もしご興味があれば設定流用も大歓迎です。
無言でバシバシ設定をつかってくださったら幸いです。
薄汚れた煉瓦造りの街並みの片隅に、ひっそりと一軒の探偵事務所があった。
開業してから数年。
警察に持ち込むには面倒で、弁護士に頼むには荒っぽすぎる――そんな仕事を請け負うことで、裏通りではそれなりに知られた事務所だった。
評判が良いとは限らない。
「……ここか」
仕立ての良い外套を着た男が、看板を見上げる。
そこには、
『荒事・捜索・護衛・その他応相談』
とだけ書かれていた。
扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
出迎えたのは、眼鏡を掛けた長身の女だった。
「ご依頼でしょうか」
「ああ。所長に話がある」
「奥です」
女――リリスが指差した先。
そこには巨大なオーガがいた。
二メートルを優に超える巨体。
分厚い胸板。
丸太のような腕。
鍛え上げられた筋肉の上に、わずかな脂肪が乗った重量級の肉体。
所長は酒を飲みながら煙草を燻らせ、新聞を読んでいた。
「俺が所長だ。何だ?」
「……借金の処理を頼みたい」
「いくらだ?」
「五千ゴールド」
所長の眉が動いた。
「五千?」
「はい」
リリスが淡々と口を挟む。
「一般的な労働者の年収がおよそ十数ゴールドです」
「つまり?」
「普通の人間なら、一生かかっても返済できない可能性があります」
「なるほどな」
所長は依頼人を見た。
「何に使った?」
男は顔を伏せた。
「……賭けだ」
「なるほど」
「相手はマフィアだ」
「もっとなるほど」
「所長。楽しそうですね」
「面白いだろ」
リリスはため息をつく。
「依頼人は困っているんですよ」
「だから仕事になる」
男は懐から一枚の紙を取り出した。
「この借金が公になれば、私は終わる。家名も、領地も、社交界での立場も失う」
「屋敷や貴金属は?」
「ある」
「なら売ればいい」
「……それができれば、ここには来ていない」
男は苦々しく続けた。
「屋敷はすでに他の者の抵当に入っている。領地にも担保が設定されている。宝飾品や美術品も、その多くが同じだ」
「全部、借金の担保か」
「そうだ」
「現金は?」
「ほとんど残っていない」
所長はしばらく黙った。
「なるほどな」
「期限までに返済できなければ、マフィアは私の家族にも手を出す」
「そうか」
所長は煙草を灰皿に押しつけた。
「じゃあ、踏み倒すか」
「それを頼みたい」
「五ゴールドでやってやる」
「……分かった」
男は即答した。
所長は契約書を引き寄せる。
「借金の証文は?」
「これだ」
「借りた先は?」
「……この街の裏を仕切っている連中だ」
「分かった」
所長は証文を確認し、契約書に署名する。
貴族も震える手で署名した。
「これで契約成立だ」
男は深々と頭を下げると、足早に事務所を出ていった。
「ちょっと行ってくる」
「どこへ?」
「借金取りのところ」
リリスが眉をひそめる。
「……何をするつもりですか?」
「借金を買う」
「五千ゴールドの借金を?」
「ああ」
「いくらで?」
「五百ゴールド」
「随分と高く買いますね」
「安いくらいだ」
数時間後。
繁華街から離れた酒場の地下。
マフィアの幹部が、目の前の所長を睨んでいた。
「五千ゴールドの借金を買いたい?」
「ああ」
「誰の借金だ?」
「さっきまでお前らが追いかけていた貴族だ」
所長は懐から契約書を取り出した。
「債権を俺に譲れ」
「……いくらで?」
「五百ゴールド」
幹部の眉が跳ね上がった。
「五百?」
「ああ」
「五千ゴールドの借金だぞ」
「知ってる」
「十倍の額を取り立てられる権利を、十分の一で買うつもりか?」
「お前らには、それができねえからな」
幹部の顔から笑みが消えた。
「……何だと?」
「その貴族を殺せば、五千ゴールドは回収できない」
所長は煙草を咥える。
「屋敷も土地も抵当に入ってる。宝石や美術品も同じ。今のお前らがそいつを殺したところで、手元に残るのは死体だけだ」
「だったらどうする?」
「俺なら別の方法を考える」
「例えば?」
「それを考えるのが俺の仕事だ」
幹部はしばらく黙っていた。
「……五百だな?」
「ああ」
「本当に払うんだな?」
「契約書に書いてある」
所長が書類を差し出す。
幹部は乱暴に奪い取り、契約書に署名した。
「……いいだろう」
所長は五百ゴールドを机に置いた。
「これで契約成立だ」
「そうだな」
幹部は金貨を見て、鼻で笑った。
「五百ゴールドか。随分と気前のいい探偵だ」
「そうでもねえ」
所長は踵を返す。
「待て」
幹部が声を掛けた。
「……なんだ?」
「気に入らねえ」
男の手が腰へ伸びた。
「五千ゴールドを奪っておいて、たった五百ゴールドで俺たちを笑いものにするつもりか?」
「奪ったんじゃねえ。買ったんだ」
「同じことだ!」
幹部が拳銃を抜く。
「死ね!」
銃声。
所長は反射的に腕を上げ、顔を庇った。
銃弾が太い腕に食い込む。
所長は一瞬だけ腕を見る。
「……痛えな」
そして、銃を撃った男を見る。
「お前」
「な、なんだ……?」
「俺を撃ったな?」
男が二発目を撃とうとする。
だが、その前に所長が踏み込んだ。
銃を持った腕を掴み、引き寄せる。
「ぐっ――!」
そして。
ドンッ!
所長の脚が男の胸元へ叩き込まれた。
巨体から繰り出された蹴りに、男の身体が宙に浮く。
「がはっ……!」
胸骨が鈍い音を立てて砕け、男は壁へ叩きつけられ、そのまま床へ崩れ落ちた。
地下室が静まり返る。
所長は何事もなかったように煙草を咥え直した。
「……豆鉄砲じゃ、俺は殺せねえぞ」
周囲の男たちが一斉に銃を抜く。
「撃て!」
銃声が連続して響き渡った。
所長は腕で顔を庇いながら、真正面から突っ込んだ。
銃弾が肉を叩く。
だが、止まらない。
拳が振り抜かれる。
男が吹き飛ぶ。
銃を握った腕が掴まれ、銃ごと握り潰される。
別の男が殴りかかれば、その腕を掴んで床へ叩きつける。
数分後。
地下室に立っている者は、所長一人だけになっていた。
床には壊れた銃と、呻き声を上げる男たちが転がっている。
所長は煙草に火をつけると、床に転がった幹部を見下ろした。
「慰謝料だ」
「……何?」
「俺の腕に穴を開けた分だ」
所長は机の上に置かれていた自分の五百ゴールドを指差した。
「こいつは返してもらう」
「……ふざけるな……」
「契約は成立してる」
所長は五百ゴールドを懐へしまった。
「お前らが俺に払ったと思えばいい」
「そんな……」
「嫌なら裁判でも起こせ」
幹部は何も言えなかった。
「じゃあな」
所長は地下室を後にした。
翌日。
「つまり」
リリスが帳簿を確認する。
「依頼料として五ゴールドを受け取り、五百ゴールドで五千ゴールドの債権を購入した」
「ああ」
「その五百ゴールドは?」
「慰謝料として回収した」
「……つまり?」
「五千ゴールドの借金を、ただで手に入れた」
「そういうことですか」
リリスは眼鏡を押し上げた。
「所長」
「なんだ?」
「あなた、探偵より借金取りの方が向いているんじゃありませんか?」
「そっちの方が儲かりそうだな」
「冗談です」
「俺は本気だ」
リリスは小さくため息を吐いた。
机の上には、依頼料の五ゴールド。
そして、所長が手に入れた五千ゴールドの債権。
その価値がどうなるのかは、まだ誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは――
この街のどこかに、五千ゴールドの借金を背負った貴族がいるということだった。
1ゴールド = 1000ドルくらい
貴族の借金は日本円で6億円程度
平均年収200万