アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

101 / 153
case96 宴もたけなわ

第九十七話 祭りの翌朝

 

 夜が更けても。

 

 鬼嶺の祭りは、終わる気配を見せなかった。

 

 むしろ。

 

 時間が経つほど、騒ぎは大きくなっていた。

 

 太鼓が鳴る。

 

 笛が響く。

 

 酒が飛び交い、料理が運ばれる。

 

 酔った男たちが肩を組み、女たちも笑いながらそれを眺めている。

 

 昨夜までとは、まるで別の国だった。

 

 その中心では。

 

「飲め!」

 

「もう飲めん!」

 

「飲める!」

 

「飲めない!」

 

「じゃあ飲ませる!」

 

「おい、やめ――」

 

 国綱が龍神の頭を押さえ。

 

 酒樽へ顔を突っ込ませていた。

 

「んぐっ……!」

 

「ほら!」

 

「んっ……!」

 

「まだいける!」

 

「……ぷはっ!」

 

 龍神が顔を上げる。

 

 髪は乱れ。

 

 頬は真っ赤。

 

 目は完全に据わっていた。

 

「……貴様」

 

「ん?」

 

「私は……龍神だぞ……」

 

「ああ」

 

「この国を守っている……」

 

「ああ」

 

「もっと敬え……」

 

「じゃあ飲め」

 

「話を聞け!」

 

 周囲から笑い声が上がる。

 

「国綱、またやってるぞ!」

 

「龍神様も大変だな!」

 

「お前らも飲め!」

 

 国綱は近くにいた男を捕まえる。

 

「え?」

 

「お前もだ」

 

「いや、俺はもう――」

 

「祭りだぞ」

 

「それはそうですが……」

 

「なら飲め」

 

「はい……」

 

 酒樽が口元へ運ばれる。

 

「んぐっ!」

 

「おお!」

 

 周囲が沸く。

 

 国綱は満足そうに笑った。

 

「よし!」

 

「何が『よし』なんですか!」

 

 少し離れたところから、リリスの声が飛んできた。

 

 だが。

 

 国綱は聞こえないふりをする。

 

「次!」

 

「まだやるんですか!?」

 

「祭りだぞ!」

 

「その理屈、便利すぎませんか!」

 

 リリスが呆れた顔をする。

 

 その隣には千代。

 

 二人は祭りの中心を眺めながら、揃ってため息をついていた。

 

「……もう止まりそうにないわね」

 

「はい」

 

「国綱さんは?」

 

「止めても無駄でしょう」

 

「そうね」

 

 千代は苦笑した。

 

「ところで」

 

 少し離れた場所を見る。

 

 そこには。

 

 信綱と朔夜がいた。

 

 二人は祭りの中心から離れた縁側に座っている。

 

 信綱は朔夜の隣から動こうとしない。

 

 朔夜もそんな信綱の隣で、静かに祭りを眺めていた。

 

「信綱」

 

 千代が声をかける。

 

「はい、母上」

 

「あなたたちは、あっちへ行かないの?」

 

「……」

 

 信綱は祭りを見る。

 

 そして。

 

「行きません」

 

 即答した。

 

「どうして?」

 

「朔夜を一人にするわけにはいきませんから」

 

 朔夜が少しだけ頬を赤くする。

 

「信綱さん……」

 

「今日は私たちの祝いでもありますし」

 

 信綱は穏やかに笑った。

 

「私はここにいます」

 

 千代は微笑む。

 

「そう」

 

 リリスも静かに頷いた。

 

「では、二人はここでゆっくりしていてください」

 

「ありがとうございます」

 

 信綱は朔夜を見る。

 

「行こうとは思いません」

 

「……はい」

 

 朔夜も嬉しそうに頷いた。

 

 祭りの中心では。

 

「おい龍神!」

 

「……」

 

「もう一杯!」

 

「……嫌だ」

 

「祭りだぞ!」

 

「その言葉を免罪符にするな!」

 

 国綱の怒鳴り声が響く。

 

 信綱はそちらを見て。

 

「……兄貴は相変わらずですね」

 

 朔夜が笑う。

 

「はい」

 

「ですが」

 

「はい?」

 

「私は行きません」

 

「どうしてです?」

 

「今の朔夜を置いていく理由がありませんから」

 

「……」

 

 朔夜は少し俯いた。

 

「ありがとうございます」

 

 信綱は何でもないように答える。

 

「当然です」

 

     *

 

 その頃。

 

 祭りの中心では。

 

「国綱……」

 

 龍神がふらふらと立ち上がっていた。

 

「なんだ?」

 

「もう……飲めん……」

 

「まだ喋れるだろ」

 

「それとこれとは……」

 

「じゃあもう一杯」

 

「だから!」

 

 龍神が怒鳴る。

 

 だが。

 

 その声に以前の威厳はほとんどない。

 

 完全に酔っている。

 

 国綱は笑いながら酒樽を持ち上げる。

 

「ほら」

 

「……」

 

「飲め」

 

「嫌だ」

 

「飲め」

 

「嫌だ」

 

「飲め」

 

「……」

 

 龍神は国綱を睨む。

 

「……貴様、本当に性格が悪いな」

 

「よく言われる」

 

「褒めていない」

 

「知ってる」

 

 国綱は笑う。

 

「だがな」

 

 酒樽を置く。

 

「祭りなんだ」

 

「……」

 

「今日くらい、好きに騒げ」

 

 龍神は黙った。

 

 周囲を見る。

 

 人々が笑っている。

 

 自分に酒を勧め。

 

 料理を持ってきて。

 

 自分と一緒に騒いでいる。

 

 かつてなら。

 

 誰もこんなことはしなかった。

 

 恐れ。

 

 畏まり。

 

 距離を置いていた。

 

 今は違う。

 

「……」

 

 龍神は小さく笑った。

 

「一杯だけだ」

 

「おう」

 

 国綱が酒を注ぐ。

 

「乾杯だ」

 

「何に?」

 

「祭りに」

 

「……そうか」

 

 二人が杯を合わせる。

 

 カンッ。

 

「飲め」

 

「貴様もな」

 

「ああ」

 

 そして。

 

 二人は酒を飲んだ。

 

     *

 

 その後も。

 

 祭りは続いた。

 

 国綱は人を捕まえては酒を飲ませ。

 

 龍神も半ば諦めながら酒を飲み。

 

 国人たちは自慢の料理を持ち寄り。

 

「これ食ってください!」

 

「こっちも!」

 

「龍神様、これはうちの家で作った酒です!」

 

「こっちは山の果実を使っています!」

 

 龍神は次々と酒と料理を受け取る。

 

「……もう無理だ」

 

「まだ食えるだろ」

 

「貴様は私を殺す気か……」

 

「酒で死ぬなよ」

 

「誰のせいだ!」

 

 そんなやり取りが。

 

 夜が更けるまで続いた。

 

 やがて。

 

 龍神は地面に座り込み。

 

「……」

 

 完全に動かなくなった。

 

 国綱も。

 

「……」

 

 大きな酒樽を枕にして眠っている。

 

 祭りの中心には。

 

 大量の酒瓶と料理の皿。

 

 そして。

 

 酔い潰れた人々が転がっていた。

 

     *

 

 翌朝。

 

 鬼嶺の国には。

 

 静かな朝が訪れていた。

 

 山の向こうから朝日が昇る。

 

 鳥が鳴く。

 

 風が吹く。

 

 そして。

 

「……酒臭ぇ」

 

 国綱が目を覚ました。

 

「……」

 

 頭が重い。

 

 喉が渇く。

 

 胃が妙に気持ち悪い。

 

「……二日酔いか」

 

 隣では龍神が死んでいた。

 

「……」

 

「おい」

 

「……」

 

「龍神」

 

「……頭が痛い」

 

「お前もか」

 

「誰のせいだ……」

 

「祭りだろ」

 

「……」

 

 龍神は答える気力もなかった。

 

 周囲では。

 

「うぅ……」

 

「水……」

 

「頭が……」

 

「昨日、何杯飲んだ……」

 

「知らん……」

 

 国人たちも死屍累々だった。

 

 そんな惨状を。

 

 屋敷から見ていた千代とリリスは。

 

「……ひどいわね」

 

「はい」

 

「昨日はあんなに楽しそうだったのに」

 

「今日は全員死にそうです」

 

 千代が笑う。

 

「汁物を作りましょう」

 

「はい」

 

 二人は台所へ向かった。

 

 しばらくして。

 

 温かい汁物が大鍋いっぱいに作られる。

 

 塩気のある出汁。

 

 野菜。

 

 少量の肉。

 

 そして。

 

 胃に優しい味付け。

 

「これなら少しは楽になるでしょう」

 

「ええ」

 

 千代とリリスは。

 

 それぞれ椀を持って外へ出る。

 

「ほら」

 

 千代が声をかける。

 

「みんな、これを飲みなさい」

 

「……」

 

 国人たちは呻きながら椀を受け取る。

 

「うめぇ……」

 

「助かる……」

 

「生き返る……」

 

 国綱も。

 

「……」

 

 椀を受け取る。

 

 一口。

 

「……うめぇ」

 

 千代が笑う。

 

「でしょう?」

 

「もう一杯」

 

「はいはい」

 

 龍神にも。

 

「どうぞ」

 

 リリスが椀を差し出す。

 

「……」

 

 龍神はゆっくり受け取った。

 

 一口。

 

「……」

 

 目を閉じる。

 

「……美味い」

 

「それはよかったです」

 

「……」

 

 龍神は汁を飲みながら。

 

 昨夜のことを思い出す。

 

 酒。

 

 料理。

 

 人々の笑顔。

 

 そして。

 

 国綱。

 

「……」

 

 龍神は小さく息を吐いた。

 

「……まったく」

 

「どうしました?」

 

 リリスが尋ねる。

 

「いや」

 

 龍神は椀へ視線を落とす。

 

「……悪くない祭りだった」

 

 リリスが微笑む。

 

「そうですか」

 

 その少し離れた場所では。

 

 信綱が朔夜の隣に座っていた。

 

 二人も汁物を受け取る。

 

「……」

 

 信綱が一口飲む。

 

「美味しいですね」

 

「はい」

 

 朔夜も微笑む。

 

「昨日は大変でしたね」

 

「ええ」

 

 信綱は苦笑した。

 

「兄貴が特に」

 

 遠くから。

 

「……頭いてぇ」

 

 国綱の声が聞こえる。

 

「……」

 

 二人は顔を見合わせる。

 

 そして。

 

 小さく笑った。

 

 祭りの翌朝。

 

 鬼嶺の国は。

 

 酒臭さと二日酔いに包まれていた。

 

 それでも。

 

 誰も。

 

 昨日の祭りを後悔してはいなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。