「……八千ゴールド?」
マフィアの幹部が、呆れたように聞き返した。
「ああ」
所長は腕を組み、倉庫の中央に立っていた。
「薬品、原料、完成品。それから生産設備まで全部まとめて八千だ」
「高すぎる」
「そうか?」
「そうに決まってるだろ!」
幹部が倉庫を見回す。
「量は確かにある。設備も揃っている。だが、それでも八千ゴールドは暴利だ!」
「なら買わなきゃいい」
所長はあっさりと言った。
「別に俺は困らねえ」
「……」
幹部は歯を食いしばる。
「六千」
「八千」
「七千」
「八千」
「七千五百!」
「八千」
「……」
幹部は頭を抱えた。
「お前、値引きする気ないだろ」
「ない」
所長は即答した。
「だが、別の払い方ならあるぞ」
「……何だ?」
「八千ゴールドを一括で払う」
所長は指を一本立てる。
「それが嫌なら、売上の十パーセントを毎月俺に払え」
「……は?」
「二つに一つだ」
幹部の顔が引きつった。
「毎月十パーセントだと?」
「ああ」
「冗談じゃねえ!」
「嫌なら八千払え」
「……」
幹部は黙り込む。
毎月売上の一割。
それを考えれば、八千ゴールドを払ってしまった方が長い目で見れば安い。
とはいえ、八千という金額も決して軽くない。
「……八千払う」
「話が早い」
「だが、これ以上は出さんぞ」
「分かってる」
所長は満足そうに笑った。
「商談成立だ」
部下たちが金貨の入ったケースを運んでくる。
所長は中身を確認した。
「……よし」
金貨の重みを確かめ、ケースを閉じる。
「これでお前らも新しい商売ができるわけだ」
幹部は疲れ切った顔で頷いた。
「そういうことだ」
「まあ、新しい商売をさせてやったんだ」
所長は笑った。
「感謝しろよ」
「誰のせいでこんな金を払ったと思ってる」
「細けえことは気にするな」
所長は豪快に笑う。
「この前の貴族よりゃ儲けられるだろ!」
「……まあ、それはそうだが」
幹部はため息をついた。
そこで、幹部がふと倉庫の奥を見る。
「ところで」
「あ?」
「ここにいた生産者はどうした?」
所長の笑みが止まった。
ほんの一瞬。
所長は倉庫の外へ目を向ける。
そこには、自分の車が停まっている。
荷台には、拘束されたエルフたちが積まれている。
所長は車を見つめた。
「……それは」
口元がゆっくりと吊り上がる。
「後日の商談だ」
「……」
幹部の顔から血の気が引いた。
「お前……まさか」
所長は答えない。
ただ、邪悪な笑みを浮かべる。
「……人身売買する気か?」
幹部の声が僅かに震えた。
所長はしばらく黙っていた。
「どうなるかな」
それだけ言って、さらに笑った。
「……」
幹部はそれ以上聞かなかった。
聞かない方がいい。
そう判断した顔だった。
所長は金貨のケースを受け取る。
「じゃあな」
「ああ……」
「いい商売しろよ」
所長は笑いながら車へ向かった。
荷台の扉を開ける。
中には大量の荷物。
薬。
金貨。
帳簿や取引記録。
そして大量の銃器と軍用品。
その隙間に、拘束されたエルフたちがいる。
「乗ってるな」
所長は確認する。
エルフたちは互いに顔を見合わせた。
先ほどまでの会話は、荷台まで聞こえていた。
――後日の商談。
――人身売買。
エルフたちは怯えていた。
しかし、一人が小さく呟いた。
「……人身売買なら」
「……?」
「少なくとも、すぐには殺されない」
別のエルフが頷く。
「そうだな」
殺されるのであれば、わざわざ買い手を探す必要などない。
自分たちは商品になる。
ならば、生き残る可能性はある。
そう考えれば、少しだけ気が楽になった。
所長が運転席へ乗り込む。
エンジンが唸る。
車が走り出した。
夕暮れの街を抜ける。
エルフたちは荷台の中で身を寄せ合っていた。
「……」
誰も口を開かない。
やがて車が止まった。
「着いたぞ」
所長の声がする。
シャッターが開く音。
車がガレージへ入る。
そして再びシャッターが閉じられた。
薄暗いガレージ。
所長が荷台を開ける。
「さて」
エルフたちを見る。
「お前ら」
「……はい」
代表らしいエルフが返事をした。
所長はしばらくそいつを見た。
「代表は誰だ?」
「……私です」
「そうか」
所長は頷いた。
次の瞬間。
拳が振り抜かれた。
鈍い音。
代表のエルフがその場に崩れ落ちた。
「……え?」
残されたエルフたちが凍りつく。
所長は倒れたエルフを見下ろした。
「お前が代表か」
「……」
返事はない。
「なら話が早い」
所長は拳を軽く振る。
残されたエルフたちは理解した。
人身売買なら殺されない。
――そんな自分たちの考えが、最初から間違っていたことを。
所長は車の荷台からエルフたちを見回した。
「さて」
低い声が響く。
「誰から話を聞こうか」
ガレージの扉が閉じる。
外からは、街の喧騒が遠く聞こえていた。
だが、この場所には届かない。
エルフたちはようやく理解する。
自分たちは売られるのではない。
――これから、この男に話を聞かれるのだ。