CASE125 肉と氷と家族
警察が到着してから、しばらく。
「そっちだ! まだ足が出てるぞ!」
「スコップを持ってこい!」
「この砂、固ぇな!」
砂浜では、警察官たちが必死になって誘拐犯たちを掘り出していた。
「もう少し……!」
「首のところまで掘れ!」
「おい、こっちもいるぞ!」
そんな慌ただしい声が響く横で――。
「いやぁ、いい肉だな!」
所長はまるで何事もなかったかのように、鉄板の前に座っていた。
その隣にはヴァルガス。
エレノアもリゼットも、そしてリリスもいる。
「本当に持ってきたのね」
エレノアが笑う。
「ああ」
ヴァルガスが自慢げに荷物を指差した。
「せっかくの旅行だ。これくらいは用意しておかんとな」
そこから出てきたのは――。
巨大な牛肉の塊。
その重量、なんと三十キロ。
「おお……!」
所長の目が輝く。
「やるじゃねぇか、ヴァルガス!」
「貴様なら喜ぶと思ってな」
「最高だ!」
所長は豪快に笑った。
リゼットも肉を見て目を輝かせる。
「こんな大きなお肉、初めて見た!」
「王族でもそうそう見るもんじゃねぇだろ」
「ええ。父上がかなり奮発したのだと思います」
「今日は食い放題だな!」
所長が鉄板へ肉を乗せる。
ジュウウウウッ――!
脂が落ち、香ばしい匂いが辺りへ広がる。
「うまそうだな!」
ヴァルガスも酒を取り出す。
「飲むか?」
「もちろんだ!」
二人はすっかり意気投合していた。
リリスはその様子を眺めながら、呆れたように笑う。
「……本当に仲がよろしいですね」
「まあな」
ヴァルガスが笑う。
「こいつと酒を飲むのは悪くない」
「俺もそう思うぜ」
所長も豪快に酒を飲む。
その一方。
「お父様、これ美味しい!」
「そうかそうか」
リゼットは両親の間に座り、焼き上がった肉を頬張っていた。
エレノアも娘の皿へ肉を取り分ける。
「熱いから気をつけてね」
「うん!」
「昨日も今日も、随分楽しそうね」
「うん!」
リゼットは満面の笑みを浮かべた。
今までの彼女からは考えられないほど、無邪気な笑顔。
旅行が始まってから見せた笑顔の中でも――。
一番の笑顔だった。
ヴァルガスとエレノアも、その様子を嬉しそうに見つめる。
所長もそれに気づいたのか、少しだけ目を細めた。
「……まあ」
そして肉をひっくり返す。
「楽しそうで何よりだ」
「所長が連れ回してくれたおかげですね」
リリスが言う。
「俺は飯食って遊んでるだけだぞ」
「それが今のリゼット様には必要なのでしょう」
「そうかい」
所長はそれ以上何も言わず、肉を焼き続けた。
すると。
「おい」
所長が突然立ち上がった。
「どうした?」
ヴァルガスが聞く。
「暑い」
「……それだけか?」
「それだけだ」
所長は荷物の中から、巨大な氷の塊を取り出した。
「何をするつもり?」
リゼットが首を傾げる。
「かき氷だ」
「かき氷?」
「知らねぇのか?」
「知ってるけど……そんな大きな氷で作るものなの?」
「作れる」
所長は巨大な氷を専用の器具へ固定する。
そして――。
ガリガリガリガリガリッ!
豪快な音を立てて氷を削り始めた。
「…………」
「…………」
全員が眺める。
所長は妙に真剣な顔で氷を削り続ける。
「所長」
リリスが声をかける。
「はいよ」
「シロップはこちらに」
「おう」
リリスは赤や青、黄色などのシロップを並べる。
さらに果物や練乳なども用意していく。
「好きなのをかけてください」
「私はこれ!」
リゼットがすぐに選ぶ。
「私は……これにします」
エレノアも選ぶ。
ヴァルガスは少し悩んでから、
「では、これを」
「俺は全部だ」
所長が言う。
「全部?」
「全部だ」
「……甘そう」
リリスが呆れる。
「うるせぇ。こういうのは贅沢にやるもんだ」
やがて。
巨大な氷は見事な山盛りのかき氷へと姿を変えた。
「できたぞ!」
所長が全員へ器を渡していく。
「ほら」
「ありがとう!」
リゼットが嬉しそうに受け取る。
エレノアも笑顔で受け取った。
「いただきます」
ヴァルガスも一口。
「……うまいな」
「だろ?」
所長も自分の巨大なかき氷を頬張る。
「冷てぇ!」
「当たり前でしょう」
リリスが笑う。
リゼットは両親と並んでかき氷を食べながら、嬉しそうに笑っている。
「冷たい!」
「ゆっくり食べなさい」
エレノアが笑う。
「頭が痛くなるぞ」
ヴァルガスも娘を見て笑った。
その横では所長とリリスもかき氷を食べている。
そして少し離れたところでは――。
「あと少し!」
「引っ張れ!」
「まだ足が抜けないぞ!」
警察官たちが砂浜から誘拐犯を掘り出していた。
「…………」
リリスがそちらを見る。
そして、かき氷へ視線を戻す。
「……平和ですね」
「そうだな」
所長は何の疑問も持たず答えた。
「旅行ってのはこうじゃねぇとな」
青い海。
白い砂浜。
焼ける肉。
冷たいかき氷。
そして、楽しそうに笑うリゼット。
そのすぐ隣で、警察が誘拐犯を砂浜から掘り出している。
――なんとも奇妙で、しかし穏やかな午後だった。