アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case20 セレナについて

第十六話 里帰り

 

「まず、セレネが何者なのか」

 

 ミレイアはそう言って、机の上に置かれた資料へ目を落とした。

 

「セレネ・リュミエールは、元々カルテルの人間じゃない」

 

「ほう」

 

 所長が腕を組む。

 

「むしろ逆だ」

 

 ミレイアは一枚の紙を指で叩いた。

 

「彼女は昔から、エルフの国を外へ開こうとしていた側の人間だ」

 

「開国派?」

 

「ああ」

 

 リリスが興味深そうに身を乗り出す。

 

「エルフの国は、外部との交流がかなり制限されていますよね」

 

「そうだ」

 

 ミレイアは頷いた。

 

「交易も限定的。人間や魔族との往来も厳しく管理されている。セレネはそれを変えようとしていた」

 

「ずいぶん立派な人じゃねぇか」

 

「昔はな」

 

 ミレイアの声に、わずかな苦味が混じった。

 

「セレネは開国派の中でも中心人物だった。政治家というわけではないが、各地のエルフをまとめる役割をしていた」

 

「それが、今じゃ麻薬カルテルの生産管理者か」

 

「そう見えるだろうな」

 

「違うのか?」

 

「本人の意思ではない」

 

 所長の眉が上がる。

 

「……どういうことだ?」

 

「カルテルがセレネの周囲にいる者たちを人質に取った」

 

 リリスが息を呑む。

 

「家族?」

 

「家族だけじゃない」

 

 ミレイアは首を振る。

 

「セレネがまとめていた開国派の仲間たち。彼女を支えていた者たち。身近な人間を次々に拘束した」

 

「それで言うことを聞かせた」

 

「ああ」

 

「脅されて?」

 

「そうだ」

 

 ミレイアは淡々と話す。

 

「最初は抵抗したらしい。だが、カルテルは本気だった。セレネが逆らえば、その周囲の人間が一人ずつ消される」

 

「……」

 

「結局、セレネは従うしかなかった」

 

 所長は椅子に深く腰掛けた。

 

「なるほどな」

 

「彼女は今でもカルテルに忠誠を誓っているわけじゃない」

 

「じゃあ、俺たちが見た生産体制は?」

 

「生き延びるためだ」

 

 ミレイアは答えた。

 

「エルフ側の生産をまとめ、カルテルの要求通りに原材料を作る。それを拒めば、人質が死ぬ」

 

 リリスが小さく呟く。

 

「……酷いですね」

 

「そうだ」

 

 所長はしばらく黙っていた。

 

 やがて机を指で軽く叩く。

 

「じゃあ、話は簡単だ」

 

「何が?」

 

「セレネ本人を捕まえて聞くんじゃない」

 

 所長は資料を指差した。

 

「人質をどうにかすればいい」

 

「そう簡単じゃない」

 

「分かってる」

 

 所長は笑う。

 

「だからエルフの国に入る」

 

 ミレイアの表情が固まった。

 

「……お前」

 

「何だ?」

 

「本気か?」

 

「本気だ」

 

「エルフの国に?」

 

「ああ」

 

「どうやって?」

 

「そこを今考えてる」

 

「考えるまでもない」

 

 ミレイアは即答した。

 

「エルフ以外だけで入国することはできない」

 

「エルフ以外だけ、か」

 

 所長はその言葉を繰り返した。

 

 そして、ゆっくりとミレイアを指差す。

 

「お前がいるな」

 

「……」

 

「お前はエルフだ」

 

「そうだが」

 

「じゃあ問題ない」

 

 ミレイアは呆れた顔をした。

 

「確かに私が同行すれば、他種族も入国できる」

 

「そういうことだ」

 

 リリスが頷く。

 

「では私も同行できますね」

 

「ああ」

 

 所長は答える。

 

「俺とリリスだけじゃ無理だが、ミレイアが一緒なら入れる」

 

「なるほど」

 

 リリスが胸元の防弾チョッキを軽く触る。

 

「では、これは脱いだ方が?」

 

「いや、そのままでいい」

 

「まだ必要ですか?」

 

「ミレイアがまた撃ってくるかもしれん」

 

「聞こえているぞ」

 

 ミレイアが冷たい声を飛ばす。

 

「冗談だ」

 

「さっき本当に撃っただろう」

 

「だから念のためだ」

 

 所長はリリスを見る。

 

「お前自身を守るためというより、跳弾で怪我されたら困るんだよ」

 

「私をですか?」

 

「ああ」

 

「……承知しました」

 

 リリスは素直に頷いた。

 

 ミレイアはそれ以上何も言わなかった。

 

 所長は通信機を取り出す。

 

「じゃあ、司令に話をつけるか」

 

「今から行くつもりなのか?」

 

「いや」

 

 所長は通信機を操作しながら答える。

 

「明日だ」

 

「明日?」

 

「ああ」

 

「今日は?」

 

「準備する」

 

「珍しいな」

 

「俺だって準備くらいする」

 

 所長は通信機の番号を入力した。

 

 やがて通信が繋がる。

 

『……誰だ』

 

「俺」

 

『久しぶりだな』

 

「おう、久しぶり」

 

『こんなところに連絡してくるなんて珍しいな。何の用だ?』

 

「ミレイアを一日借りたい」

 

『理由は?』

 

「エルフの国へ行く」

 

『……』

 

 短い沈黙。

 

『詳しく話せ』

 

 所長はこれまでの調査内容を簡単に説明した。

 

 セレネ・リュミエール。

 

 カルテル。

 

 人質。

 

 エルフ側の生産拠点。

 

 そして、エルフの国へ入る必要があること。

 

『なるほどな』

 

 司令官の声が低くなる。

 

『ミレイア本人は?』

 

「ここにいる」

 

 所長が通信機をミレイアへ渡す。

 

「司令」

 

『久しぶりだな、ミレイア』

 

「はい」

 

『所長から聞いた』

 

「そうですか」

 

『明日、迎えに来るそうだ』

 

「承知しました」

 

『無茶をするなよ』

 

 ミレイアが少しだけ笑う。

 

「誰に言っているんです?」

 

『お前に言っている』

 

「……そうですか」

 

『それと、所長を見張っておけ』

 

 ミレイアが所長を見る。

 

「それは難しいかもしれません」

 

「おい」

 

 所長が口を挟む。

 

『相変わらずだな』

 

「司令もな」

 

『お前は変わらないな』

 

「褒め言葉か?」

 

『違う』

 

 通信が切れた。

 

 所長は通信機をしまう。

 

「よし」

 

「明日ですね」

 

 リリスが確認する。

 

「ああ」

 

 ミレイアも頷く。

 

「明日、基地の正門で待っている」

 

「迎えに行く」

 

「遅れるなよ」

 

「分かってる」

 

 所長は立ち上がった。

 

「じゃあ、俺たちは帰るぞ」

 

「準備ですか?」

 

「ああ」

 

「何を持っていくんです?」

 

「食料」

 

「……」

 

「あと着替え」

 

「捜査道具は?」

 

「もちろん持っていく」

 

「武器は?」

 

「必要なものだけだ」

 

 ミレイアが呆れた顔をする。

 

「本当に観光旅行みたいだな」

 

「エルフの国なんて久しぶりだろ?」

 

「私は里帰りだ」

 

「俺たちは仕事だ」

 

「そう言いながら、絶対に余計なことをするだろう」

 

「失礼だな」

 

 リリスが静かに口を挟む。

 

「所長は確かに余計なことをよくします」

 

「お前まで言うか」

 

「事実です」

 

「助手が上司の悪口を言うな」

 

「悪口ではありません。事実確認です」

 

 ミレイアが小さく笑った。

 

「いい助手を持ったな」

 

「そこは否定しない」

 

 所長も笑う。

 

 こうして三人は、いったん基地を後にした。

 

 エルフの国へ向かうのは明日。

 

 それまでに必要な準備を整える。

 

 所長とリリスは事務所へ戻り、ミレイアは基地に残る。

 

 かつて戦場で共に戦った三人ではない。

 

 今は、オーガの探偵。

 

 その助手である魔族。

 

 そして軍に残ったエルフの狙撃手。

 

 奇妙な組み合わせだった。

 

 しかし――。

 

 カルテルの核心へ踏み込むには、その三人でなければならない。

 

 エルフの国へ入るための条件。

 

 そしてセレネを救うための唯一の手掛かり。

 

 その鍵を握っているのは、かつて所長と同じ戦場に立っていたミレイアだった。

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