夜もすっかり更けていた。
リゼットは、泣いた疲れと酒のせいか、リリスに抱きついたまま眠ってしまっていた。
「……すぅ……」
「…………」
そして今回は、リリスまで眠っていた。
普段なら最後まで所長の面倒を見る側のリリスが、テーブルに頬を預け、静かな寝息を立てている。
所長は二人を交互に見た。
「…………」
大きくため息を吐く。
「しょうがねぇなぁ」
所長は残っていた料理を眺める。
「……勿体ねぇし」
それから一人で黙々と食べ始めた。
肉も、魚も、揚げ物も、酒のつまみも。
三人で食べていたはずの料理が、少しずつ消えていく。
「これもうまいな」
最後の一皿まで平らげると、所長は満足そうに腹を撫でた。
「食った食った」
そして、椅子から立ち上がる。
店内を見回すと、初日に来た時からすっかり顔馴染みになった店員や常連客がこちらを見ていた。
「おう、兄ちゃん!」
「明日帰るんだろ?」
「また来いよ!」
所長は軽く手を上げる。
「おう。また来るぜ」
そして少し考えてから、ニヤリと笑った。
「今度はお前らも王国に来いよ」
「王国?」
「俺のいるところだ」
所長は胸を張る。
「依頼料次第じゃ、街を案内してやる」
「ガハハ!」
店内から笑い声が上がる。
「最後までそれかよ!」
「がめついなぁ!」
「商売人だねぇ!」
「うるせぇ。世の中、金だぞ」
所長も笑う。
会計をしようと財布を出したところで、店員が手を振った。
「いいって!」
「は?」
「散々奢ってもらったしな!」
「そうそう!」
常連客からも声が飛ぶ。
「今日は俺たちからだ!」
「旅行の最後くらい、気持ちよく帰れ!」
所長は少し驚いた顔をした。
「……いいのか?」
「いいって!」
「じゃあ――」
所長は財布をしまう。
「遠慮なく甘えとくわ」
「それでこそ兄ちゃんだ!」
店内が笑いに包まれる。
所長は眠っている二人を見る。
「……さて」
リゼットを片腕で抱え上げ、反対側の腕でリリスを支える。
二人とも起きる気配がない。
「またな」
所長は店員と常連客へ手を上げた。
「次は王国で会おうぜ」
「おう!」
「気をつけて帰れよ!」
「また来いよ!」
「おう!」
店を出る。
夜風が頬を撫でる。
両腕に二人を抱えながら、所長はホテルへ向かって歩き始めた。
「……重くはねぇけど」
ちらりと二人を見る。
「二人とも寝やがって」
呆れたように笑う。
「最後まで世話の焼ける奴らだな」
ホテルに戻ると、まずリゼットを王族用の部屋へ送り届ける。
続いてリリスも自分の部屋へ運び、ベッドへ寝かせる。
「……おやすみ」
二人が眠っていることを確認すると、所長は部屋を出た。
そのままホテルのバーへ向かう。
「酒」
カウンター席に座り、グラスを受け取る。
静かな夜だった。
所長は一人で酒を飲みながら、今日一日のことをぼんやりと思い返す。
「……明日で終わりか」
グラスを傾ける。
「まあ、随分と騒がしい旅行だったな」
その時。
隣の席に誰かが座った。
所長が横を見る。
「……おう」
そこにいたのは、魔王と王妃だった。
魔王がグラスを手に取り、苦笑する。
「少し、付き合わないか?」
王妃も穏やかに微笑んだ。
所長は一瞬だけ二人を見て――。
「いいぜ」
そう言って、グラスを掲げた。