アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case117 人命救助

所長は大型拳銃を下ろすと、煙草を口に咥え直した。

 

「……さて」

 

そして、壁にめり込んだ車を見る。

 

「おい、二人とも」

 

「はい?」

 

「ついてきな」

 

所長はそう言って、クラッシュした車へ向かって歩き出した。

 

リリスとリゼットも後を追う。

 

近づいてみると、先ほどまでの余裕は消えた。

 

「…………!」

 

リリスが息を呑む。

 

車は前輪を失い、車体を大きく歪ませながら壁に突っ込んでいる。

 

そして車内には――。

 

誘拐犯たちがいた。

 

全員、かなりの負傷を負っている。

 

一人は額から血を流し、一人は腕を押さえ、別の男はシートに身体を挟まれていた。

 

「くそっ……!」

 

「出ろ! 早く!」

 

「無理だ! ドアが開かねぇ!」

 

「こっちもだ!」

 

「車が燃えてるぞ!」

 

車体の一部から、白い煙が上がり始めている。

 

やがて小さな炎が見えた。

 

「まずい!」

 

「逃げろ!」

 

誘拐犯たちは必死に脱出しようとする。

 

だが、衝突によって車体そのものが歪んでいる。

 

ドアは開かない。

 

窓も割れているが、身体を抜けるほどの隙間がない。

 

「くそっ!」

 

「誰か助けろ!」

 

「こんなところで死んでたまるか!」

 

その様子を、所長は腕を組んで眺めていた。

 

「…………」

 

「所長」

 

リリスが声をかける。

 

「どうします?」

 

所長は燃え始めた車を見る。

 

「もうちょっと待つ」

 

「え?」

 

「こいつら、誰に頼まれたのか聞かなきゃならんからな」

 

所長は淡々としていた。

 

「逃げられねぇなら、ちょうどいい」

 

「…………」

 

リゼットはその言葉を聞いて、車へ目を向けた。

 

誘拐犯たちは必死だった。

 

恐怖に顔を歪め、助けを求めている。

 

「…………」

 

リゼットの表情が変わった。

 

そして。

 

「助けなきゃ」

 

「おい」

 

リゼットが車へ向かって走り出す。

 

「王女殿下!」

 

リリスが慌てて叫ぶ。

 

所長も一瞬遅れて気づいた。

 

「待て!」

 

だがリゼットは止まらない。

 

昨日から何度も命を狙われた。

 

今日だって、自分を攫おうとしてきた連中だ。

 

それでも。

 

目の前で死にかけている人間を見捨てることはできなかった。

 

「助けるわ!」

 

その瞬間。

 

所長が追いついた。

 

「まてまてまて!」

 

大きな手がリゼットの襟首を掴む。

 

「きゃっ!」

 

身体が止まる。

 

「ちょっと!」

 

「お前、何するつもりだ!」

 

所長は呆れたような顔をする。

 

「こいつらはお前を誘拐しようとしてたんだぞ!」

 

「分かってるわ」

 

「だったらなんで助けに行く!」

 

リゼットは所長を見る。

 

その顔には、怒りも憎しみもなかった。

 

ただ真っ直ぐだった。

 

「王族の前に――」

 

一度、息を吸う。

 

「私は魔族です」

 

所長の眉が動く。

 

「他人を助けるのに、理由はいりません」

 

「…………」

 

「それに」

 

リゼットは燃え始めた車を見る。

 

「助けた後に事情を聞けばいいのですから」

 

「…………」

 

「死んでしまったら、何も聞けないでしょう?」

 

リリスも言葉を失っていた。

 

所長はしばらくリゼットを見つめる。

 

「…………」

 

そして、大きくため息を吐いた。

 

「お前なぁ……」

 

襟首から手を離す。

 

「そういうところは、本当に王族らしくねぇな」

 

「褒めているの?」

 

「知らん」

 

所長は車へ歩いていく。

 

「だが――」

 

巨大な手を車体へ掛ける。

 

「まあ、助けるってんなら手伝ってやる」

 

「所長!」

 

リリスが目を見開く。

 

所長は車体の屋根を掴んだ。

 

「邪魔だな」

 

「え?」

 

「こんなもん」

 

――メリメリメリッ!!

 

金属がひしゃげる。

 

所長の腕に力が入る。

 

歪んだ車体の天井が、まるで薄い鉄板のように引き剥がされていく。

 

「うおおおおっ……!」

 

「な、なんだこいつ!」

 

「オーガだ!」

 

「屋根を素手で……!」

 

所長は車体の屋根を完全に引き剥がした。

 

「よし」

 

「な、何を――」

 

「出ろ」

 

所長は車体へ手を掛ける。

 

「今からひっくり返す」

 

「は?」

 

誘拐犯たちが固まった。

 

「ちょっと待て!」

 

「おい!」

 

「俺たち怪我してるんだぞ!」

 

「知るか」

 

所長は車体を持ち上げた。

 

「うわぁぁぁぁっ!」

 

「何だこいつ!」

 

巨大なオーガの腕力によって、車体が持ち上がる。

 

そして――。

 

ぐるり。

 

車が上下逆さまになった。

 

「うわっ!」

 

「ぎゃあ!」

 

シートに残っていた誘拐犯たちが、重力に従って地面へ落ちる。

 

ドサッ。

 

「痛ぇ!」

 

「う……!」

 

「おい、生きてるか!」

 

所長は三人を見下ろした。

 

「全員いるな」

 

「何が……」

 

「助けてやったぞ」

 

「…………」

 

誘拐犯たちは呆然としている。

 

所長は逆さまになった車を掴む。

 

「じゃあ、こいつは邪魔だからどかすか」

 

「待て!」

 

所長は何のためらいもなく車を持ち上げる。

 

「ま、まさか……!」

 

「そりゃ」

 

ぶんっ!!

 

車体が宙を舞う。

 

そして――。

 

ドォォォォン!!

 

道路脇へ落下した瞬間、燃え広がっていた燃料に引火した。

 

轟音と共に炎が大きく上がる。

 

「…………」

 

リゼットが呆然と炎を見る。

 

リリスも額を押さえた。

 

「……所長」

 

「なんだ?」

 

「救助した直後に車を爆発させる人がどこにいるんですか」

 

「ここにいる」

 

「そういう意味ではありません」

 

所長は肩を竦める。

 

「まあいいだろ」

 

そして地面に転がった誘拐犯たちを見下ろした。

 

「さて」

 

口元に笑みを浮かべる。

 

「助けてやったんだ」

 

「…………」

 

「誰の依頼でお前らが動いてるのか――」

 

所長は煙草を咥え直した。

 

「ゆっくり聞かせてもらおうか」

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