アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case104 楽しい夕食会

うん。今回は資料も確認した。

特に、所長とリリスの両親が以前会った時の経緯、所長とリリスの関係、黒き血、魔族側から所長を狙っている者たち、所長が魔族軍司令官と以前から因縁を持っていることを踏まえて、今回の場面を続ける。所長と伯爵夫妻についても、資料上の過去の対面を超えて親しい関係にはしない。

 

では、今回も3000文字以上で。

 

 

CASE103 王族と探偵

 

魔王と所長の談笑は、それからもしばらく続いた。

 

先ほどまで戦争の話をしていたとは思えないほど、二人の雰囲気は穏やかだった。

 

もちろん、話している内容そのものは穏やかとは言い難い。

 

魔族と人間。

 

かつて敵として殺し合った二人の国。

 

その戦争の最前線にいた者同士。

 

片方は魔族を率いる王。

 

もう片方は、人間側の軍人として戦い、敵国の捕虜を爆弾として利用して基地を攻略し、その後軍事裁判にかけられることになった男。

 

本来なら、同じ卓に座って酒を飲んでいること自体がおかしい。

 

だが、今の二人は笑っていた。

 

所長はグラスを傾けながら、ヴァルガスを眺める。

 

「いやぁ……」

 

そして、唐突にしみじみと呟いた。

 

「王族なんてのは、税金ばっか取ってきて気に食わねぇ連中だと思ってたが」

 

ヴァルガスが眉を上げる。

 

「ほう」

 

「考えが変わったなぁ」

 

「それは随分と評価が上がったものだ」

 

「いや、あんたは結構面白ぇわ」

 

所長はニヤニヤ笑う。

 

「魔王閣下なら、黒き血だけで依頼受けてやるよ」

 

リリスが隣で眉間を押さえた。

 

「所長……」

 

「なんだ?」

 

「依頼料を酒一本で受ける探偵がどこにいるんですか」

 

「ここにいる」

 

「胸を張らないでください」

 

ヴァルガスは堪えきれず吹き出した。

 

「ははははは!」

 

所長も笑う。

 

「どうだ? 安いだろ?」

 

「貴様に黒き血を飲ませ続けたら、依頼料より高くつきそうだ」

 

「ははははは!」

 

「そりゃねぇよ!」

 

二人はまた大笑いした。

 

その光景を見ていた魔王妃も、思わず口元を緩める。

 

司令官だけは笑えなかった。

 

むしろ、ますます胃が痛くなっていた。

 

――何故こうなった。

 

ほんの少し前まで、司令官は「所長に興味を持たれると面倒だ」と必死に誤魔化そうとしていた。

 

それがどうだ。

 

今では所長が魔王と酒を飲み、笑いながら依頼料の交渉までしている。

 

しかも、魔王はそれを楽しんでいる。

 

「陛下……」

 

司令官が小さく声をかける。

 

「何だ?」

 

「……本当に大丈夫でしょうか」

 

「何がだ?」

 

「この男と親しくなられるのは……」

 

「面白いではないか」

 

「…………」

 

司令官は何も言えなくなった。

 

魔王の娘は、そんな大人たちのやり取りをずっと眺めていた。

 

先ほどから退屈そうにしていた彼女だったが、どうやら所長の言葉に興味を持ったらしい。

 

王族として育った彼女にとって、人間の、それも一見すると粗野なオーガが、父親と対等なような態度で酒を飲み、笑っている光景は珍しかった。

 

ましてや。

 

「黒き血だけで依頼を受けてやる」

 

などと、魔王相手に冗談を言う人間など見たことがない。

 

彼女は所長をじっと見つめる。

 

そして、ふと口を開いた。

 

「ねえ」

 

所長が顔を向ける。

 

「ん?」

 

「あなた」

 

「俺?」

 

「そう」

 

娘は少し顎を上げる。

 

「依頼したら、なんでもしてくれるの?」

 

所長は一瞬だけ彼女を見る。

 

そして、あっさり答えた。

 

「休暇中だから断る」

 

「…………」

 

娘の表情が止まった。

 

リリスも一瞬、目を閉じた。

 

――言うと思いました。

 

魔王妃は少し驚いたように娘を見る。

 

司令官は頭を抱えた。

 

一方、所長は何事もなかったように酒を飲んでいる。

 

娘の眉がピクリと動いた。

 

「……私が誰だか分かっているの?」

 

「魔王の娘だろ?」

 

「そうよ」

 

「じゃあ余計に休暇中の俺に依頼すんな」

 

「…………」

 

娘の顔に、明らかに不満が浮かんだ。

 

これまで彼女が何かを頼めば、周囲の者はまず話を聞いた。

 

王族だからだ。

 

それが当然だった。

 

しかし、この男は違う。

 

「平民のくせに……」

 

娘が小さく呟いた。

 

その言葉は、所長にも届いた。

 

「ん?」

 

所長が娘を見る。

 

怒鳴るわけでもない。

 

銃を抜くわけでもない。

 

ただ、いつものヘラヘラした笑顔を浮かべていた。

 

「おじょーちゃん」

 

「…………」

 

「いいこと教えてやるよ」

 

所長は椅子に座ったまま、周囲を見回した。

 

魔王。

 

魔王妃。

 

その娘。

 

そして護衛として控える魔族軍司令官たち。

 

高級ホテルの一室。

 

王族を守るための護衛も揃っている。

 

普通の人間なら、そんな状況で王族を前にして口を慎む。

 

だが。

 

所長は違った。

 

「この位置だとよ」

 

所長はテーブルの周囲を指で軽く示した。

 

「お前さんらを殺すのなんぞ、十秒ありゃお釣りが来る」

 

空気が凍った。

 

司令官の顔色が変わる。

 

リリスも表情を引き締める。

 

伯爵夫妻も息を呑む。

 

魔王妃の護衛たちの手が、僅かに武器へ向かった。

 

だが。

 

所長は笑っていた。

 

「それとも何か?」

 

そして、娘を見る。

 

「軍隊が付いてりゃ、何もされねぇと思ったのか?」

 

「…………」

 

娘の顔から、先ほどまでの傲慢さが少し消えた。

 

所長は怒っていない。

 

むしろ、子供をからかうような調子だった。

 

「王族だからって、俺に何でも言うこと聞かせられると思ったら大間違いだ」

 

「…………」

 

「俺は今、休暇中なんだよ」

 

所長はグラスを持ち上げる。

 

「仕事なら、休暇明けに依頼料持って事務所まで来い」

 

「…………」

 

「まあ、俺の事務所がどこにあるか知ってるかは知らんがな」

 

リリスが小さくため息をつく。

 

「所長」

 

「なんだ?」

 

「それ以上は……」

 

「分かってるよ」

 

所長は笑った。

 

「別に喧嘩売ってるわけじゃねぇ」

 

そして娘を見る。

 

「ただ、身分だけで人間を動かそうとすると、いつか痛い目見るぞって教えてやってるだけだ」

 

魔王は黙ってその様子を見ていた。

 

魔王妃も同じだった。

 

先ほどまで笑っていた空気は消えている。

 

しかし、二人とも怒ってはいない。

 

むしろ。

 

娘が初めて、自分の身分が通用しない相手と向き合っていることを見ていた。

 

娘は所長を睨む。

 

だが、先ほどまでのような言葉は出てこなかった。

 

所長はそれ以上何も言わない。

 

そしてグラスを置く。

 

「さて」

 

所長は立ち上がった。

 

巨大な身体がゆっくりと立ち上がる。

 

それだけで周囲の視線が集まった。

 

「俺はもう帰るわ」

 

リリスを見る。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

リリスはすぐに立ち上がった。

 

その時、所長は魔王を見る。

 

「いやぁ、今日は楽しかったわ」

 

「私もだ」

 

「また黒き血でも飲む時に会おうぜ」

 

「その時は自分の金で飲め」

 

「ケチだなぁ」

 

「お前にだけは言われたくない」

 

二人は笑った。

 

所長は魔王に向き直り、軽く頭を下げる。

 

「じゃあな、魔王閣下」

 

「うむ」

 

そして所長は魔王妃へ向き直った。

 

先ほどまでの粗野な態度とは、少しだけ違った。

 

所長は姿勢を正す。

 

巨大な身体を僅かに屈める。

 

「本日はありがとうございました」

 

「こちらこそ」

 

魔王妃が微笑む。

 

所長はその手を取り――

 

まるで古い騎士の礼儀作法を知っているかのように、手の甲へ軽く口づけた。

 

「それでは、失礼します」

 

魔王妃が少し驚いた顔をする。

 

娘も目を丸くした。

 

司令官は、

 

「……こいつ、そういうことはできるのか」

 

と心の中で呟いた。

 

リリスも少しだけ目を見開いている。

 

所長はそんな周囲を気にせず、懐から名刺を取り出した。

 

「何かあったら、まあ、ここへ」

 

魔王妃が名刺を受け取る。

 

そこには探偵事務所の名前と連絡先が書かれていた。

 

「依頼料は?」

 

魔王が笑いながら尋ねる。

 

所長は振り返る。

 

「黒き血でいいぞ」

 

「やはりそれか!」

 

「ははははは!」

 

魔王が豪快に笑う。

 

所長も笑う。

 

リリスは呆れた顔で二人を見る。

 

「……本当に酒の話ばかりですね」

 

「重要だろ?」

 

「重要ではありません」

 

「そうか?」

 

「そうです」

 

所長は肩をすくめる。

 

「じゃあな」

 

そう言って、リリスの肩を軽く叩く。

 

「戻るぞ」

 

「はい」

 

二人はそのまま部屋を出ていった。

 

扉が閉まる。

 

しばらく誰も何も言わなかった。

 

娘はまだ、所長が消えていった扉を見つめている。

 

「……お父様」

 

「なんだ?」

 

「平民なのに……」

 

ヴァルガスは娘を見る。

 

「何だ?」

 

「……あの人」

 

娘は少しだけ言葉に詰まった。

 

「本当に、私たちを殺せるの?」

 

魔王は少しだけ笑った。

 

「さあな」

 

「…………」

 

「だが」

 

ヴァルガスはグラスを傾ける。

 

「少なくとも、あの男は自分の言葉を冗談だけで言っていたわけではないだろう」

 

司令官が胃を押さえた。

 

「……陛下」

 

「何だ?」

 

「それを私の前で言わないでいただきたい」

 

「なぜだ?」

 

「胃が痛みます」

 

魔王妃が小さく笑った。

 

そして手元に残された名刺を見る。

 

そこには、簡素な文字で探偵事務所の名前が記されていた。

 

魔王妃はそれを眺めながら、少しだけ微笑む。

 

一方その頃。

 

廊下を歩く所長の隣で、リリスが口を開いた。

 

「所長」

 

「ん?」

 

「……先ほどの最後の礼儀は、随分と丁寧でしたね」

 

「ああ?」

 

「魔王妃殿下への挨拶です」

 

「あれか」

 

所長は少し考える。

 

「昔、そういうのを見たことがあるだけだ」

 

「そうですか」

 

「なんだ?」

 

「いえ」

 

リリスは前を向く。

 

「所長にも、そういう礼儀ができるのだなと思っただけです」

 

「俺を何だと思ってるんだ」

 

「粗野で粗暴で、金と酒と暴力が好きな探偵事務所の所長です」

 

「……だいたい合ってるな」

 

「でしょう?」

 

二人の足音が、静かなホテルの廊下へ響く。

 

所長は大きく伸びをした。

 

「さて、部屋戻ったら寝るか」

 

「まだ夕食の余韻が残っているでしょう」

 

「じゃあ酒だな」

 

「……飲み過ぎないでください」

 

「分かってるって」

 

そう言いながら。

 

所長はもう、次に飲む酒のことを考えていた。

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