うん。今回はちゃんと資料の39~68話を確認したうえで、直近の流れも照合してから直す。
前の回答は、設定の空白を勝手に埋めすぎていた。特に資料では、所長とリリスの両親が最初に会うのは「黒き血を追え」編でのリリスとの再会時で、その後の伯爵家でのやり取りが続いている。だから、今回のリヴァリア共和国での再会は「以前から親しい」ではなく、以前一度会った相手との再会として扱う。
また、資料では魔族軍司令官も、所長を憎む者たちの存在を把握していて、彼らがカルテルに加担したことを問題視している。ただし、その連中が大人しくなったとは書かれていない。むしろ「所長を殺したい気持ちは分かるが、カルテルに魂を売った以上は軍の仲間ではなく、法で裁く」という立場。 2.pdf
そして所長は魔導鎧を恐れているわけではなく、後の展開でも魔導鎧を実用的な戦力・装備として扱っている。オーガ用大型拳銃、大型ライフル、対物ライフルを昔馴染みから調達していることも確認できる。 2.pdf
この前提で、今回の話を作り直す。
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CASE102 黒き血と厄介な休暇
「そういえばよ」
所長が突然、話題を変えた。
先ほどまで戦争の話をしていた魔王ヴァルガスは、グラスを片手に所長を見る。
「なんだ?」
「この前、あんたの国に邪魔した時なんだが」
ヴァルガスは少し考える。
「ああ。軍の占領地を攻め落とした時か?」
「人聞きが悪ぃなぁ」
所長はヘラヘラと笑った。
「事実だろう」
「まあ、そうなんだけどよ」
所長は酒を一口飲む。
「その時によぉ、俺のことをぶち殺したがってる魔族がカルテルと組んでやがったんだ」
その言葉に。
魔族軍司令官の肩が僅かに強張った。
リリスも黙って所長を見る。
リリスの両親も、あまり穏やかではない表情になった。
所長は気にせず続ける。
「司令官からも聞いたけどよ」
ちらりと司令官を見る。
「俺を殺したがってる連中がいるって話は、まあ分かるんだ」
司令官は何も言わない。
以前の会話でも、司令官は所長に対して、魔族側からすれば捕虜を爆弾にした件を忘れられるものではないこと、仲間や家族を失った者が所長を憎む気持ちは理解できることを伝えていた。
だが、それとカルテルに加担することは別の話だった。
所長はそのことも理解している。
「戦争中のことを考えりゃ、そりゃ俺を殺したい奴もいるわな」
「……そうだ」
司令官が答える。
「しかし、カルテルに加担した者たちは軍人ではない」
「だろ?」
所長は頷いた。
「だから面倒なんだよ」
「面倒?」
「俺は別に、昔の戦争のことで恨まれてること自体はどうでもいい」
所長は肩をすくめる。
「俺だって敵を散々殺してるしな」
「…………」
「ただよ」
所長はグラスを置く。
「旅行先でいきなり命を狙われるのは勘弁してほしい」
ヴァルガスが笑う。
「お前が旅行などしていることの方が驚きだがな」
「俺だって休暇くらい取るぞ」
「それは初耳だ」
「今知っただろ」
所長は笑った。
「そこでだ」
所長はヴァルガスを見る。
「あんたの一声で、俺の命を狙ってくる連中を大人しくさせるってのは無理か?」
ヴァルガスは少しだけ目を細める。
「……なぜ私が?」
「魔王だから」
「理由になっていないな」
「でも、あんたが一言言えば結構効くだろ?」
「効くかもしれん」
ヴァルガスはあっさり認めた。
「だが、なぜ私がそれをする?」
「俺が困ってるから」
「知らん」
「冷てぇなぁ」
「当然だろう」
所長は頭を掻いた。
「落ち落ち『黒き血』も飲みにいけんのだが」
その瞬間。
リリスの父親が僅かに反応した。
所長が言っている「黒き血」が、自分たちの家で作っている酒であることはもちろん知っている。
魔族の中でも非常に有名な黒ビール。
リリスの両親が代々製造している酒だ。
そして所長は、魔界へ入った直後からその酒の名前を知り、飲みたがっていた。
実際、以前の再会でも、伯爵家に置かれていた黒き血を見つけた瞬間、所長の目が輝いていた。 2.pdf
ヴァルガスはそんな所長を見て、しばらく黙った。
そして。
「諦めて殺されろ」
「ははははは!」
「ははははは!」
二人は大笑いした。
「陛下……」
司令官が胃を押さえながら呟く。
「笑い事ではないでしょう……」
「そうか?」
「そうです!」
司令官の胃がまたキリキリと痛む。
所長はそんな司令官を見て笑う。
「司令官も大変だな」
「誰のせいだと思っている」
「俺だな」
「分かっているなら少しは自重しろ!」
「休暇中だから無理」
「なぜだ!」
リリスが深いため息を吐いた。
「……所長」
「なんだ?」
「今は魔王陛下と戦争の話をした直後ですよ」
「そうだな」
「それなのに次の話題が『俺を狙っている連中をどうにかしてくれ』ですか」
「そうだな」
「しかも理由が『黒き血が飲めない』」
「重要だろ」
「重要ではありません」
リリスの両親は、そのやり取りを黙って見ていた。
以前、初めて所長と会った時もそうだった。
娘を助け、何も聞かずに面倒を見てくれた巨大なオーガ。
乱暴そうで、実際に乱暴で、ものすごく大きい。
リリス自身も最初は怖かったと語っている。
それでも、その後は寝る場所を与え、食事を与え、事務所で働かせてくれた。
伯爵はそのことに礼を述べ、所長は「拾っただけだ」と答えていた。 2(1).pdf
だからこそ、今回の再会でも所長に対する印象は単純ではない。
親しい昔馴染みというわけではない。
長年の友人でもない。
ただ一度、娘を連れてきた男として会った。
その後、娘から聞いた話がある。
それだけだ。
だから父親は、目の前で魔王と酒を飲みながら笑っている所長を見ても、何とも言えない顔をするしかなかった。
「……しかし」
ヴァルガスがふと口を開いた。
「『黒き血』か」
「ん?」
「確か、伯爵が作っておるな」
そう言って、ヴァルガスはリリスの父親を見る。
「はい、陛下」
伯爵は姿勢を正した。
「我が家で代々醸造しております」
「魔界ではかなり有名な酒だったな」
「ありがたきお言葉です」
所長が横から口を挟む。
「美味いぞ」
「飲んだことがあるのか?」
ヴァルガスが尋ねる。
「ある」
所長は嬉しそうに頷く。
「前に伯爵家で飲ませてもらった」
リリスが横から補足する。
「初めて両親と会った時ですね」
「そうそう」
所長は頷く。
「いやぁ、あれは良かった」
伯爵夫人が小さく笑った。
「たくさん飲まれていましたね」
「美味かったからな」
「……所長」
「なんだ?」
「依頼の話より酒の話をしていたでしょう」
「そうだったか?」
「そうでした」
ヴァルガスは二人の会話を聞いて、少し笑った。
「なるほど」
「何がだ?」
「貴様が『黒き血』を気に入っている理由が分かった」
「分かったなら、あいつらを止めてくれ」
「それとこれとは別だ」
「ケチだな」
「お前に言われたくはない」
また二人が笑う。
その光景を見ていたリリスの父親は、以前とは違う感情を抱いていた。
初めて会った時は、ただ娘を助けてくれた恩人として所長を見ていた。
今は――
娘がこの男の隣で、自然に話をしている。
所長もまた、リリスが隣にいることを当然のように受け入れている。
それだけは以前とは違って見えた。
しかし、そんな空気を壊すように。
ヴァルガスがふと所長を見る。
「……そういえば」
「ん?」
「貴様の連れは、伯爵家のご令嬢ではないか」
所長は隣のリリスを見る。
「そうだな」
ヴァルガスはリリスを見る。
そして所長を見る。
「貴様、まさか」
「なんだ?」
「誘拐したのか?」
リリスの父親が固まった。
母親も目を見開く。
司令官はまた胃を押さえた。
「陛下……」
リゼットも興味深そうに二人を見る。
リリスは無表情のまま所長を見る。
所長は少し考える。
そして。
「バレたか」
「所長」
リリスの声が低くなる。
「なんだよ」
「そこは否定してください」
「でも魔王相手に隠しても仕方ねぇだろ」
「そういう問題ではありません」
伯爵は困惑していた。
以前会った時、所長はリリスを「拾っただけ」と言っていた。
リリス自身も、戦争の混乱の中で一人になり、逃げ続けた末に所長と出会ったことを話している。
そして、その後は所長の事務所で暮らし、働くようになった。
それを考えれば、誘拐という言葉だけで片付けられるような話ではない。
「陛下」
伯爵が慎重に口を開く。
「娘は……」
「分かっている」
ヴァルガスは笑った。
「冗談だ」
「…………」
伯爵は安堵したように息を吐いた。
所長はそんな伯爵を見て、肩をすくめる。
「まあ、最初に拾った時は俺も何も知らなかったけどな」
リリスが頷く。
「そうですね」
「お前も随分変わったよな」
「所長もです」
「俺は変わってねぇぞ」
「そういうところが変わっていないと言っているんです」
所長は笑う。
伯爵夫人も、そんな二人を見て少しだけ笑った。
以前会った時と同じように。
所長は酒の話をしている。
リリスは呆れている。
けれど、二人の距離は確実に変わっていた。
ヴァルガスはそれを眺めながら、グラスを傾ける。
「しかし、お前も大変だな」
「何が?」
「我が国では命を狙われ、人間の国では指名手配の過去があり、魔族の伯爵令嬢まで連れている」
「忙しい人生だろ?」
「自分でそうしたのだろう」
「まあな」
所長は笑った。
そして肉料理を一切れ口に放り込む。
「でもよ」
「なんだ?」
「今は休暇だ」
「…………」
「だから面倒な話は明日な」
リリスが呆れた。
「明日も休暇ですよ」
「そうだった」
「本当に大丈夫なんでしょうか……」
司令官は胃を押さえる。
伯爵夫妻は苦笑する。
リゼットは面白そうに笑う。
そして魔王は、そんな所長を見て笑った。
「……なるほど」
「何がだ?」
「我が国であれほどの騒ぎを起こした男が、なぜ今まで生きているのかと思っていた」
ヴァルガスは酒を飲む。
「少し分かった気がする」
「そりゃどうも」
所長もグラスを掲げる。
「じゃあ、俺が安心して黒き血を飲めるようになることを祈ってくれ」
「自分で何とかしろ」
「ケチだな」
「お前にだけは言われたくない」
再び二人の笑い声が響いた。
その横で、リリスは静かにグラスを傾ける。
休暇のはずだった。
本来なら、海を眺め、酒を飲み、ホテルでゆっくり過ごすだけのはずだった。
だが。
魔王一家と同じホテルに泊まり。
魔族軍司令官まで護衛として滞在している。
さらに、所長を未だに狙っている連中までいる。
リリスは小さく息を吐いた。
「……先が思いやられますね」
所長が聞き返す。
「何か言ったか?」
「何でもありません」
「そうか」
所長は気にせず、また肉を食べた。
リリスはその横顔を見る。
そして、ほんの少しだけ笑った。
――少なくとも。
この人がいる限り、退屈だけはしないだろう。