アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

112 / 131
case102 怨敵

うん、その修正のほうが所長のキャラクターにかなり合う。

特に重要なのは、「魔導鎧=所長にとって恐ろしい兵器」ではないことだね。

 

所長は220cm・240kg級のオーガだから、魔導鎧を見ても「人間にとっては厄介な兵器だが、自分自身にとってはそこまで脅威ではない」。素手でも壊せるし、適切な大型銃があれば普通に対処できる。

 

また、捕虜を爆弾にする戦術も王国軍全体の一般的な戦法ではなく、所長個人が「手っ取り早く、合理的に基地を落とす方法」としてやったもの。

なので「俺たちは生き残るために捕虜を爆弾にした」という表現はやめて、「俺はそうした」にする。

 

その前提で、会話を全部組み直す。

 

 

CASE101 戦争を知る者たち

 

「ところで」

 

魔王ヴァルガスが、先ほどまでの笑みを少しだけ消した。

 

「一つ聞きたいことがある」

 

所長も肉料理へ伸ばしかけていた手を止める。

 

「なんだ?」

 

「お前が捕虜を爆弾に使った件だ」

 

空気が変わった。

 

先ほどまで所長のあまりの無礼さに呆れ返っていた者たちも、自然と口を閉ざす。

 

リリスの両親も、静かに魔王を見る。

 

魔族軍司令官は、胃の辺りを押さえながら俯いていた。

 

ヴァルガスは所長から目を逸らさない。

 

「報告書では、我が国の兵士を捕らえ、その身体に爆薬を仕込み、基地へ送り込んだとある」

 

「ああ」

 

所長はあっさり答えた。

 

「俺がやった」

 

「……そうか」

 

ヴァルガスの声は低い。

 

「しかも、ただ爆薬を持たせたわけではない」

 

「そうだな」

 

「捕虜の内臓を抜き、その身体の中に爆薬を詰めた」

 

「そうだ」

 

「そして敵基地へ送り込んだ」

 

「うん」

 

所長は否定しなかった。

 

魔王の目が細くなる。

 

「随分と効率的な方法だな」

 

「実際、効率は良かったぞ」

 

「…………」

 

周囲が凍りつく。

 

リリスが額を押さえた。

 

「所長……」

 

「なんだよ」

 

「もう少し言い方というものが」

 

「でも事実だろ」

 

所長は魔王を見る。

 

「基地を攻略するなら、正面から兵士を突っ込ませるより手っ取り早い」

 

「…………」

 

「捕虜なら敵兵が警戒しない」

 

「…………」

 

「基地内部まで入れれば、あとは爆発させるだけだ」

 

所長は肩をすくめた。

 

「合理的だろ?」

 

ヴァルガスはしばらく黙っていた。

 

やがて、皮肉げに笑った。

 

「実に合理的だ」

 

「だろ?」

 

「我が国の兵士の身体を爆薬入れにしておいて、その言葉か」

 

「戦争中だからな」

 

「…………」

 

「俺が悪かったのは認めるよ」

 

所長は酒を飲む。

 

「ただな」

 

「?」

 

「軍事裁判にはかけられたけどよ」

 

所長は頭を掻いた。

 

「判決を食らう前に逃げたからな」

 

一瞬、沈黙。

 

「だから責任を取ったかと言われると……まあ、取ってねぇな」

 

司令官が顔を覆った。

 

「貴様……」

 

「事実だろ?」

 

「そういう問題ではない!」

 

「分かってるって」

 

所長はケラケラ笑った。

 

「俺が悪いことしたのは分かってる」

 

「ならば――」

 

「でも判決前に逃げたんだから、責任取ってないのも事実だろ」

 

「…………」

 

リリスは深々とため息をついた。

 

「そこまで堂々と言われると、もう何も言えませんね」

 

「だろ?」

 

「褒めていません」

 

「分かってる」

 

ヴァルガスはそんな二人のやり取りを見ていた。

 

そして、ふっと笑う。

 

「なるほど」

 

「何がだ?」

 

「お前が軍事裁判から逃亡したという話も、これでよく分かった」

 

「だろ?」

 

「褒めてはいない」

 

「それも分かってる」

 

ヴァルガスは苦笑した。

 

だが、その表情から笑みが消える。

 

「しかし――」

 

「ん?」

 

「我が国の兵士を殺したことについて、お前は何も思わないのか?」

 

所長は少しだけ黙った。

 

「思うさ」

 

意外なほど普通の声だった。

 

「ただ、後悔してるかって言われると、難しいな」

 

「…………」

 

「戦争中だったからな」

 

ヴァルガスは黙って聞いている。

 

「基地を落とす」

 

「兵士を死なせない」

 

「時間をかけない」

 

「金も弾も使わない」

 

所長は指を折った。

 

「その条件を全部考えたら、あれが一番手っ取り早かった」

 

「…………」

 

「だからやった」

 

所長は酒を飲んだ。

 

「俺にとっては、それだけだ」

 

重い言葉だった。

 

だが、その直後。

 

ヴァルガスが別のことを尋ねる。

 

「ならば、魔導鎧についてはどうだ?」

 

「魔導鎧?」

 

「ああ」

 

魔王は所長を見る。

 

「我が軍の魔導鎧によって、人間側の兵士も多く死んだ」

 

「そりゃそうだろ」

 

「お前も脅威に感じていたのではないか?」

 

所長は少し考えた。

 

「……いや?」

 

ヴァルガスの眉が上がる。

 

「いや?」

 

「俺個人には、そこまで脅威じゃなかったぞ」

 

「…………」

 

司令官が思わず顔を上げた。

 

所長は何でもないことのように続ける。

 

「確かに普通の兵士からしたら厄介だろうな」

 

「だが俺はオーガだ」

 

所長は自分の巨大な腕を軽く叩く。

 

「近付いてきたら殴ればいい」

 

リゼットが目を丸くする。

 

「……殴る?」

 

「殴る」

 

「魔導鎧を?」

 

「そう」

 

所長は頷いた。

 

「壊れるぞ」

 

レストランの空気が一瞬止まった。

 

司令官が遠い目をする。

 

――そうだった。

 

この男はそういう男だった。

 

魔族の魔導鎧が人間兵士を蹂躙している横で、所長だけは真正面から殴りつけ、装甲をへこませていた。

 

「それに大型銃がありゃ普通に破壊できる」

 

「…………」

 

「だから俺自身は、そこまで怖い兵器だとは思ってなかった」

 

所長は肩をすくめる。

 

「ただ、普通の人間の兵士にとっちゃ厄介だろうなとは思ってた」

 

ヴァルガスはしばらく所長を見ていた。

 

「……なるほど」

 

「何だよ?」

 

「お前を基準に考えてはいけないということだな」

 

「そりゃそうだろ」

 

所長は笑った。

 

「俺はオーガだぞ」

 

リリスが小さく呟く。

 

「今さら言いますか……」

 

ヴァルガスも思わず笑った。

 

「確かにそうだったな」

 

一度緩んだ空気が、また静かになる。

 

ヴァルガスはグラスを置いた。

 

「では聞こう」

 

「何を?」

 

「なぜ、お前は人間軍に所属していながら、魔族と取引していた?」

 

所長は少し考える。

 

「酒」

 

司令官が呆れた。

 

「またか」

 

「この話は酒がいる」

 

ヴァルガスが笑う。

 

「好きなものを頼め」

 

やがて所長の前に、かなり度数の高い酒が置かれた。

 

所長は瓶を眺める。

 

「いい酒だな」

 

グラスに注ぎ、一口。

 

「……強ぇ」

 

そして、ゆっくりと話し始めた。

 

「戦争ってのは、技術を一気に進める」

 

「特に魔石だ」

 

ヴァルガスの目が変わる。

 

「俺は前線にいたから、それを肌で感じてた」

 

「戦争が始まる前と、終盤じゃ全然違う」

 

「魔石の利用方法が爆発的に増えた」

 

動力。

 

通信。

 

輸送。

 

兵器。

 

魔導鎧。

 

そして、それを支える魔石関連技術。

 

「人間側も凄い勢いで追いつこうとしてたが、魔族側はやっぱり一歩先にいた」

 

所長は素直に認めた。

 

「魔石の使い方については、魔族の方がかなり進んでた」

 

ヴァルガスが少し驚く。

 

「敵だった我々を評価するのか?」

 

「技術の話だ」

 

所長は笑う。

 

「敵だろうが味方だろうが、凄いもんは凄い」

 

「…………」

 

「だから戦争が終わったら、魔族との関係は重要になると思った」

 

「魔石の貿易か」

 

「ああ」

 

所長は頷く。

 

「魔石は戦後の産業にも絶対必要になる」

 

「軍だけじゃない」

 

「工場、輸送、発電、いろんなところで使える」

 

「なら――」

 

「人間側の軍にいた俺が、魔族側とのコネを持ってりゃ強い」

 

所長はニヤリと笑う。

 

「魔石の貿易に一枚噛もうと思ってた」

 

「……金のためか?」

 

「もちろん」

 

即答だった。

 

「それだけじゃねぇけどな」

 

「ほう?」

 

「戦争が終わった後に、敵だった国同士が何をするかって言ったら、結局商売だろ」

 

ヴァルガスが笑う。

 

「現実的だな」

 

「俺は商売人じゃねぇ」

 

所長は酒を飲む。

 

「ただ、儲かるならやる」

 

「実にお前らしい」

 

「だろ?」

 

所長は笑う。

 

「まあ、まさか人間側と魔族側の両方から戦時国際法違反で指名手配されるとは思わなかったがな」

 

ヴァルガスが黙る。

 

所長も黙る。

 

数秒後。

 

「……はは」

 

魔王が笑った。

 

所長も笑う。

 

「ははははは!」

 

「ははははは!」

 

二人の笑い声がレストランに響いた。

 

エレノアは呆れた顔をしている。

 

リリスも呆れている。

 

司令官はもう何度目か分からないため息を吐いた。

 

ヴァルガスは笑いながら言った。

 

「もしお前が魔石販売に絡んでいたら、我が国は余計な費用を大量に支払う羽目になっていただろうな」

 

「ははは!」

 

「君を指名手配にした担当者に勲章でも授与しようか」

 

「そりゃいい!」

 

所長は大笑いする。

 

「俺もその担当者に酒を奢りてぇな!」

 

「なぜだ?」

 

「そいつのおかげで、今こうして探偵やってるからな」

 

「なるほど」

 

二人はまた笑った。

 

しばらくして、所長がグラスを置く。

 

「でもな」

 

「なんだ?」

 

「魔族の戦略と技術は、本当に凄かった」

 

ヴァルガスは頷く。

 

「そして人間の生産力も侮れなかった」

 

「そこは俺も認める」

 

「魔族は、一つの技術を徹底的に磨く」

 

「人間は?」

 

「十個作って、九個失敗して、一個使えるものを残す」

 

所長が吹き出した。

 

「まさにそれだな」

 

「だが、その一個が戦場を変える」

 

「人間の強みだ」

 

ヴァルガスは頷く。

 

「だから我々も苦戦した」

 

「こっちも魔族の技術には散々苦しめられた」

 

「互いに相手の強さを理解していた」

 

「だから戦争が長引いたんだろうな」

 

二人は静かにグラスを持ち上げた。

 

「敵としては最悪だった」

 

所長が言う。

 

「ああ」

 

ヴァルガスも答える。

 

グラスが軽くぶつかる。

 

カツン。

 

それは戦争の終わりを祝う乾杯ではない。

 

過去を許すための乾杯でもない。

 

ただ――

 

かつて殺し合った相手の強さを、今になって認めるための乾杯だった。

 

そして所長は、しんみりした空気をものの数秒で壊した。

 

「ところで、この肉もう食っていいか?」

 

ヴァルガスが笑う。

 

「好きにしろ」

 

「よし」

 

所長は嬉しそうに肉へ手を伸ばす。

 

リリスは呆れながらも、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

魔王一家との避暑旅行。

 

まだ一日目の夜だというのに。

 

すでに普通の旅行ではなくなり始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。