アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case95 理不尽

CASE94 リヴァリア共和国、満室

 

リヴァリア共和国に到着した、その日の夕方。

 

二人はホテルを探す前に、海沿いのレストランへ入った。

 

長旅だった。

 

六日間の運転。

 

途中で二泊したとはいえ、所長の巨体にはさすがに堪えていた。

 

「とりあえず酒だ」

 

「まず食事でしょう」

 

「酒も飯だ」

 

「違います」

 

結局、二人は海の見えるテラス席に座った。

 

所長はビールを何杯も飲み、魚料理や肉料理を次々と平らげていく。

 

「うめぇな」

 

「ええ」

 

リリスも食事を楽しみながら、時折グラスを口に運ぶ。

 

アストリアでの慌ただしい日々から離れて、こうして二人で食事をするのは久しぶりだった。

 

所長は最後に大きく息を吐いた。

 

「食った」

 

「はい」

 

「飲んだ」

 

「はい」

 

「寝たい」

 

「でしょうね」

 

食事を終えると、リリスは静かに所長へ向き直った。

 

「所長」

 

「ん?」

 

「六日間、ずっと運転していただいてありがとうございました」

 

所長が少し目を丸くする。

 

「別にいい」

 

「ですが、かなり長距離でしたから」

 

リリスは丁寧に頭を下げる。

 

「本当にお疲れ様でした」

 

「……」

 

所長は少し照れたように鼻を鳴らした。

 

「まあ、確かに疲れたな」

 

「でしたら、今日はホテルを探して休みましょう」

 

「ああ」

 

二人は席を立った。

 

そして――

 

そこからが問題だった。

 

 

「満室です」

 

一軒目。

 

「満室?」

 

「はい。本日は全室埋まっております」

 

「……そうか」

 

二軒目。

 

「申し訳ありません、満室です」

 

三軒目。

 

「満室でございます」

 

四軒目。

 

「大変申し訳ありません」

 

「また満室か」

 

五軒目。

 

「空いている部屋はございません」

 

「…………」

 

六軒目。

 

「満室です」

 

「…………」

 

所長の眉間に皺が寄っていく。

 

「なんでだ?」

 

リリスはため息をついた。

 

「人気の観光地ですから」

 

「だからって全部満室っておかしいだろ」

 

「夏の観光シーズンですし」

 

「俺たちは六日もかけて来たんだぞ」

 

「それはホテル側には関係ありません」

 

「…………」

 

七軒目。

 

「申し訳ございません。やはり満室で――」

 

「なんでだぁぁぁぁっ!!」

 

所長が受付カウンターを叩いた。

 

ドンッ!

 

受付の男が飛び上がる。

 

「ひっ!」

 

「こっちは六日かけて来てんだぞ!」

 

「も、申し訳ありません!」

 

「どいつもこいつも満室満室って!」

 

所長は受付係の襟を掴んだ。

 

「ちょ、所長!」

 

リリスが止めるより早く、所長は受付係を前後に揺さぶり始めた。

 

「なんでだ!」

 

「わ、分かりません!」

 

「分かれ!」

 

「む、無理です!」

 

「この国のホテルは全部満室なのか!」

 

「そ、そういうわけでは――」

 

「じゃあ何でここも満室なんだ!」

 

「お、お客様!」

 

ガクン。

 

ガクン。

 

受付係の身体が前後に揺れる。

 

「や、やめ――」

 

「所長」

 

リリスがこめかみを押さえる。

 

「離してください」

 

「なんでだ」

 

「その方はホテルの責任者ではありません」

 

「……」

 

「ただの受付です」

 

「…………」

 

所長は受付係を見る。

 

「お前、何も悪くねぇのか?」

 

「わ、私は何も……」

 

「じゃあ誰が悪い」

 

受付係の顔が引きつった。

 

「そ、それは……」

 

「言え」

 

「……魔王陛下です」

 

「…………」

 

所長の手が止まった。

 

「魔王?」

 

「は、はい……」

 

受付係は涙目になりながら説明する。

 

「現在、魔王陛下が避暑のためリヴァリア共和国に滞在されておりまして……」

 

「……」

 

「魔王陛下ご本人だけではなく、護衛の方々も大勢同行されているため……」

 

「…………」

 

「周辺の高級ホテルを中心に、かなりの部屋が押さえられているんです……」

 

受付係の声が震える。

 

「その影響で、どこも満室になってしまって……」

 

所長の顔が険しくなった。

 

「……市民に食わせてもらってる王族の分際で」

 

「所長」

 

「避暑だぁ?」

 

「落ち着いてください」

 

「人の国まで来てホテルを占領してんじゃねぇ!」

 

「所長」

 

「ふざけるなぁぁぁぁっ!!」

 

ホテルのロビーに怒声が響き渡った。

 

宿泊客が一斉に振り返る。

 

「市民の税金で飯食ってる王族が!」

 

「所長、声を落としてください」

 

「何が魔王だ!」

 

「はいはい」

 

「俺たちは六日も――」

 

「所長」

 

リリスが所長の腕を掴む。

 

「もういいです」

 

「よくねぇ!」

 

「受付の方が泣いています」

 

「…………」

 

所長が受付係を見る。

 

完全に涙目だった。

 

「……」

 

「……」

 

「……悪かった」

 

「は、はい……」

 

所長がようやく手を離す。

 

しかし――

 

受付係はその場に立ったまま、ふらふらと身体を揺らしていた。

 

「……?」

 

「大丈夫ですか?」

 

リリスが尋ねる。

 

「だ、大丈夫……」

 

受付係が青ざめた顔で答える。

 

「……たぶん」

 

その時。

 

リリスが何かを思い出したように携帯電話を取り出した。

 

「……そういえば」

 

「なんだ?」

 

「魔族の両親も、こちらに来ているかもしれません」

 

「……あ?」

 

「少し連絡してみます」

 

リリスが電話をかける。

 

しばらくして。

 

「もしもし?」

 

短い会話。

 

そして――

 

「……はい」

 

「…………」

 

「分かりました」

 

通話を切る。

 

所長が待ちきれない様子で尋ねる。

 

「どうだった?」

 

「いらっしゃいました」

 

「誰が?」

 

「両親です」

 

「……!」

 

「魔王陛下と一緒にリヴァリア共和国へ避暑に来ているそうです」

 

所長の顔が一気に明るくなった。

 

「マジか!」

 

「はい」

 

「部屋は?」

 

「確保してくださるそうです」

 

「おお!」

 

所長が両手を上げる。

 

「助かったぁ!」

 

「ですから、落ち着いてください」

 

「これで寝られる!」

 

所長は満面の笑みを浮かべる。

 

そして――

 

ふと、横を見る。

 

受付係が壁に手をついていた。

 

「……おい」

 

「……はい……」

 

「お前、大丈夫か?」

 

「……気持ち悪いです……」

 

「なんで?」

 

「…………」

 

受付係が青ざめた顔で答える。

 

「ずっと揺さぶられていたので……」

 

「ああ」

 

所長は納得した。

 

「そうか」

 

「…………」

 

「じゃあ休め」

 

「はい……」

 

受付係はその場でしゃがみ込んだ。

 

そして――

 

「……うっ」

 

「?」

 

「お、お客様……」

 

「なんだ?」

 

「ちょっと……」

 

受付係は口元を押さえ――

 

「うぇぇぇ……」

 

その場で吐いた。

 

「…………」

 

リリスが無言で所長を見る。

 

「…………」

 

「所長」

 

「なんだ」

 

「あなたのせいですよ」

 

「そうか?」

 

「そうです」

 

「……まあいい」

 

所長は受付係の惨状を気にする様子もなく、リリスへ向き直った。

 

「で?」

 

「はい?」

 

「ホテルは?」

 

「案内します」

 

「どこだ?」

 

「両親が確保してくださったホテルです」

 

「よし!」

 

所長はさっさと出口へ向かう。

 

「行くぞ!」

 

「はいはい」

 

リリスは呆れながら後を追う。

 

その後ろでは、受付係がまだ青い顔をしていた。

 

そしてリヴァリア共和国の夜。

 

ようやく二人の宿泊先が決まった。

 

――もっとも。

 

二人がこれから泊まるホテルには、魔王一家も滞在している。

 

所長はまだ、そのことが意味する面倒事を知らなかった。

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