アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

131 / 153
case120 素潜り

CASE120 海辺の焼き魚

 

「はぁ……はぁ……」

 

「…………ふぅ」

 

砂浜へ戻ってきたリゼットとリリスは、まだ息が荒かった。

 

二人ともデッキチェアの前まで歩いてくると、そのまま力が抜けたように腰を下ろす。

 

「お疲れさん」

 

所長はそんな二人を眺めながら、何事もなかったように言った。

 

「少し休んでから、また泳ぐぞ」

 

「…………また?」

 

リゼットがぐったりした顔を上げる。

 

「今、戻ってきたばかりなんだけど……」

 

「だから休めって言ってんだよ」

 

所長はクーラーボックスを開けた。

 

中から軽食を取り出す。

 

「ほら」

 

「ありがとうございます……」

 

リゼットへ手渡す。

 

続いてリリスにも渡した。

 

「それ食って、休んどけ」

 

「はい」

 

さらに冷たい飲み物。

 

そして――。

 

「これも」

 

所長がタオルを渡す。

 

冷水で冷やしておいたらしく、ひんやりとしている。

 

「冷たい……」

 

リゼットが頬へ当てる。

 

「気持ちいい……」

 

「だろ?」

 

「準備がいいのね」

 

「海に来るならこれくらい必要だ」

 

所長はビーチパラソルの下へ二人を移動させる。

 

デッキチェアを倒し、二人が横になれるようにする。

 

「ここで休んでな」

 

「所長は?」

 

「泳いでくる」

 

「…………」

 

リゼットとリリスが同時に所長を見る。

 

「今から?」

 

「そう」

 

「一人で?」

 

「一人で十分だろ」

 

「……本当に元気ですね」

 

リリスが呆れる。

 

所長は笑った。

 

「俺はまだ泳ぎ足りねぇんだよ」

 

そう言って――。

 

海へ向かって歩いていく。

 

そして水へ入った瞬間。

 

「…………」

 

所長の身体が沈む。

 

次の瞬間。

 

ザバァッ!!

 

水面を蹴って飛び出した。

 

まるで巨大な魚――いや、鯱のようだった。

 

「…………」

 

リゼットが呆然と見つめる。

 

「速っ……」

 

所長は凄まじい速度で泳いでいく。

 

巨大な身体からは想像できないほど滑らかな動き。

 

腕を大きく掻き、足で水を蹴る。

 

波をものともせず、一直線に沖へ進んでいく。

 

「…………あの人」

 

リゼットが呟く。

 

「本当にオーガなの?」

 

「オーガです」

 

「水泳選手みたいなんだけど」

 

「軍人時代に鍛えたのでしょう」

 

「それにしても速すぎない?」

 

「……否定はしません」

 

所長はしばらく泳いだあと、突然水面から姿を消した。

 

「……消えた?」

 

リゼットが起き上がる。

 

水面には波紋だけが残っている。

 

「潜ったのでしょう」

 

「どこまで?」

 

「さあ……」

 

しばらくすると。

 

少し離れた場所で水面が大きく盛り上がった。

 

ザバァッ!

 

所長が飛び出す。

 

そしてまた潜る。

 

また泳ぐ。

 

また潜る。

 

「…………」

 

リゼットは完全に呆れていた。

 

「遊んでるわね」

 

「ええ」

 

「子供みたい」

 

「本人に言わない方がいいですよ」

 

「なんで?」

 

「たぶん喜びます」

 

「……確かに」

 

二人は顔を見合わせ、少し笑った。

 

しばらくして。

 

所長がまた海から姿を現した。

 

今度は――。

 

「…………?」

 

リゼットが目を細める。

 

所長がこちらへ泳いでくる。

 

しかし、何かがおかしい。

 

口に何かを咥えている。

 

そして両手にも何かを持っている。

 

「…………魚?」

 

リゼットが呟く。

 

「魚ですね」

 

リリスが即答する。

 

所長はそのまま砂浜へ上がってきた。

 

口には一匹。

 

右手にも一匹。

 

左手にも一匹。

 

合計三匹の魚。

 

「…………」

 

リゼットは完全に言葉を失った。

 

所長は何食わぬ顔で魚を地面へ置く。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

三人の間に沈黙が落ちる。

 

リゼットが恐る恐る聞いた。

 

「……何してたの?」

 

所長は魚を見る。

 

「泳いでた」

 

「それは見てたけど」

 

「あと魚捕ってた」

 

「どうやって!?」

 

「普通に」

 

「普通って何!?」

 

所長は答えない。

 

魚を拾い上げる。

 

リリスは深いため息を吐いた。

 

「……どうせ食べるんでしょ」

 

所長が魚を咥えたまま頷く。

 

「…………」

 

リリスはもう一度ため息を吐いた。

 

「火でも起こしますか?」

 

所長が頷く。

 

「そうですか」

 

完全に諦めた顔だった。

 

リリスは周囲を見回す。

 

そして砂浜に流れ着いていた乾燥した流木を拾い始めた。

 

「何してるの?」

 

リゼットが尋ねる。

 

「焚き火です」

 

「……本当に?」

 

「ええ」

 

「ここ、海水浴場よ?」

 

「所長が魚を捕ってきた以上、こうなるでしょう」

 

「…………」

 

リゼットは魚を見る。

 

そして所長を見る。

 

「……そうね」

 

納得してしまった。

 

リリスは乾燥した流木を集める。

 

火を起こせる程度の量を確保すると、砂浜の一角へ並べた。

 

「所長」

 

「ん?」

 

「火をつけます」

 

「頼む」

 

リリスが火を起こす。

 

ぱちぱちと小さな音を立てて炎が上がった。

 

所長はその横へしゃがみ込む。

 

「よし」

 

魚を拾う。

 

そして――。

 

口に咥えていた魚を外す。

 

「…………」

 

リゼットがじっと見ている。

 

所長は魚を一本の串へ通す。

 

慣れた手つきだった。

 

もう一匹。

 

さらにもう一匹。

 

三匹とも綺麗に串へ刺していく。

 

「……手際いいわね」

 

「軍隊じゃこういうのは基本だ」

 

所長はそう言って、焚き火の上へ魚を並べる。

 

じゅう、と音がする。

 

魚の表面から脂が落ち、炎が小さく揺れる。

 

「いい匂い……」

 

リゼットが思わず身を乗り出す。

 

「さっき軽食を食べたばかりでしょう」

 

「それとこれとは別よ」

 

「……そうですね」

 

リリスも焼けていく魚を見る。

 

所長は酒瓶を取り出し、一口飲む。

 

そして魚をひっくり返す。

 

「海で泳いで」

 

また一口。

 

「魚捕って」

 

魚を眺める。

 

「浜で焼いて食う」

 

満足そうに笑う。

 

「これが海ってもんだろ」

 

リゼットはその言葉を聞き、くすりと笑った。

 

「なんだか、所長らしいわ」

 

「だろ?」

 

「普通の海水浴とはだいぶ違うけど」

 

「細かいこと気にすんな」

 

魚の焼ける香ばしい匂いが、潮風に乗って三人のもとへ広がっていく。

 

リリスはそれを眺めながら、小さく息を吐いた。

 

「……本当に、何をしに来たのか分からなくなってきましたね」

 

所長は魚を眺めたまま笑う。

 

「旅行だよ」

 

「最初からそう言っていましたね」

 

「そういうことだ」

 

そして三人は、青い海を眺めながら、焼き上がっていく魚を待った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。