CASE99 休暇中なんだが
「魔王陛下がお呼びです」
魔族軍司令官は、所長のテーブルの前でそう告げた。
「…………」
所長は手にしていたフォークを置いた。
「俺を?」
「はい」
「なんで?」
「それは……陛下ご自身からお聞きください」
「ふざけんな」
即答だった。
司令官の眉がぴくりと動く。
「……何ですと?」
所長は面倒くさそうに司令官を見る。
「俺は今、休暇中だぞ」
「…………」
「仕事なら休暇明けにしろ」
「…………」
「依頼すんなら依頼料持ってこい」
「…………」
司令官の顔がさらに青くなる。
「……私は」
司令官は胃の辺りを押さえた。
「私も貴様など連れて行きたくはない」
「だろ?」
「しかし……」
そこで言葉が止まる。
司令官はちらりと後ろを見る。
魔王夫妻。
そして、その娘。
三人ともこちらを見ている。
「……陛下ご自身からのご指示です」
「知らん」
「私に言わないでください」
「じゃあ断れ」
「それができるなら、私もそうしています!」
珍しく司令官が声を荒げた。
所長が少し驚く。
「……お前も大変だな」
「誰のせいだと思っている!」
「俺か?」
「ほぼ貴様です!」
「そうか」
所長は酒を一口飲む。
「じゃあ貸しだな」
「……は?」
「俺は休暇中なんだぞ」
所長は司令官を指差す。
「休暇中の俺を呼び出した」
「…………」
「貸し一つだ」
司令官は頭を抱えたくなった。
「……分かった」
「よし」
所長は立ち上がった。
そしてリリスを見る。
「行くぞ」
「……はい」
リリスは緊張した面持ちで立ち上がる。
魔王。
魔王妃。
その娘。
そして、その護衛を務める魔族軍司令官。
いくら以前魔族の国で彼らと関わったことがあるとはいえ、今回は状況が違う。
リリスもどう振る舞うべきか迷っていた。
「所長……」
「ん?」
「私たちは、どうすれば?」
「普通にしてりゃいいだろ」
「相手は魔王陛下ですよ?」
「だから?」
「だから……」
リリスは言葉に詰まる。
所長は肩をすくめた。
「俺だって王様と話すのは初めてじゃねぇだろ」
「……それはそうですが」
「大丈夫だ」
所長は気楽に言った。
「何も悪いことしてねぇんだから」
リリスは少し黙る。
「……その言葉を聞くと不安になります」
「なんでだよ」
二人は司令官の後について歩き始めた。
その光景を、少し離れたところから見ていた人物たちがいた。
リリスの両親。
二人は所長と司令官がこちらへ向かってくるのを見ると――
「…………」
母親の顔から笑みが消えた。
父親も目を見開く。
「あなた」
「……ああ」
「まさか」
「……まさかだ」
二人とも、ほぼ同時に立ち上がった。
「リリスが……」
「魔王陛下のところへ……?」
「違う」
父親が青ざめる。
「所長も一緒だ」
「…………」
二人は顔を見合わせる。
そして――
「まずいわ」
「非常にまずい」
ほぼ同時に歩き出した。
いや。
歩くどころではない。
すっとんでいった。
「リリス!」
母親が呼ぶ。
「お父様?」
リリスが振り返る。
その後ろには所長。
さらに司令官。
そして前方には魔王一家。
「どうしたんだ?」
所長が首を傾げる。
リリスの父親は息を切らしながら言った。
「いや……その……」
母親も慌てて娘の隣へ並ぶ。
「私たちもご一緒します」
「なんで?」
所長が不思議そうに尋ねる。
「いや、念のためだ」
父親が答える。
「何の念だ?」
「……色々だ」
司令官もその様子を見て、ますます胃が痛くなった。
魔王一家。
魔族軍司令官。
リリスの両親。
そして所長とリリス。
気づけば、一つのテーブルに関係者が集まり始めている。
しかも当の所長だけが――
「俺、飯の途中なんだけどな」
と、少し不満そうな顔をしていた。
リリスの母親はそんな所長を見て、思わず額を押さえる。
父親も小声で呟いた。
「……頼むから、今回は何も起こさないでくれよ」
その願いが叶うかどうかは――
魔王陛下次第だった。