アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case114 夜の街

CASE111 大人の時間

 

海辺で昼食を済ませた三人は、その後もしばらくリヴァリア共和国の海岸を歩き回った。

 

海沿いの店を覗いてみたり、土産物を見たり。

 

リゼットは見慣れないものを見つけるたびに足を止め、そのたびにリリスが店員へ尋ねる。

 

所長はというと、気になったものがあれば躊躇なく買う。

 

「これ、酒のつまみになるな」

 

「所長、それはお土産用ですよ」

 

「土産とつまみは両立するだろ」

 

「……そうですけど」

 

そんな調子で買い物を続けているうちに、三人の荷物はどんどん増えていった。

 

リゼットも途中からすっかり遠慮がなくなっていた。

 

「リリス、これお母様にどうかしら?」

 

「いいと思いますよ」

 

「じゃあ買う」

 

「ではこちらへ」

 

「これも……」

 

「王女殿下、少し買いすぎでは?」

 

「だって、全部素敵なんだもの」

 

「お気持ちは分かりますが……」

 

その横で所長が大きな袋を抱えている。

 

「まだ持てるぞ」

 

「所長は荷物持ちではありませんよ」

 

「旅行じゃ荷物持ちも仕事だろ」

 

「依頼内容にありません」

 

「細けぇな」

 

そんなやり取りをしながら歩いているうちに、空が少しずつ赤く染まり始めた。

 

気がつけば、日が落ち始めている。

 

海面には夕日の光が伸び、昼間とは違った穏やかな景色になっていた。

 

三人は一度ホテルへ戻ることにした。

 

ホテルのロビーへ戻ると、リゼットはソファへ腰を下ろした。

 

「……疲れた」

 

その顔は、疲労を口にしている割には満足そうだった。

 

リリスが隣に座る。

 

「今日はかなり歩きましたからね」

 

「でも楽しかった」

 

リゼットは笑った。

 

「こんなに歩いたの、久しぶり」

 

「それはよかったです」

 

「リリスは疲れてない?」

 

「多少は疲れましたが、大丈夫です」

 

「所長は?」

 

二人が所長を見る。

 

所長は平然としていた。

 

「全然」

 

「……でしょうね」

 

リリスが苦笑する。

 

そのとき。

 

所長がホテルの受付へ向かった。

 

「おう」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「この荷物、部屋まで運んでくれ」

 

「かしこまりました」

 

今日買った大量の土産物が、次々と運ばれていく。

 

リゼットがそれを眺めていると。

 

「よし」

 

所長が戻ってきた。

 

そして。

 

「立て」

 

「え?」

 

所長はリゼットの襟首を掴んだ。

 

「わっ」

 

「ちょ、所長!?」

 

リリスが慌てて立ち上がる。

 

所長はリゼットをひょいと立たせた。

 

「さあ」

 

「さあって……何ですか?」

 

所長はニヤリと笑った。

 

「大人の時間だ」

 

「…………」

 

リゼットが目を丸くする。

 

リリスは嫌な予感しかしなかった。

 

「所長」

 

「なんだ?」

 

「どこへ行くつもりですか?」

 

「飲みに行く」

 

「……は?」

 

「飲み屋」

 

「王女殿下を連れてですか?」

 

「当然」

 

「ちょっと待ってください!」

 

リリスが所長の腕を掴む。

 

「今日はもう十分観光したでしょう!」

 

「いや」

 

所長は首を振った。

 

「まだ夜がある」

 

「そういう問題ではありません!」

 

「馬鹿旅行ってのはな」

 

所長は妙に真面目な顔をして言った。

 

「ハメ外したもん勝ちなんだよ」

 

「…………」

 

リリスは頭を抱えた。

 

依頼を受けた人間とは、とても思えない。

 

「王女殿下を飲み屋に連れて行くのが護衛ですか?」

 

「社会勉強だよ」

 

「絶対に今思いついたでしょう」

 

「細かいこと言うな」

 

所長はリゼットを見る。

 

「お前も行くだろ?」

 

「……飲み屋?」

 

「そう」

 

リゼットは少し戸惑う。

 

「私、お酒を飲んだことがないのだけれど」

 

「だからだ」

 

「だから?」

 

「社会勉強」

 

「…………」

 

リリスが深いため息をついた。

 

「所長」

 

「なんだ」

 

「せめて節度は守ってください」

 

「分かってる」

 

「本当ですか?」

 

「たぶんな」

 

「…………」

 

全く信用できない。

 

しかし。

 

リゼットは少しだけ興味を持ったようだった。

 

「……行ってみたい」

 

「王女殿下!?」

 

「だって、知らないもの」

 

リゼットは少し笑った。

 

「今日みたいに、知らないことを知るのも旅行なんでしょう?」

 

「……それはそうですが」

 

リリスは所長を見る。

 

所長は満足そうに笑っていた。

 

「決まりだな」

 

三人は再びホテルを出た。

 

夜の街は、昼とは全く違う顔をしていた。

 

海岸沿いには小さな明かりが灯り、店の前にはテーブルが並んでいる。

 

開放的な造りの飲み屋からは、笑い声や音楽が聞こえてくる。

 

所長はその中の一軒を指差した。

 

「ここ」

 

「ここですか?」

 

「ああ」

 

店先から海が見える。

 

屋外席も多く、夜風がそのまま通り抜ける造りだった。

 

「昼間から気になってたんだよ」

 

所長は席へ座る。

 

「ここならいいだろ」

 

「……まあ」

 

リリスも諦めたように席へ着く。

 

リゼットも隣へ座った。

 

店員が注文を取りに来る。

 

「酒」

 

所長は即答した。

 

「それと、このカクテルを二つ」

 

「かしこまりました」

 

「あと飯」

 

所長はメニューを開く。

 

「これと、これと……これも」

 

次々と指を差していく。

 

「あとこれ」

 

「こちらもですか?」

 

「うまそうだからな」

 

「かしこまりました」

 

注文はどんどん増えていった。

 

リリスが苦笑する。

 

「所長、昼もかなり食べましたよね」

 

「別腹だ」

 

「その言葉、男性にもあるのですか?」

 

「ある」

 

即答だった。

 

やがて飲み物が運ばれてくる。

 

所長の酒。

 

そして二つのカクテル。

 

一つをリゼットの前へ置く。

 

「ほら」

 

「……これが?」

 

リゼットはグラスを見つめる。

 

色鮮やかな液体。

 

果物や香草が添えられている。

 

「酒?」

 

「ああ」

 

「……」

 

リゼットは恐る恐るグラスを持った。

 

「少しだけ飲んでみろ」

 

「うん……」

 

リリスが隣から心配そうに見る。

 

「王女殿下、無理はしないでくださいね」

 

「分かってる」

 

リゼットはグラスを口元へ運ぶ。

 

そして。

 

ほんの少しだけ。

 

酒を口に含んだ。

 

「…………」

 

止まる。

 

「どうだ?」

 

所長が聞く。

 

リゼットはしばらく黙っていた。

 

「……甘い」

 

「だろ?」

 

「でも……少し変な感じ」

 

「酒だからな」

 

「これが、お酒……」

 

リゼットはもう一度グラスを見る。

 

リリスはその様子を見ながら、念を押す。

 

「本当に無理はしないでください。初めてなのですから」

 

「うん」

 

リゼットは素直に頷いた。

 

その頃には、料理も次々と運ばれてきていた。

 

焼いた魚。

 

肉料理。

 

揚げ物。

 

海産物を使った料理。

 

昼とはまた違った、この地方らしい料理がテーブルいっぱいに並ぶ。

 

所長は満足そうに眺める。

 

「よし」

 

「……またそんなに頼んだのですか」

 

「夜だからな」

 

「昼と理由が同じです」

 

「細けぇ」

 

所長はメニューをリゼットとリリスへ渡した。

 

「お前らも頼め」

 

「え?」

 

「好きなの食え」

 

リゼットがメニューを受け取る。

 

「私も?」

 

「旅行だぞ」

 

所長は酒を一口飲む。

 

「食いたいもん食え」

 

リリスもメニューを受け取った。

 

「……では、少しだけ」

 

「少しじゃなくていい」

 

「所長」

 

「なんだ」

 

「王女殿下は初めてのお酒なのですよ」

 

「だから無理させるなって?」

 

「はい」

 

「分かってる」

 

所長はリゼットを見る。

 

「酒はうまいが、飲みすぎると面倒だからな」

 

「所長がそれを言いますか?」

 

「俺は慣れてる」

 

「だから心配なのです」

 

リゼットは二人のやり取りを見て、思わず笑った。

 

「二人って、本当にいつもこんな感じなの?」

 

「だいたいこんな感じです」

 

リリスが答える。

 

所長はグラスを傾けながら、海を眺めた。

 

「まあ、せっかくの旅行だ」

 

「はい」

 

「今日は楽しめ」

 

リゼットは少しだけ笑って。

 

もう一度、恐る恐るカクテルを口にした。

 

今度はさっきより少しだけ長く。

 

夜の海風が、三人の間をゆっくりと通り抜けていった。

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