アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case113 自由な昼飯

CASE110 海辺の昼食

 

海辺を歩き始めてから、しばらく。

 

三人は海岸沿いの遊歩道をゆっくりと歩いていた。

 

午前中の騒ぎが嘘のように、辺りは穏やかだった。

 

潮風が吹き、海面が陽光を反射している。

 

リゼットはすっかり旅行を楽しんでいる様子で、リリスにあれは何か、あの店は何を売っているのかと次々に尋ねていた。

 

「リリス、あれは何?」

 

「あちらは土産物屋ですね」

 

「じゃあ、あれは?」

 

「恐らく海産物を使った料理を出している店だと思います」

 

「食べられるの?」

 

「もちろんです」

 

「じゃあ、あとで――」

 

「おい」

 

後ろから所長の声が飛んできた。

 

「腹減った」

 

「……そうですね」

 

リリスが時計を見る。

 

いつの間にか昼時になっていた。

 

所長は周囲を見回す。

 

そして少し先にある店を指差した。

 

「……あそこ」

 

海岸沿いに小さな店が出ていた。

 

簡素な屋台に近い造りだが、客はかなり多い。

 

焼いた肉の香ばしい匂い。

 

魚介を焼く音。

 

香辛料の効いた匂い。

 

パンの焼ける匂い。

 

海風に乗って、それらが三人のところまで流れてくる。

 

「うまそうだな」

 

所長の目が少し輝いた。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

三人は店へ向かった。

 

店の前には簡単なメニューが掲げられていた。

 

リゼットが立ち止まる。

 

「…………」

 

「どうしました?」

 

リリスが尋ねる。

 

「……読めないわけではないのだけれど」

 

リゼットはメニューを見つめる。

 

そこには、この地方独特の料理名が並んでいる。

 

焼き魚を香草と一緒にパンへ挟んだもの。

 

魚介を煮込んだもの。

 

薄い生地に肉や野菜を包んだもの。

 

名前だけでは、どんな料理なのか想像しづらい。

 

「これは……何?」

 

「どれですか?」

 

「これ」

 

「……私も食べたことはありませんね」

 

リゼットが驚く。

 

「リリスでも知らないの?」

 

「この地方の料理ですから」

 

二人でメニューを覗き込む。

 

「こちらは魚料理のようです」

 

「魚?」

 

「はい」

 

「焼いてあるのかしら」

 

「説明を見る限り、香草と一緒に焼いているようです」

 

「こっちは?」

 

「……肉ですね」

 

「じゃあこっちは?」

 

「分かりません」

 

「…………」

 

二人は顔を見合わせる。

 

そして。

 

「あーでもない」

 

「こういう料理かもしれません」

 

「でも、こっちの説明を見ると違うんじゃない?」

 

「確かに……」

 

二人でメニューを指差しながら悩み始めた。

 

「これは二人で分ける?」

 

「そうですね」

 

「じゃあ、こっちも」

 

「それならこちらも試してみたいです」

 

「じゃあ三つ?」

 

「食べ切れますか?」

 

「……分からない」

 

「では二つにしましょう」

 

「うん」

 

まるで普通の少女同士の昼食選びだった。

 

その横では。

 

「一番でかいのくれ」

 

店員が所長を見上げる。

 

「……一番大きいものですか?」

 

「ああ」

 

「こちらになりますが……かなり量がありますよ?」

 

「それでいい」

 

「サイズは?」

 

「一番でかいやつ」

 

「…………」

 

店員が少し困った顔をする。

 

「こちらを三つほど?」

 

「五つ」

 

「五つ……?」

 

「肉のやつ三つ」

 

所長は指を立てる。

 

「魚のやつ二つ」

 

「…………」

 

「あと、あれも」

 

店員が振り返る。

 

「そちらの煮込み料理ですか?」

 

「それ」

 

「一つでよろしいですか?」

 

「三つ」

 

「……三つ」

 

店員が注文を書き込む。

 

「飲み物は?」

 

「酒」

 

「……」

 

店員が一瞬黙る。

 

「お昼ですが」

 

「旅行だぞ」

 

所長は当然のように答えた。

 

「酒くらい飲むだろ」

 

「……では、こちらを」

 

店員が地元の酒を指す。

 

「それ」

 

所長は即答した。

 

注文を終える。

 

所長は二人の方を見る。

 

「お前らまだ決まってねぇのか?」

 

リゼットがメニューを持ったまま答える。

 

「だって、どんな料理なのか分からないんだもの」

 

「食えば分かるだろ」

 

「そういう問題ではありません」

 

リリスも苦笑する。

 

「せっかくの旅行ですから、選ぶところから楽しみたいのです」

 

「ふーん」

 

所長は興味なさそうに頷いた。

 

「じゃあ俺は先に食ってるぞ」

 

「え?」

 

「腹減った」

 

「まだ料理が来ていませんが」

 

「すぐ来るだろ」

 

そう言った直後。

 

「お待たせしました!」

 

店員が巨大な皿を運んできた。

 

所長の注文だった。

 

「早ぇな」

 

「お客様の分です」

 

大きな皿。

 

その上に山のように積まれた料理。

 

焼いた肉。

 

魚を挟んだパン。

 

香草を使った料理。

 

さらに煮込み料理。

 

とても一人前とは思えない量だった。

 

リゼットが目を丸くする。

 

「…………」

 

リリスも言葉を失う。

 

「所長」

 

「なんだ?」

 

「これ……全部食べるのですか?」

 

「そのつもりだが」

 

「…………」

 

所長は椅子に座る。

 

酒を一口飲む。

 

そして。

 

「いただきます」

 

次の瞬間。

 

豪快に肉へかぶりついた。

 

「うめぇ」

 

「…………」

 

「これもうめぇ」

 

二つ目。

 

「お、魚もうまいな」

 

三つ目。

 

所長は止まらない。

 

リゼットとリリスがまだ注文を決めている横で、すでに食事を始めている。

 

「……所長」

 

「ん?」

 

「私たちの注文がまだです」

 

「知ってる」

 

「待っていただけないのですか?」

 

「腹減ってるからな」

 

「…………」

 

リゼットが思わず笑った。

 

「本当にすごい食欲ね」

 

「オーガだからな」

 

所長は肉を頬張りながら答える。

 

「腹減ってる時に飯を待つなんざ、拷問だろ」

 

「それは分かるけど……」

 

リゼットは少し考えた。

 

そして、リリスを見る。

 

「私たちも早く決めましょう」

 

「そうですね」

 

二人は再びメニューへ視線を戻す。

 

「私はこれにする」

 

「では私はこれを」

 

「それ、辛くない?」

 

「……少し辛いようですね」

 

「じゃあ私もそっちにする」

 

「王女殿下?」

 

「だって気になるもの」

 

二人は顔を見合わせる。

 

そして笑った。

 

ようやく注文が決まった。

 

「すみません」

 

リリスが店員を呼ぶ。

 

「こちらとこちらをお願いします」

 

「かしこまりました」

 

注文を受けた店員が厨房へ戻っていく。

 

その間にも。

 

「うめぇな、これ」

 

所長は一人で黙々と食べ続けている。

 

リゼットがその姿を見ながら言った。

 

「……あの人、食べることになると本当に遠慮がないわね」

 

「いつものことです」

 

「いつも?」

 

「はい」

 

「……秘書って大変なのね」

 

「慣れています」

 

リリスはそう答えた。

 

けれど、その表情は少し楽しそうだった。

 

やがて二人の料理も運ばれてくる。

 

「わぁ……」

 

リゼットの目が輝く。

 

「これがこの地方の料理……」

 

「美味しそうですね」

 

「いただきます」

 

二人は料理を一口食べる。

 

「……美味しい」

 

「ええ」

 

リゼットは嬉しそうに笑った。

 

その横では。

 

「これ、追加できるか?」

 

所長が店員に尋ねていた。

 

「…………」

 

リリスがゆっくりと所長を見る。

 

「所長」

 

「なんだ?」

 

「まだ食べるのですか?」

 

「うまいからな」

 

「……そうですか」

 

リゼットは笑いをこらえながら、もう一度料理を口に運んだ。

 

海の風が吹く。

 

波の音がする。

 

目の前には青い海。

 

そして、知らない土地の料理。

 

昨日までなら想像もしなかったような組み合わせだった。

 

王女と秘書と、巨大なオーガ。

 

三人の奇妙な旅行は。

 

こうして、実に平和な昼食から始まっていた。

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