アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case2 借金の取り立て

翌朝。

 

 所長は朝から馬車に乗っていた。

 

 向かいに座っているのは、昨日の依頼人だった。

 

「……本当に来たのか」

 

「ああ」

 

「何をしに?」

 

「借金の取り立て」

 

「昨日、私を助けてくれたのでは?」

 

「そうだな」

 

 所長は煙草に火をつけた。

 

「だから今度は俺に払え、家族とお前の命を救ってやっただろう」

 

 貴族は黙り込んだ。

 

 やがて、馬車が大きな屋敷の前で止まる。

 

 煉瓦と石造りの立派な屋敷だった。

 

 門には家紋。

 

 庭には手入れされた植木。

 

 そして、その奥には大きな車庫がある。

 

 所長が馬車から降りるなり、そちらへ目を向けた。

 

「……車があるな」

 

「ええ」

 

「何台?」

 

「二台だ」

 

「見せろ」

 

「待ってくれ」

 

 貴族が慌てて追いかける。

 

「まず借金の話を――」

 

「これも借金の話だ」

 

 所長は車庫の扉を開けた。

 

 中には二台の自動車が並んでいた。

 

 一台は黒塗りの大型車。

 

 もう一台は軍用車を民間向けに改造した小型車だった。

 

 所長の顔が明らかに変わった。

 

「……いいな」

 

「そ、そうか?」

 

「こいつ、エンジンは?」

 

「四気筒だ」

 

「状態は?」

 

「良好だ」

 

「走行距離は?」

 

「……2000程だ、付き合いでかって殆ど乗っていない」

 

「いいねぇ」

 

 所長は車体を撫でる。

 

 まるで高級な銃を眺めるような目だった。

 

「二台とも買う」

 

「え?」

 

「いくらだ?」

 

「いや、売るとは――」

 

「借金の返済に充てる」

 

 貴族が顔をしかめる。

 

「……大型車は八十ゴールドほどで購入したものだ

 小型車は30ゴールドで購入した」

 

「じゃあ八十でいい」

 

「それでは――」

 

「俺が買うんだ。文句あるか?」

 

「……ない」

 

「よし」

 

 所長は満足そうに頷いた。

 

「こいつは俺の事務所に運べ」

 

「二台ともですか?」

 

「当たり前だ」

 

 後ろからリリスが声を上げた。

 

「所長。仕事は借金の取り立てです」

 

「分かってる」

 

「目が完全に趣味の買い物をしている人の目です」

 

「気のせいだ」

 

 所長は車から離れ、屋敷へ向かった。

 

「次」

 

「次?」

 

「銃はあるか?」

 

 屋敷の中。

 

 応接間や廊下には高価そうな絵画が飾られていた。

 

 銀食器。

 

 高級家具。

 

 装飾品。

 

 所長はそれらを一瞥しただけで通り過ぎる。

 

「絵画は?」

 

「売れば、それなりの値段には――」

 

「興味ねえ」

 

「……」

 

「銀食器は?」

 

「売れるなら売れ」

 

「家具は?」

 

「売れるなら売れ」

 

 リリスが帳簿を開きながら呟く。

 

「随分と扱いが雑ですね」

 

「金になるなら何でもいい」

 

 所長は廊下の先で足を止めた。

 

 壁に飾られた銃を見つけたからだ。

 

「……これは?」

 

「狩猟用の銃だ」

 

 所長が近づく。

 

 古いボルトアクション式小銃。

 

 その隣には二連式散弾銃。

 

 さらに、その下には軍から払い下げられた拳銃が飾られている。

 

 所長の目が輝いた。

 

「いいじゃねえか」

 

「父の代からのものだ」

 

「全部買う」

 

「全部?」

 

「ああ」

 

「しかし――」

 

「いくらだ?」

 

「……それらは売るつもりはない」

 

「じゃあ借金の返済に充てろ」

 

「それも嫌だ!」

 

 所長は拳銃を手に取った。

 

 重量を確かめる。

 

 機関部を眺める。

 

 そして満足そうに頷いた。

 

「これ、いい銃だな」

 

「……」

 

「いくらなら手放す?」

 

「だから売らないと――」

 

「五ゴールド」

 

「安すぎる!」

 

「十」

 

「そういう問題ではない!」

 

「十五」

 

「……」

 

 貴族は頭を抱えた。

 

「分かった……」

 

「よし」

 

 所長は満足そうに拳銃を懐へしまった。

 

「他にもあるだろ」

 

「……地下に軍用品がある国から国土防衛で支給されたものなどだ」

 

「案内しろ」

 

 地下室。

 

 古びた木箱がいくつも並んでいた。

 

 蓋を開ける。

 

 中には旧式の軍用小銃。

 

 大型拳銃。

 

 短機関銃。

 

 大型ライフル

 

 弾薬箱。

 

 軍用装備。

 

 さらには軍払い下げの野戦用装具まで入っている。

 

 所長はしばらく黙った。

 

 そして。

 

「……全部買う」

 

 即答だった。

 

「全部?」

 

「全部だ」

 

「いくらになる?」

 

「知らん」

 

 所長は一本の小銃を手に取った。

 

「これも」

 

 別の箱を開ける。

 

「これも」

 

 さらに開ける。

 

「これも」

 

 最後には、まるで宝箱を漁る子供のように片っ端から銃器と軍用品を確認していった。

 

 リリスは呆れながら帳簿をつける。

 

「所長」

 

「なんだ?」

 

「先ほどまでの絵画や食器とは、ずいぶん反応が違いますね」

 

「当たり前だろ」

 

 所長は大型拳銃を眺めながら言う。

 

「絵を眺めても腹は膨れねえ」

 

「銃なら?」

 

「撃てる」

 

「……それだけですか?」

 

「それで十分だ」

 

 リリスは深いため息をついた。

 

 夕方。

 

 売却できる絵画や銀食器、家具などは業者へ回された。

 

 所長自身が買い取ったのは、二台の自動車と大量の銃器

 軍用品だった。

 

 所長にとって、銃器と軍用品は金を払ってでも欲しいもの。

 それ以外は、金になるなら売ればいい。

 その程度の認識だった。

 

「で」

 

 所長は屋敷の玄関前で振り返った。

 

「今日の分を計算しろ」

 

 リリスが帳簿を確認する。

 

「車二台、銃器、軍用品、それから売却予定の品を合わせて……三百七十ゴールドほどです」

 

「悪くねえ」

 

「残りは四千四百三十ゴールドほどです」

 

「まだまだだな」

 

 貴族は青ざめた顔で二人を見ていた。

 

「……そんなに持っていくのか」

 

「借金が五千ゴールドだからな」

 

「しかし、これ以上売れば――」

 

「生活できない?」

 

 所長は笑った。

 

「心配するな」

 

「……?」

 

「俺は気の長い方だからな」

 

 貴族が顔を上げる。

 

 所長は煙草を吹かしながら続けた。

 

「返済期限は決めねえ」

 

「……え?」

 

「期限を決めたところで、無い金は出てこねえだろ」

 

「では……」

 

「分割でも構わん」

 

 貴族が目を見開く。

 

「月に一ゴールドでも十ゴールドでもいい。払えるときに払え」

 

「利息は?」

 

「取らねえ」

 

「……」

 

 貴族はしばらく呆然としていた。

 

「本当に……それでいいのか?」

 

「ああ」

 

 所長はあっさり答えた。

 

「俺は気の長い方だからな。十年かかろうが、二十年かかろうが、払う気があるなら待ってやる」

 

 貴族の表情が、わずかに緩む。

 

「……ありがとう」

 

「ただし」

 

 所長の声が低くなった。

 

「払う気があるなら、だ」

 

「……」

 

「今回みたいに、また踏み倒そうとしたら話は別だ」

 

 所長は屋敷を見上げた。

 

「俺はマフィア共みたいに、家族を襲ったりはしないさ」

 

 貴族が息を呑む。

 

「使用人にも手を出さねえ。お前自身を痛めつけて無理やり金を出させるつもりもねえ」

 

「では……」

 

「お前が逃げずに、約束通り払っている限りは何もしねえ」

 

 所長は煙草を吐き出した。

 

「だが、また踏み倒そうとしたら――」

 

 拳を握る。

 

 ごきり、と指の骨が鳴った。

 

「この屋敷を俺が更地にしてやる」

 

「……え?」

 

「建物ごとだ」

 

 所長は笑った。

 

「煉瓦一個残さねえ」

 

「待ってくれ! それでは私の家が――」

 

「だから払えと言ってる」

 

 所長は肩をすくめた。

 

「期限はない。利息もない。分割でもいい」

 

「……」

 

「これ以上、条件のいい借金取りなんてそういないぞ」

 

 リリスが小さく呟いた。

 

「……確かに」

 

「だろ?」

 

「ですが所長」

 

「なんだ?」

 

「あなたが言う『更地』は、文字通りあなた自身が壊すという意味ですよね?」

 

「当然だ」

 

「……」

 

 リリスは貴族を見る。

 

「お気の毒に」

 

「他人事だと思って!」

 

 所長は笑いながら車へ向かった。

 

「じゃあな」

 

「待ってくれ!」

 

「なんだ?」

 

「本当に、払っていれば何もされないんだな?」

 

「約束は守る」

 

 所長は振り返った。

 

「俺は気の長い方だからな」

 

 そう言って、車に乗り込む。

 

 エンジンが唸った。

 

 車が走り去っていく。

 

 屋敷に残された貴族は、その姿を呆然と見送った。

 

 五千ゴールド。

 

 期限なし。

 

 利息なし。

 

 分割払いも可能。

 

 一見すれば、信じられないほど良心的な条件だった。

 

 ただ一つだけ。

 

 もう一度、踏み倒そうとしなければ。

 

 その場合、この屋敷は本当に更地になる。

 

 しかも、誰かに頼むのではない。

 

 あの巨大な所長が、自分の手で。

 

 貴族はその事実を理解すると、急いで執事を呼びつけた。

 

「帳簿を全部出せ!」

 

「旦那様?」

 

「今すぐだ!」

 

 五千ゴールドをどう返すか。

 

 それを考えるのは、今日から自分の仕事だった。

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