アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case128 誘拐犯

CASE127 手を引く理由

 

テラス席。

 

先ほどまで大勢いた誘拐犯たちは、全員が地面に転がっていた。

 

所長はその中央に立ち、タバコを咥えている。

 

「ふぅ……」

 

白い煙を吐く。

 

そして――。

 

ぽと。

 

タバコの灰が、倒れている男の頭へ落ちた。

 

「…………」

 

男は動かない。

 

所長はもう一度灰を落とす。

 

ぽと。

 

「……そういや」

 

所長が何かを思い出したように呟いた。

 

「お前、さっきなんか話してたよな?」

 

「…………」

 

返事がない。

 

「おい」

 

所長は靴先で男の肩を軽く蹴る。

 

「起きろ」

 

「う……」

 

男が呻く。

 

所長はその頭を掴んで起こした。

 

「ほら」

 

コツ。

 

額を指で軽く叩く。

 

「行ってみろ」

 

コツ。

 

「何の話だった?」

 

コツ。

 

「お前ら、なんか事情があるんだろ?」

 

男は目を覚ます。

 

そして目の前にいる所長を見た瞬間――。

 

「ひっ……!」

 

「お、起きたか」

 

所長はニヤリと笑った。

 

「さぁ、話せ」

 

男は震えながら周囲を見る。

 

仲間たちは全員倒れている。

 

逃げ道もない。

 

そして何より――。

 

目の前の巨漢は、まるで散歩の途中で犬を相手にしているような気楽さだった。

 

「……わ、分かった」

 

「最初からそうしろ」

 

所長はタバコを咥え直す。

 

その少し離れたところでは、魔王一家が静かにその様子を見ていた。

 

エレノアがリゼットへ尋ねる。

 

「リゼット」

 

「なに?」

 

「……怖くなかったの?」

 

先ほどの騒ぎ。

 

大勢の男たちが襲ってきて、所長が一人で全員を叩きのめした。

 

普通なら恐怖を感じてもおかしくない。

 

だが。

 

リゼットは少し考えてから、苦笑した。

 

「うーん……」

 

そして所長を見る。

 

「……あの人がいたら、大概大丈夫だと思う」

 

「まあ……」

 

エレノアは少し驚いた顔をした。

 

ヴァルガスも娘を見る。

 

リゼットは肩をすくめた。

 

「最初は怖かったけど」

 

「うん」

 

「もう三日も一緒にいるから」

 

そして、遠くで男の頭をコツコツ叩いている所長を見る。

 

「……なんだか、あの人なら何とかしてくれるって思っちゃうのよね」

 

「…………」

 

エレノアは微笑んだ。

 

「そう」

 

「うん」

 

その間にも、尋問は続いていた。

 

「で?」

 

所長が男へ尋ねる。

 

「誰に頼まれた?」

 

「……俺たちは」

 

男は唾を飲み込んだ。

 

「俺たちは、あんたたちを狙ってた連中の一つじゃない」

 

「ほう?」

 

「……グループなんだ」

 

「グループ?」

 

「ああ」

 

男は震えながら話し始めた。

 

「今回の件、俺たちだけじゃない。複数の連中が動いてた」

 

「なるほどな」

 

「最初の日からあんた達の邪魔をしてたのも……俺たちの仲間だ」

 

「海で突っ込んできた奴らもか?」

 

「そうだ」

 

「街で襲ってきた奴らも?」

 

「……そうだ」

 

「今日の奴らも?」

 

男は頷いた。

 

「全部、同じところから話が回ってきてた」

 

所長は煙を吐いた。

 

「最初からまとめて来りゃいいものを」

 

「……俺たちも、まさかこんなことになるとは思ってなかったんだ」

 

男の声が震える。

 

「依頼料をもらって……王女を攫うだけの仕事だと思ってた」

 

「それが?」

 

男は所長を見る。

 

「……あんたがいた」

 

「俺が?」

 

「そうだよ!」

 

男が泣きそうな顔で叫ぶ。

 

「なんなんだよ、あんた!」

 

所長は首を傾げた。

 

「俺?」

 

「車を投げるわ、車を蹴り飛ばすわ、銃を撃つわ、仲間を全員ぶっ飛ばすわ……!」

 

「まあ、色々やったな」

 

「色々じゃねぇよ!」

 

男は頭を抱える。

 

「もう無理だ……」

 

「何が?」

 

「依頼料も、もう返した」

 

「ほう」

 

「俺たちは手を引く!」

 

男は必死に訴えた。

 

「もう王女には手を出さない! 今日までのことも悪かった!」

 

そして深々と頭を下げる。

 

「だから……勘弁してくれ!」

 

所長はしばらく男を見下ろした。

 

「…………」

 

「…………」

 

「依頼料、返したのか?」

 

「ああ!」

 

「全部?」

 

「全部だ!」

 

「へぇ」

 

所長は少し考える。

 

「じゃあ話せ」

 

「え?」

 

「誰が依頼した」

 

男は一瞬迷った。

 

しかし――。

 

所長の顔を見る。

 

「……話す」

 

観念したように呟いた。

 

「全部話すから、もう俺たちには手を出さないでくれ」

 

「約束はしねぇ」

 

「えぇ……」

 

「でも話した内容次第じゃ、まあ考えてやる」

 

男は諦めたように息を吐いた。

 

そして――。

 

これまで自分たちが受けていた依頼の経緯と、裏で動いていた連中について、知っている限りを語り始めた。

 

その横で、所長はタバコを吸いながら黙って聞いていた。

 

リゼットはそんな所長を見つめる。

 

そして小さく笑った。

 

「……やっぱり」

 

「何が?」

 

リリスが聞く。

 

「この人がいるなら、大丈夫そう」

 

リリスは一瞬だけ所長を見る。

 

「……まあ」

 

そして小さくため息を吐いた。

 

「それは、私も否定できませんね」

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