了解。次の話から最低3000文字以上で書く。
今回は、これまでの流れを崩さず、所長の「無礼なのに本人には悪気がない」感じと、魔王一家・司令官・リリスの温度差をしっかり描く。
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CASE100 魔王陛下との晩餐
魔王陛下のいるテーブルへ向かう。
その一行は、傍から見ればかなり異様な集団だった。
先頭を歩くのは魔族軍の軍司令官。
その後ろに、巨大なオーガ――所長。
その隣には秘書として付き従うリリス。
さらにその後ろには、リリスの両親である魔族の伯爵夫妻。
そして一番前には、すでにこちらへ視線を向けている魔王一家。
レストランにいた他の客たちも、何事かとちらちらと視線を向けている。
無理もない。
この国の王族が食事をしているところへ、軍司令官を先頭にこれだけの人間が集まっているのだ。
しかも、その中で一際目立つのが所長だった。
二メートルを遥かに超える巨体。
筋肉質で分厚い身体。
派手なアロハシャツ。
短パン。
そしてサングラス。
高級ホテルのレストランには似つかわしくない。
だが本人は、周囲の視線などまるで気にしていなかった。
「……」
司令官は歩きながら胃を押さえた。
嫌な予感しかしない。
先ほどからずっとそうだった。
「魔王陛下がお呼びです」
そう言っただけなのに、
『ふざけんな、休暇中だぞ』
『依頼なら休暇明けに依頼料持ってこい』
などと散々言われた。
それでも何とかここまで連れてきた。
そして今。
司令官は祈っていた。
どうか。
どうか、余計なことだけは言わないでくれ。
魔王陛下は、この男の過去を知っている。
軍事裁判。
人間側との戦争。
捕虜を使った爆破。
軍からの不名誉除隊。
その後の逃亡。
そして魔族の国で起こした一連の騒動。
報告書だけでも、胃が痛くなるほどの内容だった。
だが。
実際に目の前で動いている所長は、報告書から想像するより遥かに――
雑だった。
司令官はちらりと横を見る。
所長は鼻歌でも歌いそうな顔をしている。
「……」
本当に何も考えていない。
司令官は頭を抱えたくなった。
一方、リリスもかなり緊張していた。
魔王陛下と直接会う。
以前魔族の国に滞在していた時とは違う。
今回は完全に私的な旅行中。
しかも、自分の両親まで一緒。
「……」
リリスはそっと息を吐く。
隣を見る。
所長は――
「腹減ったな」
と呟いている。
「……」
緊張感がない。
本当にない。
リリスは小さくため息をついた。
やがて一行は、魔王一家のテーブルへ到着した。
軍司令官が一歩前へ出る。
「陛下」
「うむ」
魔王ヴァルガス・グラディウスが頷く。
魔王妃エレノアも穏やかな笑みを浮かべている。
そして娘のリゼットは、先ほどから興味深そうに所長を見ていた。
司令官が所長を紹介しようと口を開く。
「こちらが――」
しかし。
「どーも」
所長が先に口を開いた。
司令官の顔が引きつる。
所長は軽く手を上げた。
「お初にお目にかかります」
「…………」
一瞬。
レストランの空気が止まった。
所長はまったく気にせず続ける。
「しがない探偵事務所の所長ですよ」
そして――
「よいしょ」
勝手に空いている椅子を引いた。
「座っていいですか?」
「…………」
リリスの顔が固まる。
両親も固まる。
司令官は目を閉じた。
「…………」
もう駄目だ。
始まった。
リリスの母親が小声で、
「あなた……」
と夫を見る。
父親も青ざめている。
「……何も言うな」
「でも……」
「今は見守ろう」
一方、魔王妃エレノアは驚いた顔をしていた。
王族に対する挨拶としては、あまりにも気軽すぎる。
リゼットなど、完全に口を開けている。
「……」
しかし。
魔王ヴァルガスだけは――
笑っていた。
「ははは」
「?」
所長が首を傾げる。
「何かおかしかったか?」
「いや」
ヴァルガスは楽しそうに笑った。
「報告通りだと思ってな」
「報告?」
所長が聞き返す。
「お前についての報告書だ」
「ああ」
所長は納得した。
「そういうことか」
そして椅子にどっかりと座る。
「で?」
所長は魔王を正面から見る。
「何かご用で?」
司令官は天を仰ぎたくなった。
リリスも無言で額を押さえた。
両親はもはや何も言えない。
だが、ヴァルガスは笑っている。
「いやなに」
魔王はグラスを手に取りながら言った。
「少し興味があってな」
「俺に?」
「ああ」
「何でまた」
ヴァルガスは所長をしばらく眺めた。
その目には、王としての威厳だけではない。
純粋な好奇心があった。
「軍から上がってきた報告書に、随分と妙なことが書かれていてな」
「妙なこと?」
「お前についてだ」
所長は腕を組む。
「何て書いてあったんだ?」
「まず――」
ヴァルガスが話し始める。
「人間側の軍人でありながら、軍事裁判にかけられた」
「まあな」
「そして、その軍事裁判に至る過程で、上層部との裏取引があった」
所長は少しだけ目を細めた。
リリスも静かに聞いている。
「さらに」
ヴァルガスは続ける。
「敵軍の捕虜を爆弾代わりに使い、敵陣を吹き飛ばした」
「……」
レストランの空気が少し変わった。
先ほどまでの軽い雰囲気が薄れる。
リゼットも黙って所長を見る。
エレノアも静かに耳を傾ける。
所長はグラスを手に取った。
「……まあ、そういうこともあったな」
「そういうことも、で済ませるのか」
ヴァルガスが笑う。
「済ませるしかねぇだろ」
所長は肩をすくめた。
「終わった戦争だ」
「なるほど」
ヴァルガスは面白そうに頷く。
「そして軍事裁判を経て、不名誉除隊」
「そう」
「その後、行方をくらました」
「そうだな」
「そして――」
魔王の視線が少し鋭くなる。
「魔族の国へ来た」
所長は黙る。
「そこで何をしたのかと思えば」
ヴァルガスは苦笑した。
「軍と揉め、騒ぎを起こし、指名手配され、さらにその後もあちこちで問題を起こした」
「……」
司令官が胃を押さえる。
その通りだった。
いや。
正確には、報告書より実際の方がもっとひどい。
ヴァルガスはそんな司令官の様子にも気づきながら続ける。
「私は以前から気になっていた」
「何が?」
「一体どんな人間が、そんなことをするのか」
所長は眉を上げる。
「人間じゃねぇぞ」
「?」
「オーガだ」
「……」
一瞬の沈黙。
リゼットが吹き出しそうになる。
エレノアも口元を隠した。
ヴァルガスは笑った。
「確かにな」
「だろ?」
所長は真面目な顔で頷く。
「そこは重要だ」
「ははは」
ヴァルガスは楽しそうに笑った。
「では訂正しよう」
そして所長を見る。
「一体、どんなおかしなオーガがそんなことをしたのか」
「…………」
所長は少し考えた。
そして、自分を指差す。
「俺」
「それは分かっている」
「そうか」
「だから本人に聞いている」
所長は酒を一口飲む。
「まあ……」
少し考える。
「昔は若かったからな」
「今も十分若いと思うが」
「そうか?」
「ああ」
「まあ、昔よりは丸くなった」
リリスが横から小さく口を挟む。
「……本当にそうでしょうか」
「お前まで言うか」
「事実です」
所長は少し不満そうにリリスを見る。
その様子を見て、ヴァルガスはまた笑った。
「なるほど」
「何が?」
「お前がどういう男なのか、少し分かってきた」
「そうか?」
「ああ」
ヴァルガスはグラスを置く。
「少なくとも、報告書だけでは分からないことが分かった」
所長は首を傾げる。
「何だ?」
「お前は、自分がどれほど無茶苦茶なことをしてきたのか、あまり深く考えていない」
「…………」
リリスが静かに頷く。
「その通りです」
「お前は黙ってろ」
ヴァルガスは笑いを堪えながら続けた。
「そして、どうやら魔族の国での一件も、本人にとっては『昔のこと』らしい」
「終わったことだからな」
所長は淡々と言う。
「今は探偵だ」
「探偵?」
「ああ」
「なぜ?」
「金になるから」
「…………」
魔王一家が一瞬黙った。
司令官も黙った。
リリスだけは平然としている。
「所長らしい理由です」
「だろ?」
「褒めていません」
「分かってる」
ヴァルガスはとうとう声を出して笑った。
「ははははは!」
レストランに、魔王の笑い声が響く。
周囲の客たちが驚いて振り返る。
所長はきょとんとしていた。
「そんなに面白いか?」
「いや、面白い」
ヴァルガスは笑いながら所長を見る。
「なるほどな」
「?」
「司令官が妙に警戒する理由も分かった」
「…………」
司令官は複雑な顔をした。
「陛下」
「何だ?」
「私は警戒しているわけでは……」
「では何だ?」
「……胃が痛いだけです」
所長が吹き出す。
「ははは!」
「誰のせいだと思っている!」
「俺か?」
「貴様以外に誰がいる!」
「そうか」
所長は楽しそうに笑った。
そしてリリスは、そんな二人を見ながら静かにため息をつく。
――休暇初日の夜。
ホテルに到着してまだ数時間。
本来なら海を眺めながら酒を飲み、静かに過ごすはずだった。
それがどういうわけか。
魔王一家と同じテーブルを囲み。
魔族軍の司令官と昔話をし。
所長はいつも通りの態度で魔王と話している。
リリスの両親も、すぐ隣で固まっている。
そして当の所長は――
「ところで」
魔王へ向き直る。
「飯、まだ食っていいか?」
「…………」
一同が沈黙する。
魔王ヴァルガスは一瞬だけ目を丸くし――
「もちろんだ」
そう答えて笑った。
「せっかくの休暇なのだろう?」
「おう」
所長は満足そうに頷いた。
「じゃあ食うわ」
そして何事もなかったかのように、残っていた肉料理へ手を伸ばした。
リゼットはそんな所長をじっと見つめている。
「……変なオーガ」
ぽつりと呟く。
すると所長が顔を上げた。
「ん?」
「…………」
リゼットは慌てて視線を逸らした。
司令官はそれを見て、また胃を押さえる。
――嫌な予感がする。
今度こそ。
本当に。
何も起きなければいいのだが。