CASE124 砂浜の「食事」
バーベキューは、何事もなかったかのように再開されていた。
鉄板の上では肉が焼け、炭火がぱちぱちと音を立てている。
リゼットは肉を頬張りながら、時折砂浜へ視線を向けた。
そこには先ほどの誘拐犯たちが、首から上だけを砂の外へ出した状態で並んでいる。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も喋らない。
さすがにあの状態では、威勢のいいことを言う気にもならないらしい。
そんな誘拐犯たちを眺めていた所長が、ふと思いついたように口を開いた。
「……そういや」
「?」
リリスが振り向く。
所長は口元を歪めた。
「こいつら、腹減ってるかもな」
その笑顔を見た瞬間。
リリスの顔が引きつった。
「……所長」
「なんだ?」
「その顔、ろくなことを考えていませんね」
「失礼な」
所長は鉄板を見る。
そして、よく焼けた肉を一枚取った。
「飯を食わせてやるだけだ」
「…………」
嫌な予感しかしない。
所長はまだ気絶している誘拐犯の一人へ近づいた。
そして――。
「ほれ」
ジュッ。
「…………!?」
熱々の肉を、額へぺたり。
誘拐犯の身体がびくっと跳ねる。
「おい、起きろ」
「う……」
意識が戻りかけたところで、今度は頬へ。
「熱っ……!」
「お、起きたな」
所長はゲラゲラ笑う。
「腹減ってんだろ?」
「な、何を――」
所長は肉を掴む。
そして。
「ほれ、食え」
「んぐっ!?」
熱々の肉を、そのまま口へ放り込んだ。
「~~~~っ!!」
声にならない悲鳴。
所長は腹を抱えて笑った。
「ははははは!」
「…………」
リリスは完全に引いていた。
隣のリゼットも同じだった。
「…………」
「…………」
二人は顔を見合わせる。
「ねぇ、リリス」
「はい」
「いじめっ子って……ああいうのを言うのね」
「ええ」
リリスは即答した。
「おそらく、あれが典型例です」
「可哀想じゃない?」
リゼットが心配そうに言う。
所長は振り返った。
「何が?」
「だって、熱そうだし……」
「なに」
所長は平然としている。
「飯を食わせてやってるんだぞ」
「…………」
「文句なんぞないだろう」
あまりにも堂々と言うので、リゼットも一瞬言葉を失った。
その間に、誘拐犯の一人がようやく肉を飲み込んだ。
「お、お前……ふざけ――」
所長が振り返る。
「ん?」
「…………」
「なんだ?」
「…………」
「食いたりねぇのか?」
「え?」
所長は鉄板を見る。
そして、今度は肉ではなく――。
丸々一個のジャガイモを手に取った。
「これも食え」
「いや、待――」
「ほれ」
「んぐぅっ!?」
熱々のジャガイモが、口の中へ押し込まれた。
「~~~~~~っ!!」
誘拐犯が必死に首を振る。
だが、砂に埋まっているため逃げられない。
所長はまた大笑いした。
「ははははは!」
他の誘拐犯たちは、その光景を見て完全に黙り込んだ。
誰も口を開かない。
誰も文句を言わない。
ただ一様に、
――こいつには逆らわない方がいい。
そう理解した顔をしていた。
所長は満足したように立ち上がる。
「よし」
何事もなかったように戻ってくる。
「さっ、食事食事」
「…………」
リゼットは所長を見る。
「……本当に怖いわね」
「何がだ?」
「何でもない」
リリスも黙って肉を取り分ける。
「……いただきます」
「おう」
所長は酒を飲む。
「飯はうめぇなぁ」
「そうですね……」
三人が食事を続けていると――。
遠くから複数の車両が近づいてきた。
警察車両。
そして、その後ろには護衛を伴った魔王一家の姿がある。
リリスが気づいた。
「所長」
「あ?」
「あちらを」
所長も振り返る。
「お」
車から降りてきたヴァルガスが、砂浜の光景を見渡す。
警察官たちも同じように周囲を見る。
そして――。
砂浜から首だけを出した誘拐犯たち。
バーベキューを楽しむ三人。
その中央で酒を飲んでいる所長。
さらに、鉄板の上で焼かれている肉。
「…………」
ヴァルガスがしばらく絶句する。
その隣でエレノアも目を丸くしている。
リゼットは母親の姿を見つけると、ぱっと笑顔になった。
「お母様!」
「リゼット!」
エレノアが駆け寄ろうとする。
だが、その前にヴァルガスが砂浜の惨状を見た。
「……所長」
「おう、ヴァルガス」
所長は気楽に手を上げる。
「ちょうど飯食ってたところだ」
ヴァルガスは、砂に埋められた誘拐犯たちを見る。
「……これは?」
所長は肉を一枚ひっくり返した。
「誘拐犯」
「それは見れば分かる」
「じゃあ問題ねぇな」
「問題しかないだろう!」
砂浜に、ヴァルガスの怒声が響いた。
所長は豪快に笑った。
「まあ落ち着けよ」
「落ち着けるか!」
一方、エレノアはリゼットへ駆け寄り、怪我がないか確認する。
「大丈夫なの?」
「うん。私は大丈夫」
「よかった……」
その横でリリスは静かにため息を吐いた。
そして、砂浜に並ぶ誘拐犯たちへ目を向ける。
「……どうしてこうなったのでしょうね」
所長は肉を頬張った。
「飯食ってたら向こうから来た」
「そこからの説明をしてください」
「めんどくせぇなぁ」
「してください」
「……はいはい」
所長は酒を飲みながら、警察と魔王夫妻へ向き直った。