そうだね。そこも俺のミス。
リゾート地は人間・エルフ・ドワーフ・魔族のどの国にも属さない、別の国・地域として扱うべきだね。
今回の設定なら、
* アストリア王国などとは別国家
* ドワーフ王国、エルフ領、魔族領、人間諸国のそれぞれに近い
* 四勢力との交易・観光が盛ん
* 国際的な保養地として発展している
* 温暖だが乾燥していて、夏でも比較的過ごしやすい
* 海岸沿いに白い建物や石造りの街が広がる
* 各国の富裕層や商人、観光客が訪れる
* 政治的にも比較的中立な土地
という位置づけにするのがよさそう。
そして文明水準を考えると、家庭用クーラーは基本的に存在しない。
なので、前回の話をこの設定に合わせて修正すると、冒頭はこんな感じ。
⸻
CASE92 暑さからの逃避行
――夏。
朝から、暑かった。
アランスミシー探偵事務所の窓は全開になっている。
しかし、入ってくるのは涼しい風ではない。
生暖かい風だった。
「…………暑ぃ」
所長は机に頬杖をつきながら、死んだ魚のような目で窓の外を眺めていた。
巨大な身体からはじわじわと汗が滲んでいる。
シャツの背中も湿っている。
「……暑い」
「はい」
向かいの机では、リリスも書類を整理しながら額の汗を拭っていた。
「今年は特に暑いですね」
「そういう問題じゃねぇ」
「では?」
「俺が暑い」
「それは所長の体格の問題では?」
「……喧嘩売ってんのか?」
「事実を述べただけです」
事務所には大型の扇風機が一台。
しかし、所長の巨体を冷やすにはあまりにも力不足だった。
ぶおおおおお……。
「……熱風だな」
「ないよりはマシです」
「そうか?」
「そうです」
「…………」
所長は扇風機を睨んだ。
「冷房設備が欲しい」
「この規模の魔導冷却設備を個人事務所に設置するつもりですか?」
「いくらだ?」
「知りません。ただ、一般家庭が気軽に購入できるようなものではありません」
「……」
「王族の宮殿や、大規模な工場などなら話は別でしょうが」
「…………」
所長は黙った。
そして、しばらく考えた。
「海行くぞ」
「……はい?」
「海」
「突然ですね」
「暑いから」
「……」
「避暑だ」
「仕事は?」
「知らん」
リリスは眼鏡の位置を直した。
「所長」
「なんだ」
「依頼人が来ました」
「帰せ」
「まだ何も話を聞いていません」
「帰せ」
「仕事ですよ」
「今日は仕事したくねぇ」
その直後。
――コンコン。
扉が叩かれた。
所長の眉間に深い皺が刻まれる。
「……」
「……」
――コンコン。
「リリス」
「はい」
「俺は今、非常に機嫌が悪い」
「存じています」
「銃を持ってくる」
「やめてください」
「分かった」
所長は拳銃を手に取った。
「持ってくるだけだ」
「持ってくる必要もありません」
そして――
結局、依頼人は数分後には逃げるように事務所を後にしていた。
所長は机に拳銃を置く。
「……限界だ」
「でしょうね」
「行くぞ」
「どこへ?」
所長は机の引き出しから地図を取り出した。
大陸南部。
海岸線に沿って広がる、小さな国。
そこは四つの大国――人間、エルフ、ドワーフ、魔族――の領域にそれぞれ近接している。
どの勢力にも属さない独立国家。
古くから海上交易の中継地として栄え、現在では各国の富裕層が訪れる国際的なリゾート国家として知られていた。
白い石造りの建物。
海へ向かって段々畑のように広がる街。
崖沿いを走る細い道路。
青い海。
小さな港。
ホテルや別荘が建ち並ぶ海岸。
そして、内陸から吹き抜ける乾いた風。
夏でも湿度が低く、海辺では比較的快適に過ごせる。
「ここだ」
「……リゾート国家ですか」
「ああ」
「よくご存じですね」
「昔、聞いたことがある」
「それだけですか?」
「海が綺麗らしい」
「…………」
リリスが地図を見る。
「かなり遠いですよ」
「車で行く」
「何日かかります?」
「知らん」
「宿は?」
「現地で取る」
「予約は?」
「してねぇ」
「……」
リリスは深いため息をついた。
「本当に行くんですか?」
「行く」
「事件が起きても?」
「知らん」
「依頼が来ても?」
「知らん」
「お金は?」
所長が財布を取り出す。
「ある」
「珍しいですね」
「お前は俺を何だと思ってる」
「金が入ると銃か酒に変える人」
「……」
「違いますか?」
「だいたい合ってる」
リリスは旅行鞄を取り出した。
「では、準備します」
「おう」
「何日くらい?」
「暑くなくなるまで」
「夏が終わりますよ」
「じゃあ夏が終わるまでだ」
「……」
リリスは少しだけ笑った。
「分かりました」
こうして――
アランスミシー探偵事務所は、突然の臨時休業に入った。
目的地は、四つの勢力の境界に近い、海沿いの小さな独立国家。
仕事ではない。
依頼でもない。
調査でもない。
ただの休暇。
少なくとも、所長はそう思っていた。
数ヶ月ぶりの、本当の意味での休暇になるはずだった。
もっとも――
所長とリリスが二人で知らない土地へ行って、何も起きない。
そんな都合のいい話になるはずもなかった。