アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case15 報告会

第九話 朝食と報告

 

 電話が切れた。

 

 所長はしばらく手の中の携帯を眺めていた。

 

『さっさと来てください』

 

 リリスの声はいつも通りだった。

 

 怒鳴ってはいない。

 

 声を荒げてもいない。

 

 だからこそ、所長には分かっていた。

 

 かなり怒っている。

 

「……警察署か」

 

 所長は時計を見る。

 

 朝はまだ早い。

 

 昨夜は色々とあった。

 

 酒を飲み。

 

 薬まで吸い。

 

 倉庫へ乗り込み。

 

 銃を撃ち。

 

 マフィアと商談をし。

 

 その後、エルフたちを連れて帰ってきた。

 

 今さら思えば、よく眠れたものだ。

 

「腹減ったな」

 

 所長は立ち上がった。

 

 警察署へ行く前に、朝食を取ることにした。

 

 リリスも女刑事も、そんなことは知らない。

 

 わざわざ伝える必要もない。

 

 所長にとって朝飯は朝飯であり、報告事項ではなかった。

 

 * * *

 

 食堂に入り、所長は席に着いた。

 

「肉」

 

 店員が注文を取りに来る。

 

「はい?」

 

「肉料理」

 

「朝食ですよ?」

 

「分かってる」

 

「……」

 

「それと卵」

 

「はい」

 

「パン」

 

「はい」

 

「スープ」

 

「はい」

 

「あと肉」

 

「……追加で?」

 

「そう」

 

 店員は少しだけ困った顔をした。

 

 所長は気にしない。

 

 やがて運ばれてきた朝食を、黙々と食べ始めた。

 

 腹が減っていた。

 

 昨日の疲れも残っている。

 

 だからこそ、食事はしっかり取る。

 

 肉を噛み、パンを食べ、スープを飲む。

 

 最後にコーヒーを注文した。

 

「ふう……」

 

 ようやく一息つく。

 

 時計を見る。

 

「……そろそろ行くか」

 

 そう呟いたところで、店の外にドーナツ店があるのが目に入った。

 

「そういや」

 

 所長は立ち上がった。

 

 警察署へ向かう。

 

 その途中でドーナツ店へ入った。

 

「ドーナツ」

 

「はい。何個でしょう?」

 

「適当に詰めてくれ」

 

「ご自宅用ですか?」

 

「土産だ」

 

「どちらへ?」

 

「警察署」

 

「……警察署ですか?」

 

「ああ」

 

 店員が少し困惑した顔をした。

 

 所長は気にせず、箱を受け取る。

 

「じゃあな」

 

 そのまま車へ戻り、助手席へ箱を置いた。

 

「よし」

 

 ようやく警察署へ向かった。

 

 この寄り道を、リリスも女刑事も知らない。

 

 * * *

 

 警察署。

 

 指定された部屋の扉を開ける。

 

「お待たせ」

 

 所長が入ってきた。

 

「……」

 

「……」

 

 返事がない。

 

 女刑事は腕を組んでいる。

 

 リリスは椅子に座っている。

 

 二人とも、明らかに機嫌が悪かった。

 

 所長はそれを見て、少しだけ眉を上げた。

 

「何だ?」

 

「何だ、じゃない!」

 

 女刑事が怒鳴った。

 

「遅い!」

 

「そうか?」

 

「そうだ!」

 

 リリスも静かに所長を見る。

 

「電話をしてから、かなり経っています」

 

「そうだな」

 

「すぐに来ると言っていました」

 

「言ったな」

 

「では、なぜこんなに遅いんです?」

 

「飯食ってた」

 

「……」

 

 リリスが黙った。

 

 女刑事も黙った。

 

「……飯?」

 

「ああ」

 

「お前……」

 

 女刑事が額を押さえる。

 

「こんな状況で朝飯食ってたのか?」

 

「朝飯は大事だろ」

 

「限度があるだろ!」

 

「それより」

 

 所長は助手席から持ってきた箱を机に置いた。

 

「土産」

 

 箱を開ける。

 

 色とりどりのドーナツが並んでいた。

 

「……」

 

 女刑事が呆然とする。

 

 リリスは箱を見る。

 

「ドーナツですか?」

 

「そう」

 

「ありがとうございます」

 

 リリスが一つ取る。

 

 所長が満足そうに頷いた。

 

「よし」

 

「何がよしなんだ……」

 

 女刑事は頭を抱えた。

 

 だが、すぐに表情を変えた。

 

「……まあいい」

 

 女刑事が椅子に座る。

 

「本題に入るぞ」

 

「おう」

 

「昨日の倉庫の件だ」

 

 所長の表情から笑みが消えた。

 

 女刑事は机の上へ書類を広げる。

 

「今朝、私たちはあの倉庫へ踏み込んだ」

 

「ほう」

 

「もぬけの殻だった」

 

「……」

 

「製造設備もない」

 

「……」

 

「薬もない」

 

「……」

 

「関係者もいない」

 

 女刑事は所長を睨んだ。

 

「全部なくなっていた」

 

「そりゃ大変だな」

 

「他人事みたいに言うな」

 

「俺には関係ねえだろ」

 

「ある!」

 

 女刑事が机を叩いた。

 

「近隣から目撃証言も取れている」

 

「へえ」

 

「早朝、倉庫の周辺を複数の人間が出入りしていた」

 

「マフィアか?」

 

「そうだ」

 

 所長は何も言わない。

 

「しかも、その後に倉庫は空っぽになった」

 

「なるほどな」

 

「そして昨日――」

 

 女刑事は所長を指差す。

 

「お前は倉庫にあった薬をマフィアへ横流ししただろ!」

 

 所長は黙った。

 

「……」

 

「どうなんだ?」

 

「知らん」

 

「とぼけるな!」

 

「何の話だ?」

 

「薬だ!」

 

「薬?」

 

「倉庫にあった薬だよ!」

 

 所長は首を傾げる。

 

「俺が何かしたか?」

 

「しただろ!」

 

「証拠は?」

 

「近隣の目撃証言がある!」

 

「それだけか?」

 

「それだけじゃない!」

 

 女刑事は机を叩く。

 

「私たちは昨日、お前たちが倉庫に入ったことを知っている!」

 

「そうか」

 

「そして今朝、倉庫は空っぽだった!」

 

「偶然じゃねえか?」

 

「そんなわけあるか!」

 

「世の中、偶然はある」

 

「マフィアまで目撃されてるんだぞ!」

 

「へえ」

 

「お前、マフィアと繋がってるだろ!」

 

「仕事で付き合いがあるだけだ」

 

「そのマフィアに薬を売っただろ!」

 

「……」

 

 所長はしばらく沈黙した。

 

 そして、面倒そうに頭を掻いた。

 

「まあ」

 

「……」

 

「売ったかもしれんな」

 

「認めるのか!」

 

「何を怒ってるんだ?」

 

「薬を横流ししたことだ!」

 

「横流しじゃねえよ」

 

「じゃあ何だ!」

 

「報告だ」

 

「……は?」

 

 女刑事が固まる。

 

 所長は平然と説明を始めた。

 

「今回の依頼主はマフィアだ」

 

「……」

 

「俺はマフィアから依頼を受けた」

 

「それは知ってる」

 

「薬の出所を調べろと言われた」

 

「……」

 

「だから調べた」

 

「……」

 

「売人を探した」

 

「……」

 

「薬の流れを追った」

 

「……」

 

「倉庫を見つけた」

 

 所長は指を折っていく。

 

「そこで薬を見つけた」

 

「……」

 

「製造設備も見つけた」

 

「……」

 

「だから依頼主へ報告した」

 

「その報告が、薬を売ることなのか!」

 

「依頼主が欲しがってたからな」

 

「それは証拠品だ!」

 

「お前らにとってはな」

 

 所長は肩を竦める。

 

「俺にとっては依頼で見つけた物だ」

 

「……」

 

「俺は警察から依頼を受けてない」

 

 所長は女刑事を見る。

 

「お前らからは、一ゴールドももらってない」

 

「……」

 

「俺が依頼を受けた相手はマフィアだけだ」

 

「だからって!」

 

「俺には依頼主への報告義務がある」

 

「ふざけてるのか!」

 

「大真面目だ」

 

「絶対ふざけてるだろ!」

 

「いや」

 

 所長は真顔で答えた。

 

「むしろお前が何を怒ってるのか分からん」

 

「……!」

 

 女刑事のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「倉庫のことも話したんだろ!」

 

「……」

 

「マフィアに倉庫の場所を教えたんじゃないのか!」

 

「そこまでは覚えてねえな」

 

「は?」

 

「依頼の顛末を報告する時に、倉庫の話もしたかもしれん」

 

「したかもしれない?」

 

「ああ」

 

「お前……!」

 

「全部話したかもしれんし、話してないかもしれん」

 

「ふざけるな!」

 

「細かいことを覚えてねえんだよ」

 

 所長は椅子に深く座った。

 

「昨日はいろいろあったからな」

 

「お前のせいで倉庫が空っぽになってるんじゃないのか!」

 

「知らん」

 

「……!」

 

 女刑事は拳を握り締める。

 

「そもそも、お前らからは依頼されてねえだろ」

 

「……」

 

「違うか?」

 

「違わない」

 

「なら俺に何を求めてるんだ?」

 

「警察に協力することだ!」

 

「しただろ」

 

「どこが!」

 

「リリスがな」

 

 所長は横に座るリリスを見る。

 

「こいつがめちゃくちゃ頑張った」

 

「……」

 

「売人も探した」

 

「……」

 

「話も聞いた」

 

「……」

 

「証拠も確保した」

 

 所長はリリスの頭へ手を伸ばした。

 

「偉いなぁ」

 

「……所長?」

 

 大きな手がリリスの頭を撫でる。

 

「本当に優秀だ」

 

「ありがとうございます」

 

「うちのリリスは偉い」

 

「はい」

 

「可愛い」

 

「……」

 

「仕事もできる」

 

「ありがとうございます」

 

「文句も少ない」

 

「……」

 

「飯もちゃんと食う」

 

「それは関係ありますか?」

 

「ある」

 

 所長は楽しそうに笑いながら、リリスの髪を整える。

 

「よしよし」

 

「所長」

 

「ん?」

 

「髪が乱れています」

 

「俺が直してやる」

 

「自分でできます」

 

「遠慮するな」

 

「遠慮ではありません」

 

 リリスは無表情のまま所長の手を受け入れている。

 

 所長は満足そうだった。

 

「偉いなぁ」

 

「……」

 

「本当にいい子だ」

 

「ありがとうございます」

 

「うちに来てくれてよかった」

 

「……」

 

 リリスが少しだけ目を伏せる。

 

 所長はそれを見逃さない。

 

「照れてるのか?」

 

「照れていません」

 

「可愛いなぁ」

 

「……」

 

 所長はさらに頭を撫でる。

 

「よしよし」

 

「……所長」

 

「何だ?」

 

「少しだけ鬱陶しいです」

 

「そういうところも可愛い」

 

「……」

 

 女刑事は呆然として二人を見ていた。

 

「お前……」

 

「ん?」

 

「リリスを猫か何かだと思ってないか?」

 

「猫?」

 

 所長は少し考える。

 

「猫より優秀だぞ」

 

「そこじゃねえ!」

 

「うちのリリスはな」

 

 所長は得意げに言う。

 

「俺が忘れてることまで覚えてる」

 

「……」

 

「金の管理もする」

 

「……」

 

「依頼の整理もする」

 

「……」

 

「俺が酒を飲みすぎたら怒る」

 

「それは当然です」

 

「でも最後にはちゃんと連れて帰ってくれる」

 

「放っておいたら事務所まで帰れないでしょう」

 

「ほら、優しい」

 

「仕事です」

 

「そういうことにしておこう」

 

 所長は笑った。

 

 そして女刑事を見る。

 

「少しは見習え」

 

「は?」

 

「うちのリリスを」

 

「何で私が!」

 

「仕事ができる」

 

「私は刑事だ!」

 

「それが?」

 

「探偵助手と比較するな!」

 

「うちのリリスの方が優秀だぞ」

 

「お前、絶対わざとだろ!」

 

「事実を言ってるだけだ」

 

「腹立つなあ!」

 

 リリスはドーナツを食べながら、淡々と二人を見ていた。

 

「刑事さん」

 

「何?」

 

「所長はいつもこうです」

 

「……そうなのか?」

 

「はい」

 

「苦労してるんだな……」

 

「慣れました」

 

「お前は偉いな」

 

 女刑事がリリスへ同情の目を向ける。

 

 所長がすぐに割って入る。

 

「だから偉いんだよ」

 

「はいはい」

 

「もっと褒めろ」

 

「何でお前が言うんだよ」

 

 所長は満足そうに笑う。

 

 しばらくして、女刑事がため息をついた。

 

「……まあいい」

 

「おう」

 

「薬の件は、まだ終わってないからな」

 

「分かってる」

 

「倉庫の件もだ」

 

「それは知らん」

 

「……」

 

「俺はマフィアから依頼を受けて、依頼主に報告しただけだ」

 

「その報告に倉庫の場所まで含まれていたかもしれない?」

 

「かもしれんな」

 

「……本当に腹が立つ」

 

「そうか」

 

 所長はドーナツを一つ取る。

 

「食うか?」

 

「いらん」

 

「うまいぞ」

 

「いらん!」

 

 女刑事は大きく息を吐いた。

 

 そして、机の上にある書類をまとめる。

 

「それと、最後に一つ」

 

「何だ?」

 

「事件化はできた」

 

 所長の手が止まる。

 

「ほう」

 

「持ち帰った証拠をもとに、正式に事件として扱えることになった」

 

「そりゃよかった」

 

「倉庫は空だったが、私たちが確保した証拠は残ってる」

 

「なるほど」

 

「だから捜査そのものは続く」

 

「頑張れよ」

 

「他人事だな」

 

「俺は探偵だからな」

 

「……」

 

 女刑事は呆れながらも、少しだけ表情を緩めた。

 

 事件は動き始めた。

 

 倉庫の薬は失われた。

 

 マフィアの姿も目撃されている。

 

 そして、倉庫がなぜ一夜にして空になったのか。

 

 その謎は残っている。

 

 だが少なくとも、警察として事件を追う準備は整った。

 

 女刑事は立ち上がる。

 

「私は戻る」

 

「おう」

 

「リリス」

 

「はい」

 

「……頑張ってな」

 

「ありがとうございます」

 

 リリスが頭を下げる。

 

 所長はそんなリリスの頭をまた撫でた。

 

「よしよし」

 

「……」

 

「偉いぞ」

 

「……はい」

 

「じゃあ帰るか」

 

「はい」

 

 所長は満足そうに笑った。

 

「昼飯は肉だな」

 

「私は普通の量でお願いします」

 

「分かった」

 

「本当ですか?」

 

「俺は肉を三人前食う」

 

「……」

 

「お前は一人前」

 

「それなら構いません」

 

 二人は部屋を出ていった。

 

 女刑事はその背中を見送る。

 

「……本当に、あいつだけは調子が狂う」

 

 そして机に残されたドーナツを見る。

 

 一つ手に取る。

 

「……まあ、これはうまそうだな」

 

 誰もいなくなった部屋で、女刑事は小さくため息をついた。

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