アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case11 やっぱりお前じゃないか

第五話 やっぱり車泥棒じゃねぇか

 

「……これ」

 

 所長は倉庫の前に停められた車を見つめていた。

 

 見慣れた車体。

 

 見慣れた傷。

 

 自分で取り付けた部品。

 

 そして助手席に置きっぱなしだった工具箱。

 

「……おい」

 

 所長がゆっくりと車へ近づく。

 

 ボンネットに手を置く。

 

 車体を撫でる。

 

「……俺の車じゃねえか」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして――。

 

「やっぱり車泥棒じゃねぇか!」

 

 倉庫中に怒声が響き渡った。

 

「ちょっと待て!」

 

 女刑事が慌てて振り返る。

 

「何を今さら――」

 

「俺の車だぞ!」

 

「だから!」

 

「盗まれてたんだ!」

 

「違う!」

 

 女刑事が頭を抱える。

 

 その横で、リリスは無表情のまま立っていた。

 

 所長は車から倉庫内へ視線を戻す。

 

「お前ら!」

 

 大型ライフルを構える。

 

「俺の車を盗んだのは誰だ!」

 

「だから違う!」

 

 女刑事が叫ぶ。

 

 だが所長の耳には届いていない。

 

「車を盗んで!」

 

 銃声。

 

 倉庫内の男たちが一斉に身を伏せる。

 

「勝手に乗り回しやがって!」

 

 銃声。

 

「俺の車を!」

 

 さらに銃声。

 

「何だと思ってやがる!」

 

「おい! 撃つな!」

 

 女刑事が怒鳴る。

 

「証拠品が壊れる!」

 

「知るか!」

 

「警察として困るんだよ!」

 

「俺は車を盗まれてんだぞ!」

 

 所長は完全に頭に血が上っていた。

 

 男が一人、銃を抜こうとする。

 

「お前か!」

 

「違――」

 

 所長の拳が胸元へ叩き込まれた。

 

 男が吹き飛ぶ。

 

 別の男が背後から飛びかかる。

 

 所長は振り返りざまに腕を掴み、そのまま床へ叩きつける。

 

「俺の車を盗みやがって!」

 

「だから違うって!」

 

 女刑事が叫び続ける。

 

 エルフの一人が逃げようとする。

 

 所長がそちらを見る。

 

「お前もか!」

 

「違います!」

 

 腕を掴む。

 

 そのまま床へ転がす。

 

 別のエルフも逃げる。

 

「待て!」

 

「所長!」

 

 リリスが声を上げた。

 

「その人たちは車泥棒ではありません」

 

「じゃあ誰が盗んだんだ!」

 

「私です」

 

「……」

 

 所長が止まった。

 

 リリスは眼鏡を押し上げる。

 

「私が、お車をお借りしました」

 

「……は?」

 

「捜査に必要でしたので」

 

「……」

 

「所長を起こそうとしましたが、熟睡されていました」

 

「だから?」

 

「起こすより借りた方が早いと判断しました」

 

 所長は黙った。

 

 女刑事が顔を背ける。

 

 肩が震えている。

 

「……笑うな」

 

「笑ってない」

 

「笑ってるだろ」

 

「笑ってない」

 

「絶対笑ってる」

 

 所長はリリスを見る。

 

「最初から言え」

 

「最初から聞かれませんでしたので」

 

「……」

 

 所長は大きく息を吐いた。

 

「まあいい」

 

「ご理解いただけましたか?」

 

「お前が捜査で使ったならいい」

 

 リリスが頷く。

 

「ありがとうございます」

 

「ただし」

 

「はい」

 

「次からは一言言え」

 

「善処します」

 

「絶対言わねえ返事だな、それ」

 

 女刑事が苦笑する。

 

「とにかく、これで誤解は解けただろ」

 

「ああ」

 

 所長は銃を下ろした。

 

「なら、こいつらは任せる」

 

 女刑事が周囲を見る。

 

「私たちで?」

 

「そうだ」

 

 所長は倉庫の中を見回す。

 

「こりゃあ、どう考えても組織犯罪だろ」

 

「……今さら?」

 

「だからこそだ」

 

 所長は妙に真剣な顔になった。

 

「薬品、製造設備、帳簿まで揃ってる。一刻も早く証拠を提出するべきだ」

 

「……」

 

 女刑事が所長を見る。

 

「お前、本当にどうした?」

 

「俺だって真面目なことくらい言う」

 

「信用できない」

 

「失礼な奴だな」

 

 所長はリリスへ向き直る。

 

「リリス」

 

「はい」

 

「ここまで証拠を集めたのはお前らだ。よくやった」

 

「……ありがとうございます」

 

「これを警察署へ持っていけ」

 

「所長は?」

 

「俺は後から行く」

 

「一緒に来ないんですか?」

 

「俺にはちょっとやることがある」

 

 リリスは所長を見つめた。

 

「……分かりました」

 

「女刑事も一緒に行け」

 

「分かった」

 

 二人は証拠品を車へ積み込む。

 

 女刑事が最後に振り返る。

 

「本当に後から来るんだろうな?」

 

「当然だ」

 

「絶対だな?」

 

「しつこいな」

 

「信用できないんだよ!」

 

「早く行け」

 

 車が走り去る。

 

 その姿が見えなくなる。

 

 エンジン音も聞こえなくなった。

 

「……」

 

 所長はしばらく黙っていた。

 

 そして――。

 

「よし」

 

 懐から煙草を取り出す。

 

「帰ったな」

 

 先ほどまでの真面目な表情は、跡形もなく消えていた。

 

「さて……」

 

 携帯電話を取り出す。

 

     ◆

 

「俺だ」

 

 電話の相手は、以前借金の債権を買い取ったマフィアだった。

 

『……何の用だ?』

 

「埠頭の倉庫に来い」

 

『また面倒事か?』

 

「商売だ」

 

『何を売る?』

 

「薬」

 

 所長は倉庫を見る。

 

「原料、完成品、製造設備。全部ある」

 

『……全部?』

 

「かなりの量だ」

 

『お前、本当に何者なんだ?』

 

「ただの探偵だ」

 

『探偵はそんなものを売らねえよ』

 

「細かいことはいい」

 

 所長は笑った。

 

「来るか?」

 

『……行く』

 

「じゃあ待ってる」

 

 電話を切る。

 

「よし」

 

 所長は倉庫へ戻った。

 

「まず金だな」

 

 棚。

 

 机。

 

 金庫。

 

 片っ端から漁っていく。

 

 金庫を開ける。

 

「おお」

 

 金貨。

 

 宝石。

 

 書類。

 

 所長は金貨を懐へ入れる。

 

「こいつも売れる」

 

 宝石も確保する。

 

 帳簿を開く。

 

「……こいつは面白いな」

 

 薬の取引先。

 

 仕入れ先。

 

 金の流れ。

 

 所長は数冊を選び出した。

 

「証拠は証拠だ」

 

 そう呟きながら、自分の懐へ入れる。

 

 次に武器庫らしき場所を見つけた。

 

 扉を開ける。

 

「……」

 

 所長の目が輝いた。

 

 大型ライフル。

 

 重機関銃。

 

 軍用拳銃。

 

 弾薬。

 

 軍用装備。

 

「……いいじゃねえか」

 

 一丁ずつ手に取る。

 

 状態を確認する。

 

「こいつは売れるな」

 

 しばらく考える。

 

「……いや」

 

 首を横に振る。

 

「売らねえ」

 

 大型ライフルを抱える。

 

「これは俺のだ」

 

 重機関銃も持ち上げる。

 

「これも」

 

 別の銃を確認する。

 

「これもだ」

 

 そこへマフィアの幹部が来たら、間違いなく銃器も買いたいと言うだろう。

 

 だが、所長にその気はない。

 

 金になることと、手放すことは別問題だった。

 

「銃は売り物じゃねえ」

 

 所長は満足そうに頷いた。

 

「コレクションだからな」

 

     ◆

 

 倉庫の奥には薬品の箱が並んでいた。

 

 所長は一つ開ける。

 

「……」

 

 中身を確認する。

 

「これならいいな」

 

 三箱。

 

 所長は迷うことなく取り出した。

 

「これは俺用だ」

 

 車の荷台へ運ぶ。

 

 一箱。

 

 二箱。

 

 三箱。

 

「よし」

 

 自分の車に積み込む。

 

 その時、倉庫の奥から物音がした。

 

「……」

 

 所長が振り返る。

 

 そこには、まだ何人かのエルフがいた。

 

 薬物の製造に関わっていた連中だ。

 

「そういや、お前らもいたな」

 

 エルフたちが怯えたように後ずさる。

 

「逃げるな」

 

 所長はゆっくり近づく。

 

「ちょっと聞きたいことがある」

 

 抵抗する者は拘束する。

 

 気絶している者も運ぶ。

 

 手足を縛り、一人ずつ車へ積み込んでいく。

 

「おい、丁寧にしろよ」

 

 自分で言ってから、所長は少し考える。

 

「……まあ、死ななきゃいいか」

 

 最後の一人を荷台へ押し込む。

 

 扉を閉める。

 

「これでいい」

 

 車の中には三箱の薬。

 

 そして拘束されたエルフたち。

 

「話は後だ」

 

 所長は煙草に火をつけた。

 

「先に商売だ」

 

 その時。

 

 倉庫の外から複数の車の音が聞こえた。

 

「来たか」

 

 所長は倉庫の入口へ向かう。

 

 数台の車が停まり、マフィアの男たちが降りてきた。

 

 その先頭には、見覚えのある幹部がいる。

 

「……相変わらずだな、お前は」

 

「そうか?」

 

「薬を売ると言われて来てみれば、本当に倉庫一つ分あるじゃねえか」

 

「言っただろ」

 

 所長は笑った。

 

「かなりデカい商売だってな」

 

 幹部が倉庫の中を見る。

 

 薬品。

 

 原料。

 

 製造設備。

 

 完成品。

 

 そして壁際に並べられた銃器。

 

「……銃器まであるじゃねえか」

 

「あるな」

 

「これも買う」

 

「嫌だ」

 

「……は?」

 

 所長は即答した。

 

「銃は売らねえ」

 

「金になるぞ?」

 

「知ってる」

 

「なら――」

 

「売らねえ」

 

 大型ライフルを抱え直す。

 

「これは俺のだ」

 

「その重機関銃も?」

 

「俺の」

 

「軍用拳銃も?」

 

「俺の」

 

「全部?」

 

「全部だ」

 

 幹部が呆れた顔をする。

 

「お前、本当に銃が好きなんだな」

 

「悪いか?」

 

「いや……」

 

 幹部はため息をついた。

 

「お前らしいよ」

 

「そうだろ」

 

 所長は満足そうに笑った。

 

「銃以外なら話は早い」

 

「薬、原料、設備。それを全部買う」

 

「よし」

 

「武器は?」

 

「売らねえ」

 

「分かったよ」

 

 マフィアの男たちが商品の確認を始める。

 

 所長は煙草の煙を吐きながら、それを眺めていた。

 

 金は手に入る。

 

 薬も処分できる。

 

 証拠もいくらか確保した。

 

 そして、自分の銃も増えた。

 

「悪くねえ一日だ」

 

 だが、まだ一つ仕事が残っている。

 

 所長は外の車を見る。

 

 荷台には拘束されたエルフたち。

 

「……さて」

 

 所長は小さく笑った。

 

「商談が終わったら、お前らの番だ」

 

 薬はどこから来たのか。

 

 誰が作らせたのか。

 

 誰に売っていたのか。

 

 そして、この組織の上に誰がいるのか。

 

 聞きたいことはいくらでもある。

 

 所長は煙草を灰皿へ押しつけた。

 

「ゆっくり聞かせてもらうとするか」

 

 倉庫では、マフィアとの商談が続いている。

 

 そしてその外では、拘束されたエルフたちが待っている。

 

 この事件が単なる薬物事件ではないことを、所長はまだ知らない。

 

 ただ一つ分かっていることがある。

 

 ――銃器は絶対に売らない。

 

 それだけだった。

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