「さて……」
所長は、床に倒れたエルフの男を見下ろしていた。
先ほどまで、この一団を代表していた男だった。
だが、もう動かない。
「代表者は死んじまったなぁ」
所長は頭を掻いた。
それほど残念そうな様子はない。
むしろ、少しばかり困ったような顔をしている。
「これで一番有意義な情報源がなくなったわけだ」
その言葉に、残されたエルフたちは顔を見合わせた。
誰も声を出さない。
代表者を失った悲しみよりも、目の前の男に何をされるのかという恐怖が勝っていた。
所長はそんな彼らを一人ずつ眺める。
「まあ、いいか」
大きな手を叩いた。
「お前ら」
全員の肩が跳ねる。
「俺が望む情報を渡すまで、しゃべり続けろ」
「……」
「勘違いするなよ」
所長は笑った。
「俺は別に、お前ら一人一人に質問して答え合わせをするほど気が長くねえんだ」
一歩前へ出る。
「誰か一人が全部知ってるなら、それでいい」
また一歩。
「だが、代表者は死んじまった」
所長は周囲を見回した。
「なら、次を探すしかねえ」
「……」
「簡単だろ?」
所長は腰に手を当てた。
そして突然、歌い始めた。
「どれにしようかな……」
エルフたちの表情が固まる。
所長の指が一人目を指す。
隣へ。
また隣へ。
ゆっくりと移動していく。
「天の神様の……」
「やめて……」
誰かが小さく呟いた。
所長には聞こえていない。
「言う通り……」
指が止まった。
「お前」
選ばれたエルフが息を呑む。
「わ、私……?」
「ああ」
所長が近づく。
「ちょっと話を聞かせてもらおうか」
「私は何も――」
その先の言葉は続かなかった。
所長の拳が振り抜かれる。
鈍い音が倉庫に響き、エルフが床へ倒れた。
周囲から小さな悲鳴が漏れる。
所長は倒れたエルフを一瞥すると、何事もなかったように戻ってきた。
「次」
誰も答えない。
「じゃあ、もう一回だな」
「待って!」
一人が叫んだ。
所長が振り返る。
「なんだ?」
「わ、私は……製造工程の一部を知っています!」
「ほう」
「原料を加工する場所です!」
「場所は?」
「北区の工場です!」
「誰が管理してる?」
「それは……」
エルフが口ごもる。
所長はニヤリと笑った。
「じゃあ、続きは後だ」
「え?」
また歌が始まる。
「どれにしようかな……」
「待ってください!」
別のエルフが叫んだ。
「私が知っています!」
「何を?」
「管理者の名前です!」
「言え」
エルフは必死に名前を口にした。
所長は手帳を取り出し、淡々と書き留める。
「他には?」
「そ、その男は月に二度、原料を受け取って……」
エルフが必死に喋る。
所長は黙って聞いている。
だが、話し終わるとすぐに別のエルフを見る。
「よし」
また歌う。
「どれにしようかな……」
「私も知っています!」
別のエルフが叫んだ。
「運搬役です!」
「誰だ?」
「人間です! 港の近くに住んでいて――」
名前。
住所。
使っていた車。
取引の曜日。
知っていることを、とにかく口にする。
所長は手帳へ書き込んでいく。
「なるほどな」
そしてまた顔を上げる。
「他には?」
「……」
沈黙。
「じゃあ、次だ」
歌が始まる。
「どれにしようかな……」
「私!」
「ん?」
「販売先を知っています!」
「言え」
「酒場を経由して……」
また情報が出る。
所長は頷く。
だが、それで終わらない。
歌う。
選ぶ。
殴る。
そして、誰かが怯えて勝手に喋り始める。
また歌う。
また選ぶ。
また別の誰かが口を開く。
いつしか、尋問というより奇妙な競争になっていた。
「俺の知りたいことを話した奴は、別に何もしねえぞ」
所長は言った。
「だが、黙ってる奴は知らん」
それだけだった。
だからエルフたちは話した。
製造場所。
原料の仕入れ先。
運搬経路。
販売先。
帳簿を管理していた人間。
薬を受け取っていた商人。
そして、その上にいる人間。
一人が話せば、別の一人が焦る。
「私も知っています!」
「待って、そいつより私の方が――」
「上から指示を出していた奴の名前を知ってる!」
「私も!」
所長は呆れたように笑った。
「お前ら、最初からそれくらい喋れよ」
しかし、エルフたちは止まらない。
誰もが「次」に選ばれることを恐れていた。
やがて倉庫の中には、呻き声と震える声だけが残った。
所長が一人ずつ選んでいく。
そのたびに誰かが殴られ、あるいは脅される。
そして、その光景を見た別のエルフが勝手に情報を吐き出す。
所長はそれを手帳へ書き留める。
必要な情報が出る。
また別の情報を求める。
そして、また歌う。
その繰り返しだった。
時間が経つにつれ、エルフたちは見るからに疲弊していった。
服は汚れ、顔には腫れが残り、立っていることすら辛そうな者もいる。
それでも所長は、最後まで同じ調子だった。
「……よし」
最後の一行を書き終える。
ペンを閉じた。
「大体分かった」
エルフたちは一斉に顔を上げる。
終わった。
その言葉だけで、ほんの僅かに空気が緩んだ。
所長は手帳を懐へしまう。
「結構いい情報が取れたな」
満足そうだった。
「お前ら、なかなか優秀じゃねえか」
誰も答えない。
褒められているはずなのに、恐ろしくて仕方がない。
「さて」
所長は腕を組んだ。
「情報をもらった礼くらいはしないとな」
エルフたちは身構える。
「お前らには二つ選択肢がある」
所長は指を一本立てた。
「一つ目」
エルフたちを見る。
「さっきのマフィアに売られる」
「……!」
「お前らは薬の作り方を知ってる。設備もある。人手も必要だ」
所長は淡々と続けた。
「マフィアのところで薬を作り続ける」
そして二本目の指を立てる。
「二つ目」
所長は笑った。
「人買いに売られる」
エルフたちの顔から血の気が引いた。
「お前らを買った奴が何に使うかまでは、俺は知らねえ」
所長は肩を竦める。
「ろくでもない連中に渡る可能性は高いだろうな」
「……」
「どっちがいい?」
誰も答えない。
所長は待った。
煙草を咥え、火をつける。
「選べよ」
長い沈黙の末、一人が震える声で言った。
「……マフィアに」
「ん?」
「マフィアにしてください」
別のエルフも続いた。
「私も……」
「私もです」
次々と声が上がる。
「マフィアにしてください」
「そっちがいいです」
「お願いします……」
所長は満足そうに頷いた。
「そうか」
煙草を一口吸う。
「じゃあ決まりだな」
エルフたちの間に、ほんの僅かな安堵が生まれた。
少なくとも、すぐに何処かへ売り飛ばされることはない。
そう思った。
その時だった。
「……よかったなぁ、お前ら」
「え?」
所長が突然、満面の笑みを浮かべた。
そして、一番近くにいたエルフの肩へ腕を回す。
「本当によかった」
「……」
エルフは硬直した。
所長はまるで酒場で友人と肩を組んでいるかのように笑っている。
「歯も無くなってねえし」
隣のエルフを見る。
「手足も無事だ」
さらに別のエルフの肩を抱く。
「目もちゃんと見えてる」
エルフたちは困惑する。
確かに身体は動く。
致命的な傷もない。
だが、それは「無事」と呼べる状態なのか。
所長は本気でそう思っているらしい。
「いやぁ、よかったよかった」
大きな手でエルフの肩を叩く。
叩かれたエルフが痛みに顔を歪める。
「……」
所長はふと、床に倒れた代表者へ目を向けた。
「ああ」
何かを思い出したように呟く。
「結局、そこの代表者が言ってた通りだったな」
指差す。
エルフたちの視線が、倒れた代表者へ向く。
「こいつ、言ってたじゃねえか」
所長は笑った。
「お前らは俺の望む情報を持ってるってな」
エルフたちは黙り込む。
「その通りだった」
所長は満足そうに頷く。
「だから、俺は約束を守った」
「……約束?」
「情報を渡せば、余計なことはしねえ」
所長は笑顔のままだ。
「な?」
エルフたちは答えられない。
所長は肩を組んだまま、彼らの顔を見回す。
「ほら」
「……?」
「笑えよ」
誰も笑わない。
「せっかく生き残ったんだ」
所長の声は明るい。
「笑え」
エルフたちは恐る恐る口元を動かした。
引きつった笑顔。
所長はそれを見ると満足そうに笑った。
「そうそう」
肩を叩く。
「それでいい」
ボロボロになったエルフたちと肩を組み、所長はまるで宴会の記念写真でも撮るような顔をしていた。
「いやぁ、いい仕事だったな」
誰も笑いたくなどなかった。
それでも、所長が笑えと言えば笑うしかない。
倉庫には、不自然な笑い声が響いた。
所長だけが、本当に楽しそうに笑っていた。