「順番に話してやるよ」
所長は机の上に一枚の紙を広げた。
女刑事とマフィアの幹部が身を乗り出す。
リリスはその横で、静かに筆記具を構えていた。
「まず結論から言う」
所長は紙の中央に一本の線を引いた。
「今回の倉庫は、単独の麻薬工場じゃない」
「……やはりか」
女刑事が険しい顔をする。
「ああ」
所長は頷いた。
「もっと大きな組織だ」
マフィアの幹部も黙って耳を傾ける。
「名前までは分からない。だが、構造は見えてきた」
所長は紙に文字を書いた。
「麻薬カルテル」
「カルテル……」
女刑事が呟く。
「しかも、かなり昔から存在している」
「どこを拠点に?」
「一か所じゃない」
所長は紙を指で叩いた。
「元々、俺たちが暮らしている人間の国――アルヴェリア王国で麻薬を流通させていた」
「アルヴェリアで?」
「ああ」
女刑事の表情が険しくなる。
「最近になって、流通量が急激に増えている」
「どれくらいだ?」
「以前の、およそ二倍」
「二倍……」
女刑事が眉を寄せた。
「それほどの量を、一体どうやって?」
「そこからが面白い」
所長は紙に四つの丸を書いた。
「この組織は、仕事を種族ごとに分けている」
最初の丸に、
エルフ
二つ目に、
ドワーフ
三つ目に、
魔族
そして最後に、
港湾輸送
と書いた。
「原材料を作るのがエルフ」
「……」
「精製を担当するのがドワーフ」
「ドワーフが?」
「正確には、ドワーフが作った機械だ」
所長は二つ目の丸を叩いた。
「そして、それを管理しているのが魔族」
女刑事が眉をひそめた。
「魔族が組織を支配している?」
「その通り」
所長は笑った。
「元々は人間の国で流通させていた古い組織だったらしい」
「だった?」
「最近になって事情が変わった」
所長は紙に一本の矢印を書いた。
「戦争崩れの魔族が入り込んだ」
「戦争崩れ?」
「傭兵、脱走兵、敗残兵……まあ、そんな連中だ」
所長は肩をすくめる。
「戦争が終わって行き場をなくした連中が、麻薬組織に入り込んだ」
「そして乗っ取った」
「そういうことだ」
女刑事は腕を組む。
「どうしてそんな連中が、カルテルなんか乗っ取れる?」
「武力だろ」
所長は即答した。
「元々の組織には商売の経験があった。魔族には戦争の経験があった」
「……」
「組み合わせれば、まあ強い」
マフィアの幹部が口を挟む。
「それだけじゃないな」
所長が見る。
「何がだ?」
「流通量が二倍になったと言っただろ」
「ああ」
「なら、魔族は単純に組織を乗っ取っただけじゃない」
幹部は紙を見る。
「生産そのものを変えたんだ」
「正解」
所長が笑った。
「そこだ」
リリスが静かに口を開いた。
「これまで、精製は手作業だった」
「そうだ」
「それを機械化した」
「その機械を作ったのが――」
所長はドワーフの丸を指した。
「こいつらだ」
女刑事が顔を上げる。
「ドワーフは協力したのか?」
「自発的じゃない」
所長の声が少し低くなる。
「誘拐された」
「……」
「技術者を何人も攫って、機械を作らせた」
女刑事が舌打ちする。
「最悪だな」
「まあ、カルテルなんてそんなもんだ」
所長は淡々と続けた。
「ただ、ドワーフにも責任者がいる」
「責任者?」
「ああ」
所長は紙の端に名前を書いた。
「グルム・アイアンハンド」
短く太い文字だった。
「ドワーフの機械技術者だ」
「誘拐された技術者のトップ?」
「そういうこと」
所長は説明を続ける。
「グルムは元々、鉱山用機械の設計者だったらしい」
「そんな人間に麻薬精製機を?」
「作らせた」
「……」
「本人は嫌がったそうだが、家族を人質にされた」
女刑事は黙った。
リリスが名前を記録する。
「そして、原材料を担当するエルフ」
所長は次の名前を書いた。
「セレネ・リュミエール」
「女か?」
「そうだ」
「生産管理のトップ」
リリスが顔を上げた。
「先ほどの倉庫にいたエルフたちより上の立場ですか?」
「ああ」
「では、あの者たちは?」
「末端の作業員だろうな」
所長は肩をすくめる。
「セレネが各地の生産拠点を管理して、原材料を一定量作らせている」
「それをドワーフの機械で精製する」
「そういうことだ」
所長は二つの丸を線で繋いだ。
「エルフが原材料を作る」
線を引く。
「ドワーフの機械で精製する」
さらに線を引く。
「そして最後が魔族」
紙の端に大きく書く。
黒牙港
「魔族の港に集める」
「黒牙港……」
マフィアの幹部が呟く。
「知ってるぞ」
「有名なのか?」
「魔族領でも特に治安が悪い港だ」
幹部が苦笑する。
「密輸品の集積地としても有名だ」
「なら話は早い」
所長は頷いた。
「完成した薬は黒牙港へ運ばれる」
「誰が?」
「そいつにも名前がある」
所長は最後の人物を書いた。
「ヴァルド・グラウゼン」
「魔族か?」
「ああ」
「運搬管理のトップだ」
所長は名前の下に線を引く。
「各地から集めた薬を管理して、港へ運ぶ」
「そして?」
「魔石に紛れさせる」
女刑事の顔が険しくなる。
「魔石?」
「ああ」
所長は頷く。
「魔石はアルヴェリアでも普通に流通している」
「それに紛れ込ませるのか」
「魔石そのものに偽装するわけじゃない」
所長は説明する。
「魔石を運ぶ荷物に混ぜる」
「なるほど」
マフィアの幹部が納得したように頷く。
「魔石は魔力を使う国なら大量に動く。そこに別の荷物を混ぜれば、いちいち全部を調べるのは難しい」
「そういうことだ」
所長は指を鳴らした。
「そして港からアルヴェリアへ入る」
「魔族領から人間の国へ?」
「ああ」
「国境検査は?」
「そこも何か仕掛けがあるんだろう」
所長は肩をすくめた。
「そこまではまだ分からない」
女刑事が紙を見つめる。
「待ってくれ」
「ん?」
「整理すると――」
女刑事が指を一本ずつ立てる。
「エルフが原材料を作る」
「そう」
「ドワーフが機械を作る」
「正確には、作らされている」
「その機械で大量精製する」
「ああ」
「それを魔族が管理して黒牙港へ運ぶ」
「そうだ」
「そして魔石の輸送に紛れ込ませてアルヴェリアへ入れる」
「その通り」
女刑事は眉間を押さえた。
「……完全に組織犯罪じゃないか」
「だから最初からそう言ってるだろ」
所長は呆れたように言った。
「しかも、こいつらは最近になって生産量を増やした」
「二倍……」
「つまり、今後もっと増える可能性がある」
マフィアの幹部が低い声で言った。
「それは俺たちにも厄介だな」
「お前らにも?」
「当然だ」
幹部は腕を組む。
「市場に麻薬が溢れれば、既存の商売にも影響する」
「そこかよ」
女刑事が呆れる。
「犯罪組織同士で市場争いするな」
「俺たちの商売には関係ない話じゃない」
「十分関係あるだろ」
所長が笑う。
「まあ、仲良くしろよ」
「誰と誰がだ」
「警察とマフィア」
「無理だ」
「無理ですね」
二人が同時に答えた。
リリスが紙を見つめる。
「所長」
「何だ?」
「この四人が、それぞれの部門の責任者ということですか?」
「ああ」
所長は四つの名前を指差した。
「セレネ・リュミエール」
「エルフの生産管理」
「グルム・アイアンハンド」
「ドワーフの機械技術責任者」
「ヴァルド・グラウゼン」
「魔族の運搬管理」
そして最後に、最初に書いた名前を指す。
「そして――」
所長はその名前を少し強くなぞった。
「ザルガ・ヴァルケイン」
「誰だ?」
女刑事が聞く。
「このカルテルを乗っ取った魔族のボス」
室内の空気が変わった。
「元戦争傭兵」
所長は淡々と続ける。
「魔族軍の元将校だったとも言われている」
「なるほど」
「戦争が終わった後、部下を引き連れて裏社会へ流れた」
「そしてカルテルを乗っ取った」
「ああ」
所長は頷いた。
「ザルガが組織を乗っ取ってから、生産体制が変わった」
紙の上で四人の名前を線で繋ぐ。
セレネ。
グルム。
ヴァルド。
そして、その中心にザルガ。
「つまり」
女刑事が呟く。
「こいつが全体を動かしている」
「そういうことだ」
所長は椅子に背を預けた。
「そして、この四人を繋げれば――」
指先で紙を軽く叩く。
「カルテルそのものに届く」
リリスが静かに頷く。
「では、次の捜査目標は?」
「決まってる」
所長は笑った。
「まずセレネ」
「エルフの生産管理トップですね」
「そう」
「その次は?」
「グルム」
「ドワーフの技術者」
「ああ」
「そしてヴァルド」
「港の運搬管理」
所長は最後にザルガの名前を見る。
「その先に、ザルガ・ヴァルケインがいる」
女刑事が息を吐いた。
「随分と大物が出てきたな」
「だろ?」
所長は楽しそうに笑った。
「ようやく探偵らしい仕事になってきた」
「お前は最初から探偵だろ」
「そうだったな」
リリスは静かに紙をまとめる。
「では、次はこの四人について調べる必要がありますね」
「そうだ」
所長は頷いた。
「誰がどこにいるのか」
「はい」
「誰と繋がっているのか」
「はい」
「そして――」
所長はザルガの名前を指差した。
「こいつがどうやってカルテルを乗っ取ったのか」
所長の笑みが深くなる。
「そこまで分かれば、ようやく全体像が見える」
窓の外では、アルヴェリア王国の街並みがいつも通りに動いていた。
誰も知らない。
街の裏側で、エルフが原材料を作り、ドワーフが機械を作らされ、魔族が港を支配していることを。
そして、その頂点にいる男が――。
すでにアルヴェリアの市場へ、以前の倍の量の薬を流し込んでいることを。
所長は四人の名前を眺めながら、ぽつりと言った。
「さて」
「どうします?」
リリスが尋ねる。
所長は立ち上がった。
「次の依頼だ」
「また依頼料を取るつもりか?」
女刑事が嫌そうな顔をする。
「当然だろ」
「……」
「仕事なんだから」
女刑事は頭を抱えた。
「先が思いやられる……」
その横で、マフィアの幹部だけが小さく笑っていた。
「俺は嫌いじゃないぞ」
「何が?」
「その図太さだ」
「だろ?」
所長は満足そうに笑った。
「じゃあ、始めようか」
アルヴェリア王国を覆う、巨大な麻薬カルテル。
その全貌を追う捜査が、ようやく始まった。