アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case97 帰国

第九十八話 帰還

 

 祭りの翌朝。

 

 鬼嶺国には、昨日までの騒がしさが嘘のような静けさが戻っていた。

 

 道端には祭りの名残が残っている。

 

 空になった酒樽。

 

 積み重ねられた器。

 

 片付け途中の屋台。

 

 そして。

 

「……うぅ」

 

「頭痛ぇ……」

 

「水……」

 

「昨日、誰があんなに飲ませたんだ……」

 

「知らん……」

 

 そこら中に転がる、二日酔いの国人たち。

 

 国綱はそんな光景を横目に見ながら、大きく欠伸をした。

 

「じゃあ、帰るか」

 

「はい」

 

 隣でリリスが荷物を確認する。

 

「忘れ物はありません」

 

「そうか」

 

「所長の方は?」

 

「俺もない」

 

「本当にですか?」

 

「ああ」

 

「……では行きましょう」

 

「おう」

 

 二人は屋敷へ向かった。

 

     *

 

 最初に待っていたのは。

 

「おう、国綱」

 

 宗綱だった。

 

 ただし。

 

 顔色が悪い。

 

 目の下には濃い隈。

 

 明らかに二日酔いだった。

 

「お前、まだ生きてたのか」

 

「誰のせいだと思ってる」

 

「知らん」

 

「昨日お前に無理やり飲まされたんだぞ」

 

「祭りだろ」

 

「その言葉で全部済ませるな!」

 

 宗綱は頭を押さえた。

 

「もう酒は見たくない……」

 

「そうか」

 

 国綱は宗綱を眺める。

 

 そして。

 

「じゃあ、最後に一杯だ」

 

「……は?」

 

「餞別だ」

 

「いらん!」

 

 国綱は近くに置いてあった酒瓶を手に取る。

 

「飲め」

 

「いや、待て!」

 

「せっかくだ」

 

「何がせっかくだ!」

 

 宗綱が逃げようとする。

 

 だが。

 

 国綱の腕が伸びた。

 

「ほら」

 

「やめろ!」

 

「飲め!」

 

「昨日散々飲んだだろうが!」

 

「もう一杯くらい変わらん」

 

「変わる!」

 

 国綱は宗綱の頭を押さえ。

 

 無理やり酒を飲ませた。

 

「んぐっ――!」

 

「ほら!」

 

「げほっ!」

 

 宗綱がむせる。

 

 顔がさらに真っ赤になる。

 

「……貴様……」

 

「ん?」

 

「……覚えていろ……」

 

「じゃあな」

 

「待――」

 

 宗綱の身体がぐらりと揺れる。

 

 そのまま。

 

「……」

 

 ドサッ。

 

 倒れた。

 

 国綱はそれを見下ろし。

 

「ザマァ見ろ」

 

 満足そうに呟いた。

 

「所長」

 

 リリスが呆れた顔で呼ぶ。

 

「何だ?」

 

「最後までそれですか」

 

「ああ」

 

「……本当に呆れます」

 

「最後だからな」

 

「その理屈もよく分かりません」

 

 リリスは倒れた宗綱を一瞥する。

 

「あとで誰かに介抱してもらってくださいね」

 

「大丈夫だろ」

 

「所長基準の大丈夫は信用できません」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

     *

 

 次に。

 

 信綱と朔夜のところへ向かう。

 

 二人は屋敷の前まで出てきていた。

 

「兄貴」

 

「おう」

 

 信綱が頭を下げる。

 

「もう出発ですか」

 

「ああ」

 

「昨日の今日ですから、もう少し休んでいかれても」

 

「仕事がある」

 

 国綱はそう答えた。

 

 朔夜も隣で頭を下げる。

 

「国綱さん」

 

「ん?」

 

「色々と……ありがとうございました」

 

「別にいい」

 

「それでも」

 

 朔夜は微笑んだ。

 

「ありがとうございました」

 

 国綱は少しだけ照れたように煙草を吸う。

 

「元気でな」

 

「はい」

 

 信綱が笑う。

 

「兄貴も」

 

「おう」

 

「また来てください」

 

「気が向いたらな」

 

 リリスが二人へ頭を下げる。

 

「お二人とも、お幸せに」

 

「ありがとうございます」

 

 信綱が朔夜を見る。

 

 朔夜も嬉しそうに頷いた。

 

     *

 

 その後。

 

 千代とも別れの挨拶を済ませた。

 

「国綱さん」

 

「おう」

 

「また来るんでしょう?」

 

「たぶんな」

 

「ちゃんと連絡してくださいね」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

「もう……」

 

 千代は苦笑する。

 

 そして。

 

「リリスさん」

 

「はい」

 

「この人のこと、お願いします」

 

「もちろんです」

 

 リリスは即答した。

 

 国綱が横から口を挟む。

 

「俺は子供じゃねぇぞ」

 

「知っています」

 

「なら――」

 

「ですが、放っておくと何をするか分かりませんから」

 

「……」

 

「その点は、千代さんも同意見でしょう?」

 

「ええ」

 

「おい」

 

 三人が笑う。

 

 国綱は面倒そうに煙草を吹かした。

 

「じゃあな」

 

「ええ」

 

「元気でね」

 

「ああ」

 

     *

 

 最後に。

 

 龍神のところへ向かった。

 

 祠の近く。

 

 龍神は岩に腰を下ろしていた。

 

 昨日の酒がまだ残っているらしく。

 

「……」

 

 少しだけ頭を押さえている。

 

「よう」

 

「……国綱か」

 

「帰るぞ」

 

「そうか」

 

 龍神は顔を上げる。

 

「もう帰るのか」

 

「ああ」

 

「そうか……」

 

 少しだけ寂しそうだった。

 

 だが。

 

 国綱はそんなことには気づかない。

 

「お前も」

 

「何だ?」

 

「いいかげん、引きこもってねぇで外に出ろ」

 

「…………」

 

 龍神の顔が固まる。

 

「引きこもり?」

 

「ああ」

 

「私は龍神だぞ」

 

「知ってる」

 

「この国の守護神だ」

 

「それも知ってる」

 

「それなのに引きこもりと言うのか?」

 

「実際、洞窟にずっといるだろ」

 

「……」

 

「たまには外へ出ろ」

 

「……」

 

 龍神はしばらく黙り。

 

「貴様……」

 

 額に青筋を浮かべる。

 

「本当に最後まで失礼だな」

 

「褒め言葉か?」

 

「違う!」

 

 少し離れた場所で。

 

 信綱が頭を抱える。

 

「兄貴……」

 

 朔夜も困ったように笑う。

 

「最後くらい、普通に挨拶すればいいのに……」

 

 リリスは眼鏡を押し上げる。

 

「所長ですから」

 

 千代も苦笑する。

 

「国綱さんらしいわね」

 

 龍神は大きくため息を吐いた。

 

「……まあいい」

 

「おう」

 

「また来るのか?」

 

「分からん」

 

「……」

 

「仕事があれば来る」

 

「そうか」

 

 龍神は少しだけ笑った。

 

「その時は酒でも用意しておいてやる」

 

「おう」

 

 国綱も笑う。

 

「じゃあな、引きこもり」

 

「二度と呼ぶな!」

 

 その声を背中に受けながら。

 

 国綱とリリスは鬼嶺国を後にした。

 

     *

 

 山道を抜ける。

 

 鬼嶺国の景色が少しずつ遠ざかっていく。

 

 リリスは車の助手席から、後ろを振り返った。

 

「……楽しかったですね、所長」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

「俺は酒が美味かった」

 

「それも含めてです」

 

「そうか」

 

 国綱は煙草を吸いながら運転する。

 

「また来るか」

 

「はい」

 

「……まあ」

 

 国綱は少しだけ笑った。

 

「悪くなかったな」

 

「ええ」

 

 それ以上。

 

 二人は何も言わなかった。

 

 ただ。

 

 鬼嶺国を離れ。

 

 人間の国へ戻っていった。

 

     *

 

 そして。

 

 数日後。

 

 荒事専門探偵事務所。

 

 扉が開く。

 

「ただいま戻りました、所長」

 

 リリスが中へ入る。

 

 国綱も続いて入ってくる。

 

「……」

 

 久しぶりの事務所。

 

 机。

 

 椅子。

 

 書類。

 

 そして。

 

 いつもの空気。

 

 国綱は大きく息を吐いた。

 

「やっぱりここだな」

 

「何がです?」

 

「落ち着く」

 

「そうですか」

 

 リリスは荷物を置く。

 

「コーヒーを淹れます」

 

「ああ」

 

 しばらくして。

 

 香ばしい匂いが事務所に広がった。

 

 リリスがカップを置く。

 

「どうぞ、所長」

 

「おう」

 

 国綱はカップを手に取る。

 

 一口。

 

「……」

 

 目を閉じる。

 

「うめぇ」

 

「そうですか」

 

「ああ」

 

 国綱は椅子へ深く腰を下ろした。

 

 煙草を咥える。

 

 いつもの事務所。

 

 いつものコーヒー。

 

 いつもの助手。

 

 そして。

 

 いつもの日常。

 

「……」

 

 国綱は小さく笑った。

 

 鬼嶺国での騒がしい日々も悪くなかった。

 

 だが。

 

 帰ってくる場所があるというのも。

 

 案外。

 

 悪くないものだった。

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