CASE141 最後の報酬
旅行最終日の朝。
ホテルの朝食会場。
大きな窓から朝日が差し込み、長かった旅行もいよいよ終わろうとしていた。
魔王夫妻とリゼット、所長とリリス。
五人は同じテーブルを囲み、朝食を取りながら最後の話をしていた。
「さて」
所長がフォークを置く。
「報酬の話をしようか」
魔王が頷く。
「そうだな。君の希望を聞こう」
所長はニヤリと笑うと、右手を上げた。
そして、五本の指を広げる。
「五つある」
「五つ?」
「まず一つ目」
親指を折る。
「黒き血」
魔王はすぐに頷いた。
「それは約束通り用意しよう」
「二つ目」
人差し指を折る。
「ホテルの滞在費」
「もちろん、それもこちらで持とう」
「三つ目」
中指を折る。
「俺に恨みを持ってる魔族どもの説得」
魔王は少し苦笑した。
「それも約束しよう。君が魔族の国へ来ることに問題がないよう、私が責任を持つ」
「よし」
「四つ目」
薬指を折る。
「魔族の国への通行許可」
「当然だ」
魔王が頷く。
「君とリリス嬢については、自由に出入りできるようにしておこう」
「助かる」
そして最後。
所長は残った小指をゆっくり折り込んだ。
「五つ目」
「利権をくれ」
「…………」
魔王夫妻が同時に首を傾げた。
リゼットもきょとんとしている。
「利権?」
「そうだ」
「具体的には?」
所長はニヤリと笑った。
「魔族の王族が旅行する時、優先的にうちへ護衛の依頼を回す利権だ」
「…………」
「つまりだ」
所長は胸を張る。
「ただで旅行できて、飲食費も王族が持ってくれる」
「しかも仕事として金まで貰える」
「こんな楽な依頼、他に渡す気はねぇからな」
「なるほど……」
魔王は呆れたような顔をした。
「最後まで君らしいな」
「当然だ」
所長は悪びれもせず笑う。
「仕事は仕事だ」
リゼットが吹き出した。
「ふふっ……」
王妃も堪えきれず笑う。
「本当に、抜け目がありませんね」
「ガハハ!」
所長も笑う。
魔王までとうとう笑い出した。
「分かった」
「その条件で契約しよう」
「よし」
所長は満足そうに頷く。
「これで次の旅行も安心だな」
「次があること前提なのか?」
「当然だろ」
「……そうか」
魔王は苦笑した。
こうして、長かった旅行は終わりを迎えた。
***
それぞれが帰路につく。
魔王一家も、護衛の兵士たちと共に魔族の国へ。
リゼットは馬車へ乗り込む前に、何度も振り返った。
「またね!」
所長が手を上げる。
「おう」
リリスも笑顔で手を振る。
「またお会いしましょう、王女殿下」
「うん!」
馬車が遠ざかっていく。
所長はしばらくその背中を眺めていた。
「……帰るか」
「はい」
そして二人も帰路についた。
***
数日後。
探偵事務所。
ようやく戻ってきた所長は、事務所のソファへどっかりと腰を下ろした。
「…………」
しばらく無言。
リリスがいつものようにコーヒーを淹れる。
「どうぞ」
「おう」
所長はカップを受け取る。
一口。
「……やっぱり」
もう一口。
「事務所が一番だな」
リリスは微笑む。
「旅行は楽しかったのでは?」
「楽しかったぞ」
「なら良かったですね」
「まあな」
所長は窓の外を見る。
「ただ――」
コーヒーを啜る。
「暑くなければな」
リリスは少しだけ笑った。
「そこですか」
「暑いの嫌いなんだよ」
「海まで行っておいて?」
「海はいい」
「暑いのが嫌い」
「そういうことだ」
所長はソファに深く身体を沈める。
「……まあ」
「たまには旅行も悪くねぇな」
事務所に、穏やかな沈黙が戻る。
所長はコーヒーをもう一口飲んだ。
「さて」
「仕事探すか」
リリスが眼鏡を直す。
「旅行から帰ってきて、もう仕事ですか?」
「金がねぇと次の旅行に行けねぇだろ」
「……結局そこなんですね」
「当然だ」
リリスの小さな笑い声が、事務所に響いた。