CASE129 軽い運動
夜。
ホテルへ戻ってきた所長とリリスは、ようやく夕食の席についていた。
所長は――。
「いやぁ、スッキリしたなぁ!」
上機嫌だった。
タバコを片手に、酒を飲みながら料理を豪快に口へ運んでいる。
一方。
「…………」
リリスは完全に疲れ切っていた。
椅子に深く腰掛け、背もたれに身体を預けている。
眼鏡の奥の目も、いつもの鋭さがない。
「……疲れました」
「そうか?」
「そうです」
「運動不足だったんじゃねぇか?」
「……今日一日で何組の犯罪者を追い回したと思っているのですか」
「七組くらい?」
「それ以上です」
「じゃあ運動不足解消にはちょうどいいな」
「そういう問題ではありません……」
そこへ、ホテルの奥から魔王一家が姿を現した。
ヴァルガスが二人を見るなり、少し驚いた顔をする。
「おや。随分と遅い帰りだったな」
エレノアも所長とリリスを見比べる。
「大丈夫でしたか?」
リゼットも心配そうに二人を見る。
「何かあったの?」
所長は料理を頬張りながら、ケラケラと笑った。
「なぁーに」
酒を一口飲む。
「軽い運動よ」
「…………」
リリスが無言で所長を見る。
ヴァルガスも眉を上げた。
「軽い運動?」
「おう」
「何をしていたのだ?」
「ちょっと街の裏側を掃除してきた」
「…………」
ヴァルガスが黙る。
エレノアも苦笑する。
「……なるほど」
リゼットだけが、なんとなく察した。
「また?」
「まただな」
「……もう驚かないわ」
リゼットは苦笑した。
リリスはそんな二人の会話を聞きながら、今日一日を思い返す。
朝からホバーボードに乗り。
観光地を巡り。
誘拐犯を蹴散らし。
その後、犯罪組織を一組ずつ追いかけ。
最終的には街の裏社会を一日かけて駆け回った。
そして今。
「…………」
リリスは小さく息を吐いた。
「リゼット王女殿下」
「はい?」
「……申し訳ありません」
突然謝られ、リゼットが目を丸くする。
「え?」
「明日は……」
リリスは少し申し訳なさそうに笑った。
「ゆっくりしませんか?」
「…………」
リゼットは一瞬きょとんとした。
そして、ふっと笑う。
「気にしないで」
「ですが……」
「私も楽しかったもの」
リゼットはそう言って、昨日からの旅行を思い返す。
海を見て。
買い物をして。
酒を少し飲んで。
海で泳いで。
両親とも一緒に過ごして。
そして今日も、色々あった。
普通なら、王族としては絶対に経験できないようなことばかりだった。
「明日は……」
リゼットが少し考える。
「本当にゆっくりしましょう」
「はい」
リリスがホッとしたように頷く。
その隣で所長が酒を飲みながら口を挟んだ。
「なんだ、明日は休むのか?」
「はい」
リリスが即答する。
「所長もです」
「俺も?」
「当然です」
「俺はまだ元気だぞ?」
「私は今日一日、所長について走り回ったのです」
「そうか?」
「そうです」
リリスは疲れ切った顔で所長を見る。
「……明日は絶対に、何もしない日です」
所長はしばらく考え――。
「まあ、たまにはいいか」
あっさり頷いた。
リゼットが笑う。
「じゃあ明日は、本当にのんびりね」
「ああ」
ヴァルガスもエレノアも、その様子を微笑ましそうに眺めていた。
そして所長は、そんな空気などお構いなしに料理を追加注文する。
「すいませーん! これもう一皿!」
「…………」
リリスが呆れた。
「所長」
「なんだ?」
「休むと言ったばかりでしょう」
「身体を休めるんだよ」
「胃は休めないのですか?」
「胃は別だ」
「…………」
リゼットが吹き出す。
「ふふっ……」
こうして、ようやく一日を終えた三人は、明日こそ何も起こらないことを願いながら、ゆっくりと夕食を楽しむのだった。