アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case130 激怒

CASE132 寝起きの鬼

 

――少し時間を遡る。

 

公爵とヴァルガスが通信を交わしていた、その頃。

 

病院の一室。

 

「…………」

 

所長の目が、ゆっくりと開いた。

 

「…………ん?」

 

しばらく天井を眺める。

 

頭がぼんやりしている。

 

自分がどこにいるのかも、なぜベッドで寝ているのかも分からない。

 

「…………腹、いてぇな」

 

寝返りを打とうとして――。

 

「ッ……!」

 

腹部に走った激痛に顔を歪める。

 

そこでようやく、自分の身体に何が起きたのかを思い出した。

 

街中。

 

リリス。

 

リゼット。

 

浮遊する魔導兵器。

 

そして――。

 

自分が二人を突き飛ばした瞬間。

 

「…………」

 

所長の顔から、眠気が消えた。

 

「…………あぁ?」

 

目が据わる。

 

「俺を撃ちやがったな」

 

低い声だった。

 

「俺を撃って……」

 

拳が震える。

 

「リリスとリゼットを攫いやがったのか」

 

その瞬間だった。

 

所長の身体に、異変が起こった。

 

怒り。

 

それも、尋常ではない怒り。

 

頭の中が真っ赤になるほどの激情。

 

身体中からアドレナリンが噴き出すような感覚。

 

「…………ふざけんな」

 

心臓が激しく脈打つ。

 

筋肉が膨れ上がるように隆起し、身体の奥から力が湧き上がってくる。

 

腹部の痛みが――消えた。

 

傷そのものが治ったわけではない。

 

だが、痛みを感じる余裕などなくなった。

 

傷口からの出血も、筋肉が異常なほど収縮することで止まっていく。

 

「…………」

 

所長はゆっくりとベッドから起き上がった。

 

点滴を引き抜く。

 

医療機器のコードもまとめて外す。

 

「……待ってろよ」

 

誰に言うでもなく呟く。

 

「今から行くからな」

 

そして――。

 

病室の窓を開けた。

 

「…………」

 

「……普通に出ていけばいいんじゃないですか?」

 

当然、そんなことを考える頭は残っていなかった。

 

巨大な身体が窓から外へ消える。

 

***

 

それから少しして。

 

ホテルからそれほど離れていない飲食店。

 

「…………」

 

所長は店の奥の席に座っていた。

 

医者から見れば絶対安静。

 

普通なら歩くことすら困難な状態。

 

しかし本人は――。

 

「酒!」

 

店員が目を丸くする。

 

「それと飯!」

 

次々と料理を注文する。

 

肉。

 

魚。

 

パン。

 

スープ。

 

揚げ物。

 

酒。

 

そしてまた酒。

 

所長は料理を猛烈な勢いで腹へ流し込んでいた。

 

「…………」

 

酒を飲む。

 

肉を食う。

 

そして――。

 

「グレン」

 

通信機を取り出す。

 

呼び出し音が鳴る。

 

『はい、所長――』

 

「情報よこせ!!」

 

『うわっ!?』

 

グレンの声が裏返った。

 

「武器もだ!」

 

『え、あの……』

 

「かき集めろ!」

 

『ちょ、ちょっと待ってください!』

 

「十分で来い!」

 

『十分!?』

 

「来なかったら――」

 

所長の口元が歪む。

 

「お前んところも潰してやる」

 

『…………』

 

通信の向こうが静かになった。

 

「分かったな?」

 

『……分かりました』

 

「よし」

 

通信を切る。

 

店員が恐る恐る料理を運んでくる。

 

「お客様……お飲み物、追加で――」

 

「置いとけ」

 

「は、はい……」

 

所長はまた食事を始めた。

 

***

 

約十分後。

 

店の外から、複数の車のエンジン音が響いた。

 

グレンたちが現れた。

 

車には銃器や装備が大量に積まれている。

 

グレンは車から降りるなり、所長を見て固まった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……あんた」

 

グレンが恐る恐る口を開く。

 

「撃たれたんじゃ――」

 

「うるせぇ!」

 

「はい!」

 

「んで、情報は?」

 

「はいはい!」

 

グレンは慌てて資料を取り出す。

 

「港の廃倉庫です。ここ数日、怪しい連中が出入りしてまして……」

 

「人数は?」

 

「正確には分かりません。ただ、普通の犯罪組織って感じじゃありません」

 

「武装は?」

 

「かなり重いものを持ち込んでいるようです」

 

所長は黙って聞いていた。

 

そして車の荷台を見る。

 

「…………」

 

様々な銃器。

 

弾薬。

 

装備。

 

その中に――。

 

「お?」

 

所長の目が輝いた。

 

「いいもんあるじゃねぇか」

 

グレンが振り返る。

 

「それですか?」

 

そこにあったのは、固定式の大型重機関銃だった。

 

人間が扱うなら、もはや銃というより小型の大砲に近い。

 

だが。

 

「こいつもらうぞ」

 

所長は軽々と持ち上げた。

 

「…………」

 

グレンが固まる。

 

「それ、二人掛かりで運ぶ予定だったんですが」

 

「そうか」

 

「…………」

 

所長は肩に担ぐ。

 

「問題ねぇな」

 

「いや、問題しかないです」

 

「車もらってくぞ」

 

「え?」

 

所長はグレンから車のキーをひったくった。

 

「ちょっ――」

 

「あと」

 

所長が店を振り返る。

 

「ここの代金払っといてくれ」

 

「…………はい?」

 

「俺、結構食ったから」

 

「…………」

 

グレンは店内を見る。

 

テーブルの上には大量の空皿。

 

空になった酒瓶。

 

そして、まだ追加注文された料理まである。

 

「……どれだけ食ったんですか、あんた」

 

「知らん」

 

所長は車へ乗り込む。

 

「じゃあな」

 

エンジンが轟音を立てる。

 

「おい! 待ってください!」

 

返事はない。

 

車はそのまま走り去っていった。

 

残されたグレンたちは、しばらく呆然としていた。

 

「…………」

 

「……俺たち、どうする?」

 

「残った車に分乗して帰るしかないだろ」

 

「そうだな……」

 

グレンは深いため息を吐いた。

 

その時。

 

店員が申し訳なさそうに近づいてきた。

 

「あの……お客様」

 

「はい?」

 

「お連れのお客様のお会計なんですが……」

 

伝票を差し出す。

 

グレンが受け取る。

 

そして――。

 

「…………」

 

目を見開いた。

 

「…………え?」

 

「お会計です」

 

「…………」

 

グレンはもう一度、金額を見る。

 

「……これ、本当に?」

 

「はい」

 

「……あの人、一人で?」

 

「はい……」

 

「…………」

 

グレンは天井を見上げた。

 

「武器よりこっちの方が怖ぇよ……」

 

店員も苦笑する。

 

そしてグレンは、残った仲間たちへ伝票を見せた。

 

「……割り勘な」

 

「「「…………」」」

 

誰も文句を言えなかった。

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