃいけないと、俺は思う。
「器の意思に感謝をするといい。お前への裁きは引き延ばされた」
怪物は地面に圧し潰されるようになったまま、泥の檻に囚われた。
ウィッチは自我を引っ込め、体の操作権が返ってくる。
振り返った。
ブレイブに変身した渚さんがそこにいる。
後方から駆けてくる足音は、スカウトのものだろう。
……周囲の状況が手に取るようにわかるようになっていた。これなら、スカウトに偵察をお願いするまでもなかった。子供を一人で危険な場所に向かわせてしまったあとで、その必要がなかったことに気付くのは、なかなかの、後悔だ。
「……
渚さんの言葉に迷いはなかった。
それは問いかけではなくただの確認だ。
「そうですね」
否定はなんの意味もないだろう。肯定にさえ、意味はないかもしれない。
でも、問われてごまかさずに認めた事実にはきっと、いつか、意味ができるだろう。
「……くれあを、助けに行かないと。あそこで捕まってるあいつは、私の妖精なんです。私たちはたぶん……妖精に騙されてた」
「すいません、私は情報を何も持っていないんです。なので、『妖精、本当にいたんだ』っていうところからになります」
まず、妖精、俺の部屋に入ったことあるらしいけど、俺には見えなかったしな。
ウィッチが権能を取り戻しつつあるからなんとなくわかるが、ウィッチ側が妖精に認識されないように、俺のブレスレットとかを妖精側の連中に見えなくしていたらしい。
その反作用? みたいなので俺も妖精が見えなかったんだとか。
謎について種明かしをされても、情報がなさすぎて『へー、そんな謎があったんスね……』みたいな気持ちにしかならないな……
相変わらず俺は何も知らない。
だから、
「とにかく行きましょう。説明はされてもわからないので、行動をします」
「…………わかりました」
少しだけ感情の置き所を決めかねるような呆けた顔をしていたが、すぐに表情は引き締まった。
とにかく
俺もそれがいいと思う。
考察も謎解きも、あとから振り返っていくらでもできる。
でも職務中の危険行為は、強いられたにせよ勝手にやったにせよ、現行犯じゃないとあとから『いつ負った怪我か』を曖昧にされてしまうからな。