アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case126 大掃除

CASE128 ついでの仕事と芋づる

 

男が一通り話し終えると、所長はしばらく黙っていた。

 

咥えていたタバコから煙を吐き出し、倒れている連中を眺める。

 

「……なるほどな」

 

所長は男――この誘拐グループのリーダーへ視線を戻した。

 

「なあ」

 

「は、はい……」

 

「お前、名前は?」

 

「……グ、グレンです」

 

「グレンか」

 

所長はタバコの灰を落とした。

 

「グレン」

 

「はい」

 

「俺ぁ今、特別気分がいいんだ」

 

「……は?」

 

グレンが困惑する。

 

所長はニヤリと笑った。

 

「今日の飯はうまかった」

 

「…………」

 

「酒もうまかった」

 

「…………」

 

「娘さんも楽しそうだったしな」

 

所長がちらりとリゼットを見る。

 

リゼットは少し離れたところで、両親と話をしていた。

 

「だからよ」

 

所長はグレンへ向き直る。

 

「もし他にも、この話を聞いて動いてるグループがいるなら――」

 

そこで笑った。

 

「俺が潰してきてやるよ」

 

「……え?」

 

グレンの顔が固まった。

 

「お前らのライバルなんだろ?」

 

「いや、まあ……そうだが」

 

「だったらちょうどいいじゃねぇか」

 

所長は実に楽しそうだった。

 

「どうせ犯罪グループなんて碌なもんじゃねぇんだろ?」

 

「…………」

 

「お前らが手を引くなら、残った連中を俺が潰す。お前らにとっても悪い話じゃねぇだろ」

 

「いや……それは、そうだが……」

 

グレンは困惑する。

 

まさか自分たちを散々叩きのめした男が、今度は競合相手まで潰してくれるとは思っていなかった。

 

所長は立ち上がる。

 

「よし、場所を教えろ」

 

「本当に行くのか?」

 

「せっかく教えてもらったんだ。行かねぇと勿体ねぇだろ」

 

リリスが呆れた顔で所長を見る。

 

「……所長」

 

「なんだ?」

 

「随分と楽しそうですね」

 

「そりゃそうだろ」

 

所長は肩を回す。

 

「旅行中に勝手に王女様を狙ってくる連中がいるんだぞ?」

 

そして悪びれもせず笑う。

 

「潰すついでに運動になる」

 

「……完全に目的が変わっていますよ」

 

「細けぇことはいいんだよ」

 

所長は魔王一家の方へ向き直った。

 

「ヴァルガス」

 

「なんだ?」

 

「悪ぃけど、あんたらは一回ホテルに戻ってな」

 

「お前は?」

 

「ちょっと残った連中を片付けてくる」

 

ヴァルガスが眉をひそめる。

 

「またか」

 

「まただ」

 

「……本当に旅行なのか?」

 

「旅行だよ」

 

所長はヘラヘラ笑った。

 

「旅行先で犯罪者を一組潰すだけだ」

 

「それを旅行と言い張るのか……」

 

エレノアが苦笑する。

 

リゼットも呆れたように所長を見る。

 

「……本当に自由ね」

 

「旅行なんて自由に楽しむもんだろ」

 

「そういう意味じゃないと思うけど」

 

所長は気にせずリリスを見る。

 

「行くぞ、リリス」

 

「はい」

 

リリスはため息をつきながらも立ち上がった。

 

「では、行きましょうか」

 

「おう」

 

二人は男から聞き出した場所へ向かって歩き出した。

 

 

旧市街の倉庫街。

 

古い煉瓦造りの建物が並び、表通りから外れた場所には人影も少ない。

 

所長は一軒の倉庫を見上げた。

 

「ここか」

 

「はい」

 

リリスがグレンから聞いた特徴と照らし合わせる。

 

「間違いないと思います」

 

「よし」

 

所長は扉を見る。

 

「入るぞ」

 

「普通に?」

 

「普通に」

 

「……壊さないでくださいね」

 

「善処する」

 

「その言葉は信用できません」

 

所長は返事をせず、扉を開けた。

 

中にいた男たちが一斉に振り返る。

 

「誰だ!」

 

「客だ」

 

「ここは――」

 

「お前ら、王女様を狙ってるんだって?」

 

一瞬で空気が変わった。

 

男たちが武器へ手を伸ばす。

 

リリスがため息を吐いた。

 

「……所長」

 

「分かってる」

 

所長は笑った。

 

「旅行の邪魔をした分くらいは、働いてもらおうか」

 

それから数分後。

 

倉庫の中は静かになった。

 

所長は椅子に座っていた男を見下ろす。

 

「さて」

 

「…………」

 

「誰に頼まれた?」

 

「知らねぇ!」

 

「そうか」

 

所長は男の肩を掴む。

 

「じゃあ、知ってる奴を教えろ」

 

「……え?」

 

「お前らの上にいる奴だよ」

 

男はしばらく黙っていた。

 

やがて観念したように口を開く。

 

「……酒場だ」

 

「どこの?」

 

男は店の名前を告げた。

 

所長は立ち上がる。

 

「よし」

 

リリスが呆れた顔をする。

 

「本当に次へ行くんですね」

 

「当たり前だろ」

 

「旅行中ですよ?」

 

「だから早く片付けてぇんだよ」

 

 

酒場では、さらに別の男たちが待っていた。

 

そこでも話は同じだった。

 

「俺たちはただの仲介だ!」

 

「じゃあ、その仲介を頼んだ奴は?」

 

「……裏通りの運送屋だ」

 

「よし」

 

そして運送屋へ行けば、そこにも別の犯罪者がいた。

 

「俺たちは荷物を運んだだけだ!」

 

「誰から?」

 

「……商会の裏口から頼まれた」

 

「商会の誰だ?」

 

「名前までは知らねぇ!」

 

「知ってる奴は?」

 

「……二階の事務所にいる!」

 

また一人。

 

また一組。

 

そのたびに所長は相手を叩きのめし、必要な情報だけを聞き出していく。

 

リリスはその横で記録を取りながら、深いため息を吐いていた。

 

「……どうしてこうなるのでしょう」

 

「何が?」

 

「最初は一組の誘拐犯だったはずなのですが」

 

「一組だったんだろ?」

 

「そこから、もう何組目だと思います?」

 

所長は少し考えた。

 

「……五?」

 

「七です」

 

「そんなにか」

 

「はい」

 

「まあ、犯罪者が七組も減ったんだ。いいことじゃねぇか」

 

「所長が言うと妙に釈然としませんね……」

 

「細けぇなぁ」

 

 

さらに奥へ進むにつれ、出てくる名前も大きくなっていった。

 

密輸屋。

 

闇商人。

 

違法な護衛を請け負う連中。

 

そして、王女誘拐を請け負った複数の犯罪組織へ資金を流していた連中。

 

一組を潰せば、その先に別の組織がいる。

 

その組織を潰せば、さらにその上に別の仲介人がいる。

 

まさに芋づるだった。

 

そして、そのたびに所長は、

 

「次はどこだ?」

 

と聞いた。

 

リリスは最初こそ驚いていた。

 

だが、途中からはもう驚かなくなった。

 

「……また次ですか」

 

「おう」

 

「本当に全部潰すつもりですか?」

 

「ここまで来たらな」

 

所長はタバコに火をつける。

 

「せっかくの旅行なんだ」

 

「その理屈、最初から最後まで意味が分かりません」

 

「俺にも分からん」

 

「分からないのですか……」

 

所長は煙を吐き出した。

 

「まあ、どうせ碌でもねぇ連中だ。旅行の邪魔もされてるし、まとめて片付けちまえばいい」

 

リリスは呆れながらも、手元の記録を確認する。

 

「……それにしても、随分と大きな話になりましたね」

 

「最初は王女様一人攫うだけだったのにな」

 

「はい」

 

「それが今じゃ街の裏側を大掃除だ」

 

「所長が始めたんですよ」

 

「俺は始めてねぇ」

 

「グレンさんの話を聞いて、潰してきてやると言ったのは誰です?」

 

「俺だな」

 

「でしょう?」

 

「じゃあ俺が始めたな」

 

「…………」

 

リリスは何も言わなかった。

 

 

そして夕方。

 

二人は街外れの古びた建物の前に立っていた。

 

リリスが手元の情報を確認する。

 

「……ここが最後です」

 

「最後?」

 

「はい」

 

「本当に?」

 

「これまで聞き出した情報を繋げると、今回の誘拐計画に関係している連中は、ここに繋がります」

 

「なるほど」

 

所長は建物を見上げた。

 

「じゃあ、ここ潰せば終わりか」

 

「おそらく」

 

「よし」

 

扉を開ける。

 

中には十数人の男たちがいた。

 

そして、その中央に立っていた男が所長を見る。

 

「……お前か」

 

所長は眉を上げる。

 

「俺を知ってんのか?」

 

「当然だ」

 

男の顔が引きつる。

 

「今日、街中でお前が何をしてきたと思ってる」

 

「そうか」

 

所長は嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ話が早ぇな」

 

「何の用だ」

 

「お前ら、王女を狙ってたろ?」

 

男たちの表情が変わる。

 

「…………」

 

「図星か」

 

所長はリリスを見る。

 

「こいつらで最後か?」

 

「……はい」

 

リリスは静かに頷いた。

 

「グレンたちから始まった情報を追って、周辺の組織を一つずつ辿ってきました」

 

そして目の前の男たちを見る。

 

「ここが、今回の件に繋がる最後の組織です」

 

所長は満足そうに笑った。

 

「なるほどな」

 

そして肩を回す。

 

「お前らで最後だ」

 

「所長」

 

リリスが声をかける。

 

「何だ?」

 

「旅行中ですからね」

 

「分かってる」

 

「必要以上には暴れないでください」

 

「……努力する」

 

「その返事も信用できません」

 

所長は笑った。

 

「まあいい」

 

そして男たちへ向き直る。

 

「せっかくの旅行だ」

 

拳を鳴らす。

 

「後腐れなく片付けようぜ」

 

こうして、グレンたちの告白から始まった「ついでの仕事」は、周辺の犯罪組織を一組ずつ芋づる式に辿り、ついには今回の誘拐計画に関わった最後の組織へと行き着いた。

 

所長にとっては、あくまで旅行を邪魔する連中を片付ける「ついでの仕事」。

 

しかし結果として――。

 

リヴァリア共和国の裏社会では、その日一日で複数の犯罪組織が一気に壊滅することになった。

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