CASE131 友人への銃撃
所長が撃たれてから、まだほんの数分しか経っていなかった。
「誰か! 医者を呼べ!」
「ホテルにも連絡しろ!」
「この人、あのホテルの客だろ!」
街は一気に騒然となった。
ここ数日、この街でよく見かけるようになった巨大なオーガ。
口は悪い。
態度も乱暴。
街を歩けば酒を飲み、店では豪快に食べ、店員に対しても妙に気前よく金を払う。
何度も街を騒がせる騒動の中心にいながら、なぜか商店の人間からは悪く思われていなかった。
「あの人……!」
「所長さんだ!」
「誰か、早く!」
人々は必死だった。
誰かがホテルへ連絡し、別の誰かが病院へ連絡する。
そして、その連絡はすぐに魔王一行のもとへ届いた。
***
「――何だと?」
報告を受けたヴァルガスの顔から、血の気が引いた。
「所長が……銃撃された?」
「はい……」
その瞬間。
予定表を机へ置いた。
「全て中止だ」
「陛下?」
「全部だ」
声が低かった。
「所長のもとへ行く」
誰も逆らわなかった。
病院へ駆けつけたヴァルガスが見たのは、ベッドに横たわる巨大な友人だった。
腹部には大きな傷。
意識はない。
それでも――。
「……息は?」
「あります。ただ、意識が戻りません」
ヴァルガスはしばらく何も言わなかった。
そして、ベッドの横に座る。
巨大な手を握る。
「……すまない」
返事はない。
「私の娘のために、お前を巻き込んだ」
ヴァルガスは俯く。
「本来ならば、お前はただ旅行を楽しんでいただけだった」
それでも所長は目を覚まさない。
ヴァルガスはその手を握ったまま、しばらく動かなかった。
***
ホテルへ戻ったのは、すっかり日が暮れてからだった。
しかし、そこに待っていたのは休息ではなかった。
「……まだ、王女殿下とリリス嬢の行方は掴めておりません」
軍司令官が苦々しく報告する。
「申し訳ありません」
拳を握り締めていた。
「我々の警護網を突破されました。完全にこちらの想定を上回っています」
ヴァルガスは何も答えなかった。
その時だった。
通信機が鳴った。
全員の視線がそちらへ向く。
「……陛下」
軍司令官が通信を繋ぐ。
そして――。
画面に映った男を見て、ヴァルガスの表情が変わった。
公爵だった。
「魔王ヴァルガス」
「……貴様」
公爵は平然としていた。
「話は簡単だ」
そして、要求を告げる。
「王位を譲れ」
室内の空気が凍りついた。
「そうすれば、娘は返してやる」
ヴァルガスは黙って画面を睨みつける。
「返答は?」
公爵は薄く笑った。
「明日の、この時間まで待ってやろう」
通信が切れた。
静寂。
軍司令官が歯を食いしばる。
「……陛下」
しかし、ヴァルガスは答えなかった。
公人として。
魔王として。
そして、一人の父親として。
どうすべきなのか。
王位を譲れば国を危険に晒す。
拒めば娘がどうなるか分からない。
そして何より――。
「…………」
先ほど病院で握った、所長の手の感触が残っていた。
あの男は、自分の娘を守るために撃たれた。
それなのに、自分は王として国を取るのか。
それとも父親として娘を選ぶのか。
ヴァルガスは一人、深夜まで考え続けた。
眠ることなどできなかった。
***
そして、深夜。
「陛下!」
扉が勢いよく開いた。
青ざめた従者が飛び込んでくる。
「どうした!」
「た、大変です!」
「何があった!」
従者は息を切らしながら叫んだ。
「所長殿が……!」
「所長が?」
「病院から抜け出しましたぁ!?」
「…………」
部屋が静まり返った。
ヴァルガスは、ゆっくりと立ち上がった。
「……何?」
軍司令官も目を見開く。
「意識が戻ったのか!?」
「それが……!」
従者は首を横に振る。
「医師によれば、まだまともに意識が戻ったとは言えない状態だったはずなのですが……」
「ならば、なぜ――」
「病室から消えております!」
ヴァルガスは呆然とした。
そして次の瞬間。
その顔に、驚きとも呆れともつかない表情が浮かぶ。
「……あの馬鹿」
軍司令官も頭を抱えた。
「まさか……」
ヴァルガスは窓の外を見る。
深夜の街。
そのどこかに、腹部を撃ち抜かれたはずの巨大なオーガがいる。
「……何をするつもりだ」
誰にも答えは分からなかった。
ただ一つだけ。
あの男が、大人しく病院のベッドで寝ているような男ではないことだけは――全員が知っていた。