CASE98 魔王一家と、最悪の発見
「……」
魔族軍司令官は、遠くのテーブルを見つめていた。
そこにいるのは、見間違えるはずもない男。
所長。
かつて魔族の国で散々な騒ぎを起こし、軍まで巻き込んだ張本人。
そして今は――
「……」
アロハシャツに短パン姿で、オーガ向けの料理を満足そうに食べている。
「…………」
司令官は胃が痛くなってきた。
よりによって。
よりによって、今回の護衛任務で泊まっているホテルにいるとは。
しかも自分の目の前にいる。
「司令官?」
声を掛けられた。
振り返る。
そこにいたのは魔王夫妻だった。
魔王陛下――ヴァルガス・グラディウス。
魔王妃――エレノア・グラディウス。
そして、その一人娘――リゼット・グラディウス。
三人とも魔族の王族らしい気品を纏っている。
ヴァルガスは落ち着いた威厳のある男だった。
エレノアは穏やかな笑みを浮かべている。
そして娘のリゼットは、退屈そうに椅子へ身体を預けていた。
「先ほどから随分と青い顔をしているな」
ヴァルガスが心配そうに尋ねる。
「何か問題でも?」
エレノアも司令官を見る。
「い、いえ」
司令官は慌てて答えた。
「少々……酒が回ってしまったようで」
「酒?」
エレノアがテーブルの酒を見る。
「まだ一杯しか飲んでいないでしょう?」
「……」
しまった。
司令官は内心で舌打ちした。
だが、視界の端にはしっかりと所長がいる。
あの男に王族が興味を持ったら面倒なことになる。
特に――
リゼットに見つかったら面倒だ。
司令官はそう考え、さりげなく視線を逸らした。
「少々疲れているだけです」
「そうか?」
ヴァルガスはまだ納得していない様子だった。
「何か気になるものでもあるのかと思ったが」
「いえ、何も」
「……?」
司令官は必死だった。
とにかく所長に気づかせない。
向こうもこちらを見ている様子はない。
ならば、このまま何事もなく――
「……つまらない」
リゼットが呟いた。
「リゼット」
エレノアがたしなめる。
「仕方ないでしょう。避暑に来たのに、毎日護衛ばかりで何も面白くないんだもの」
リゼットは頬杖をつきながら、ぼんやりとレストランを眺める。
そして――
ふと、視線が止まった。
「……あら?」
「…………」
司令官の背筋が凍った。
リゼットの視線の先。
そこには――
巨大なオーガ。
派手なアロハシャツ。
短パン。
サングラス。
そしてテーブルいっぱいの料理。
「何、あのオーガ」
リゼットが傲慢そうに言った。
「随分と大きいわね」
「…………!」
司令官は反射的に答えた。
「オ、オーガ?」
「ええ」
「なんのことでしょう」
「……?」
「オーガなど、このホテルにはおりません」
「いるじゃない」
リゼットが指差す。
「…………」
司令官はそちらを見ない。
「き、気のせいでは?」
「どう見てもいるでしょう」
「いや、その……」
焦りすぎた司令官の誤魔化しは、もはや隠す気があるのかすら怪しかった。
ヴァルガスとエレノアが顔を見合わせる。
「……司令官」
「はい」
「お前、何か隠しているな?」
「…………」
「先ほどから妙に挙動がおかしいぞ」
「いえ、そのようなことは」
エレノアがリゼットの指差す先を見る。
そして――
「あら」
彼女も所長を見つけた。
「本当にいるわね」
「…………」
司令官は観念した。
だが、さらにヴァルガスが所長を見る。
「……あの姿」
「?」
「報告にあった者ではないか?」
司令官の顔が引きつる。
「…………」
ヴァルガスはしばらく所長を見る。
「オーガ」
「はい」
「巨大な体格」
「はい……」
「軍事裁判から逃亡した元人間側の兵士」
「…………はい」
「以前、魔族領内で騒動を起こした――」
「……はい」
ヴァルガスの目が細くなる。
「まさか」
エレノアも所長を見る。
そして司令官に尋ねた。
「報告書にあった、あの人物?」
司令官は諦めたように目を閉じた。
「……はい」
「ほう」
ヴァルガスは興味深そうに所長を見る。
「それは珍しいな」
「陛下」
司令官が慌てる。
「彼は現在、ただの旅行者です」
「分かっている」
「ですから、どうか――」
「司令官」
ヴァルガスが静かに言った。
「呼べ」
「……はい?」
「こちらへ」
司令官の顔が青ざめる。
「陛下、それは……」
「報告書に何度も名前が出ていた男だ」
ヴァルガスは楽しそうに笑った。
「一度、直接話してみたい」
「…………」
司令官は頭を抱えたくなった。
最悪だ。
予想通りだ。
所長に興味を持たれてしまった。
しかも相手は魔王陛下。
「司令官?」
「……はい」
「呼んでくれ」
「……承知しました」
司令官は重い足取りで所長のテーブルへ向かう。
その背中を、リゼットが興味深そうに眺めていた。
「ねえ、お父様」
「なんだ?」
「あのオーガ、何者なの?」
ヴァルガスは笑う。
「それは本人に聞いてみよう」
「ふーん……」
リゼットは退屈そうだった表情を少しだけ変えた。
一方、所長はまだ何も知らない。
「リリス」
「はい?」
「この肉、追加できるかな」
「食べ過ぎでは?」
「せっかくの旅行だぞ」
「……まあ、いいでしょう」
そこへ。
司令官が近づいてくる。
「……所長」
「ん?」
所長が顔を上げる。
司令官と目が合った。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙。
所長が首を傾げる。
「……お前、俺に何か用か?」
司令官は深く息を吸った。
そして――
「魔王陛下がお呼びです」
「…………」
所長は目を瞬かせた。
「俺を?」
「はい」
「なんで?」
「……私が聞きたいです」
司令官の顔は、今にも胃薬を欲しがっているようだった。