CASE123 砂浜のバーベキュー
翌日。
リヴァリア共和国の高級ホテル、そのロビー。
「今日は何するの?」
朝から妙に元気な声が響いた。
「海?」
「街?」
「昨日とは違うところ?」
リゼットが楽しそうに所長とリリスへ尋ねている。
昨日、一日中海で泳ぎ回ったとは思えないほど元気だった。
所長はソファに座ったまま、リゼットをじっと見る。
「…………」
「どうしたの?」
「お前、化け物か?」
「失礼ね」
リゼットが頬を膨らませる。
「昨日あれだけ泳いで、魚まで捕まえて、帰りの車で爆睡してただろ」
「それはそうだけど」
「普通、もうちょっと動けなくなるだろ」
所長は本気で戦慄していた。
「若さって怖ぇな……」
「まあ、さすがに筋肉痛だけどね」
リゼットは笑った。
その笑顔は明るかったが、一瞬だけ影が落ちる。
「でも……こんなに自由に動けることって、あんまりないから」
その言葉に、リリスが優しく微笑んだ。
「安心してください」
「?」
「所長は怠け者の体力お化けですので」
「おい」
所長が横から口を挟む。
「うるせぇぞー」
「事実でしょう」
「否定できねぇのが腹立つな」
リゼットがくすくす笑う。
所長は立ち上がった。
「まあいい」
そして、ガイドブックを取り出す。
「今日はバーベキューすっぞ」
「バーベキュー?」
「ここに載ってる」
所長がページを開く。
そこには、海岸沿いにあるバーベキュー設備付きのビーチが紹介されていた。
「海もあるし、飯も食える」
「いいわね!」
リゼットの顔がぱっと明るくなる。
「行きましょう!」
「決まりだな」
リリスも頷いた。
「では、必要なものを準備しましょう」
「食材は途中で買う」
「どのくらい?」
「大量」
「…………」
嫌な予感しかしない。
***
途中の食料品店。
「これも」
所長が肉を籠へ入れる。
「これも」
魚を入れる。
「野菜」
「はい」
「酒」
「所長」
「必要だろ」
「飲み過ぎないでください」
「今日は二日酔いじゃねぇ」
「そういう問題ではありません」
「じゃあ適量にする」
そう言いながら、所長は酒を追加した。
リゼットはその様子を見て笑っている。
「本当にたくさん買うのね」
「バーベキューってのはな」
所長は肉の塊を持ち上げる。
「足りないより余る方がいいんだよ」
「なるほど」
「覚えとけ」
食材、飲み物、調味料、炭。
次々と買い物を済ませる。
そして店を出る――と思ったところで。
「ちょっと寄る」
「どこへ?」
所長が指差した先。
そこには銃砲店があった。
リリスが眉をひそめる。
「……なぜ旅行中に銃を?」
「必要になるかもしれんだろ」
「何にです?」
「まあ色々だ」
「昨日までで十分色々ありましたけど」
所長は店へ入り、しばらくして戻ってきた。
手には新しい大型拳銃。
そして専用のロックソルト弾。
リゼットが首を傾げる。
「それ、何?」
「殺傷力を抑えた弾だ」
「へえ」
「近距離で当てりゃ動けなくなる」
「……旅行の買い物としては変じゃない?」
「俺にとっては普通だ」
リリスがため息を吐く。
「もう何も言いません」
「賢くなったな」
「諦めただけです」
「同じことだ」
三人はそのままビーチへ向かった。
***
目的地は、昨日とは違う場所だった。
海沿いに設けられたバーベキュー用の区画。
エメラルドグリーンの海を眺めながら食事ができる、観光客向けの場所だ。
所長は到着すると、さっそく荷物を降ろした。
「リリス、そっち頼む」
「はい」
「リゼットは野菜」
「分かった!」
二人に下ごしらえを任せ、自分は火を起こす。
炭を組み、火を入れ、鉄板を置く。
「こんなに本格的にするの?」
リゼットが驚く。
「飯は本気でやるもんだ」
「さっきから食べることばっかりね」
「旅行の基本だろ」
「そうかしら?」
「そうだ」
やがて鉄板が熱を持つ。
肉を乗せる。
ジュウウウッ――。
香ばしい匂いが辺りに広がった。
「わぁ……!」
リゼットの目が輝く。
「いい匂い!」
「だろ?」
所長は満足そうに笑う。
酒を片手に肉を焼き、焼けたものを次々と皿へ盛っていく。
「ほら」
「いただきます!」
リゼットが一口食べる。
「美味しい!」
リリスも食べる。
「……確かに美味しいですね」
「だろ?」
所長は満足げに酒を飲んだ。
三人は食べて、飲んで、時々海へ入った。
昨日ほど激しく泳ぎ回ることはない。
今日はゆっくりと海を楽しむ。
リゼットは砂浜で貝殻を拾い、リリスは日陰で飲み物を用意する。
所長は肉を焼きながら酒を飲む。
「こういうのでいいんだよ」
所長は海を眺めながら呟いた。
「旅行ってのはな」
「何?」
リゼットが聞く。
「何も考えずに飯食って、酒飲んで、海で遊ぶ」
「……うん」
「それでいいんだよ」
リゼットは嬉しそうに笑った。
――しかし。
その平穏は、長く続かなかった。
砂浜の向こうから、複数の男たちが歩いてくる。
その数は多い。
全員、こちらへ向かっている。
リリスが最初に気づいた。
「所長」
「ああ」
所長は振り返る。
「またかよ」
リゼットも男たちを見る。
「……誘拐犯?」
「たぶんな」
所長はため息を吐いた。
「飯の途中だってのに」
男たちが距離を詰めてくる。
「王女を渡せ!」
「大人しくしていれば怪我は――」
パンッ!
乾いた音が響いた。
一人がその場で崩れ落ちる。
「え?」
リゼットが目を丸くする。
所長は大型拳銃を片手に持っていた。
「ロックソルトだ」
「…………」
「死んじゃいねぇ」
パンッ!
また一人。
男が砂浜に倒れる。
「な、なんだこいつ!?」
「近づくな!」
男たちが慌てる。
所長は肉を焼く時とほとんど変わらない顔で銃を構えた。
「お前ら」
「…………」
「飯の邪魔すんな」
パンッ!
パンッ!
パンッ!
次々と誘拐犯が砂浜へ倒れていく。
やがて全員が動けなくなった。
リゼットは呆然と眺める。
「……」
リリスもため息を吐いた。
「またですか」
「まただな」
所長は銃をしまった。
そして倒れた男たちを見る。
「リリス」
「はい」
「埋めとけ」
「…………」
「え?」
リゼットが聞き返す。
「埋める?」
「砂浜に」
「なぜ!?」
「逃げられねぇように」
所長は平然としている。
結局、三人がかりで砂を掘り、気絶した誘拐犯たちを砂浜へ埋めていく。
身体は砂の中。
首から上だけが地面から出ている。
「…………」
並んだ男たちが、砂浜から顔だけを出している。
あまりにも異様な光景だった。
リゼットはそれを眺める。
「……これ、どうするの?」
「警察に連絡するまで放置」
所長は何事もなかったように戻っていく。
「肉が焦げる」
「そこ!?」
リゼットが思わず叫ぶ。
所長は鉄板の前へ戻る。
「おう。いい感じだ」
「……本当にもう」
リリスは呆れながらも、焼けた肉を皿へ移した。
所長は酒を一口飲む。
「ほら、お前らも食え」
リゼットは砂浜に埋められた誘拐犯たちを振り返る。
「…………」
「どうした?」
「……なんだか、もう驚かなくなってきたわ」
「慣れたな」
「慣れたくはないけどね」
リゼットは苦笑しながら、所長の隣へ戻った。
そして三人は――。
砂浜に誘拐犯たちを埋めたまま、再びバーベキューを再開した。
「……これ、本当に旅行なのかしら」
リリスが呟く。
「旅行だろ」
所長は肉を頬張る。
「少なくとも俺は楽しんでる」
リゼットも笑った。
「私も!」
「ならいい」
所長は満足そうに酒を飲んだ。
その背後では、砂浜から顔だけを出した誘拐犯たちが、なんとも言えない表情で三人を見つめていた。