アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case21

翌朝。

 

 探偵事務所の一階には、普段とは少し違う緊張感が漂っていた。

 

 所長は大きな机の上に荷物を並べ、一つずつ確認していた。

 

「拳銃」

 

 オーガである所長の体格に合わせた大型拳銃。

 

 続いて弾薬。

 

「ライフル」

 

 愛用のライフルを手に取り、弾倉を確認する。

 

「よし」

 

 そして最後に、壁へ立てかけてあった鉈を手に取った。

 

 刃を軽く確認し、そのまま腰へ固定する。

 

「これも持っていく」

 

 向かいで荷物を整理していたリリスが顔を上げた。

 

「それ、必要ですか?」

 

「必要になるかもしれん」

 

「何に?」

 

「いろいろだ」

 

「……所長らしい答えですね」

 

 リリスは呆れたように言いながら、自分の装備を確認する。

 

 護身用の拳銃。

 

 ナイフ。

 

 予備の弾薬。

 

 最低限の道具。

 

 それだけだった。

 

「私はこれで十分ですね」

 

「ああ。無理に重装備にする必要はない」

 

「分かりました」

 

 その横で所長は別の荷物を開いた。

 

 中から酒瓶を取り出す。

 

「あと酒」

 

 リリスが手を止めた。

 

「……それは必要ですか?」

 

「俺には必要だ」

 

「捜査に?」

 

「違う。俺に」

 

「……」

 

 所長は酒瓶を丁寧に包んで鞄へ入れる。

 

 続いて煙草を数箱取り出した。

 

「煙草も」

 

「そちらも所長用ですね」

 

「ああ」

 

「ずいぶん楽しそうな旅行ですね」

 

「旅行じゃねぇ。捜査だ」

 

「酒と煙草を持っていく捜査があるんですね」

 

「ある」

 

 即答だった。

 

 リリスは何も言わず、食料の袋を確認する。

 

「食料は三日分ほどあります」

 

 パン。

 

 保存肉。

 

 乾燥果物。

 

 缶詰。

 

 水。

 

 簡単な調理道具。

 

「これなら何かあっても大丈夫でしょう」

 

「よし」

 

 所長は満足そうに頷いた。

 

「準備完了だ」

 

「三日分も必要でしょうか?」

 

「念のためだ」

 

「所長の『念のため』は大抵、何か起きる前提ですよね」

 

「探偵だからな」

 

「便利な言葉ですね」

 

 荷物をまとめ、二人は車へ向かった。

 

 後部座席へライフルケースや食料を積み込む。

 

 酒と煙草も所長の荷物として積み込まれた。

 

 車が事務所を出発する。

 

 目的地は軍の基地。

 

 昨日、ミレイアを迎えに行くと約束していた。

 

 ◇

 

 基地へ到着すると、昨日と同じ受付の兵士が所長を見つけた。

 

「来ましたか」

 

「おう」

 

「ミレイアは準備を終えています」

 

「じゃあ連れてきてくれ」

 

「はい」

 

 しばらくして、ミレイアが現れた。

 

「待たせたな」

 

 しかし――。

 

「……」

 

 リリスが目を丸くする。

 

 昨日までのミレイアは、軍人らしい制服姿だった。

 

 だが今日は違う。

 

 華やかなエルフらしい衣装を身につけていた。

 

 淡い色の布地。

 

 細かな刺繍。

 

 森を思わせる装飾。

 

 長い髪も整えられている。

 

 普段の軍人としての鋭さとは違う、エルフらしい優雅な雰囲気があった。

 

「とてもお似合いです」

 

 リリスが素直に言う。

 

「……そうか?」

 

「はい。とても綺麗です」

 

「ありがとう」

 

 ミレイアが少し照れたように答える。

 

 その様子を見た所長が――。

 

「ぶっ……!」

 

 笑い出した。

 

「お前、何だその格好!」

 

「……何か?」

 

「いや、悪い悪い!」

 

 所長は腹を抱える。

 

「昨日まで軍服で格好つけてた奴が、今日はずいぶん華やかじゃねぇか!」

 

「所長」

 

 リリスがたしなめる。

 

「笑いすぎです」

 

「だってよ!」

 

「……」

 

 ミレイアの目が細くなる。

 

「もう一度言ってみろ」

 

「何を?」

 

「その格好について」

 

「いや、似合ってると思うぞ」

 

「最初からそう言え」

 

「ははは!」

 

 所長がまた笑った。

 

 次の瞬間。

 

 ミレイアは腰から散弾銃を抜いた。

 

「え?」

 

 リリスが声を漏らした。

 

 轟音。

 

「ぐおっ!」

 

 散弾が所長の腹へ叩き込まれる。

 

 所長の巨体が後ろへよろめく。

 

「所長!」

 

 リリスが慌てて駆け寄った。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……痛ぇ」

 

 所長は腹を押さえる。

 

 少し血が滲んでいる。

 

「だから言っただろう」

 

 ミレイアが冷静に銃を下ろす。

 

「私の服を笑うな」

 

「お前、昨日も撃っただろ!」

 

「今日は腹が立った」

 

「理由が雑すぎる!」

 

「自業自得だ」

 

 リリスは所長の腹を確認する。

 

「大丈夫そうですね」

 

「ああ」

 

 所長は立ち上がった。

 

「行くぞ」

 

「切り替えが早いですね」

 

「いつものことだ」

 

 三人は車へ乗り込んだ。

 

 所長が運転席。

 

 リリスが助手席。

 

 ミレイアが後部座席。

 

 車は基地を出発した。

 

 ◇

 

 山道をしばらく走る。

 

 やがて周囲の景色が変わってきた。

 

 人間の国では見慣れないほど深い森。

 

 巨大な樹木。

 

 道端に咲く色鮮やかな花。

 

 リリスは窓の外を眺めながら尋ねた。

 

「ミレイアさん」

 

「何だ?」

 

「リュネリア共和国について、もう少し教えてもらえますか?」

 

「ああ」

 

 ミレイアは窓の外を見る。

 

「リュネリア共和国は、エルフが中心となって作った国だ」

 

「共和国ということは王様はいないんですよね?」

 

「ああ。各地域の代表が議会を作り、国の方針を決めている」

 

「かなり民主的なんですね」

 

「表向きはな」

 

 ミレイアの声が少し低くなる。

 

「問題は、外部に対してかなり閉鎖的なことだ」

 

 所長が運転しながら口を挟む。

 

「だからエルフ以外は入りにくい」

 

「そうだ」

 

「俺とリリスは?」

 

「私が同行していれば、規則上は入国できる」

 

「規則上?」

 

「歓迎されるとは限らない」

 

「なるほど」

 

 リリスが少し考える。

 

「では、セレネさんのような開国派は珍しかったんですね」

 

「そうだ」

 

「国の中では有名な方だった?」

 

「開国派では中心人物だった」

 

「それなのに、カルテルに利用されている」

 

「周囲の人間を人質に取られているからな」

 

 ミレイアは苦い顔をする。

 

「本人の意思で協力しているわけではない」

 

「カルテルは、かなり前からリュネリアに入り込んでいたんですよね」

 

「ああ」

 

 所長が続ける。

 

「エルフが原材料を作る。ドワーフの機械で精製する。魔族側へ運んで港から流す」

 

「そして、それをまとめている奴らがいる」

 

「そういうことだ」

 

 リリスは頷いた。

 

「かなり大きな組織ですね」

 

「だからこそ、セレネから辿る必要がある」

 

 ミレイアは黙って窓の外を見た。

 

 しばらくして、道の先に巨大な検問所が見えてくる。

 

「もうすぐ国境だ」

 

 ミレイアが言う。

 

「ここから先がリュネリア共和国だ」

 

 所長は前方を見る。

 

「ずいぶん厳重だな」

 

「閉鎖的な国だからな」

 

 車が検問所へ近づく。

 

「停止!」

 

 兵士が手を上げた。

 

 所長はブレーキを踏む。

 

 車が停止する。

 

 所長はポケットから煙草を取り出した。

 

 一本咥え、火をつける。

 

 リリスが横を見る。

 

「所長」

 

「ん?」

 

「検問ですよ」

 

「見れば分かる」

 

 所長はニヤニヤしながら煙を吐き出した。

 

 緊張感などまるでない。

 

 むしろ検問所の兵士たちを面白がって眺めている。

 

 兵士が車へ近づいてくる。

 

「身分証を」

 

 ミレイアが提示する。

 

「軍所属、ミレイア・アルヴェン」

 

 兵士は身分証を確認した。

 

 続いて車内を見る。

 

「同行者は?」

 

「私の知人だ」

 

「オーガと魔族……?」

 

「ああ」

 

 兵士の手が武器へ伸びかける。

 

「私が責任を持つ」

 

 ミレイアが静かに言う。

 

「……分かった」

 

 兵士は所長を見る。

 

「入国の目的は?」

 

「……」

 

 ミレイアが一瞬言葉に詰まった。

 

 ここでカルテルの捜査と言えば、警戒される。

 

 かといって嘘をつくわけにもいかない。

 

「目的は?」

 

 兵士が再び尋ねる。

 

 ミレイアが口を開こうとした。

 

 その瞬間。

 

「父親への挨拶だ」

 

 所長が横から言った。

 

「…………」

 

 車内が凍りついた。

 

 ミレイアの表情が完全に固まる。

 

 リリスも目を瞬かせた。

 

「父親への……?」

 

 兵士が聞き返す。

 

「ああ」

 

 所長は煙草を吸いながらニヤニヤしている。

 

「久しぶりの里帰りだ。親父さんにもちゃんと挨拶しないとな」

 

「所長」

 

 ミレイアの声が低くなる。

 

「何だ?」

 

「その言い方はやめろ」

 

「何が?」

 

「分かっているだろう」

 

 ミレイアは内心で頭を抱えていた。

 

 リュネリアは閉鎖的な国だ。

 

 外部の人間が少ない地域では、誰がどこへ行ったかなどという話はあっという間に広まる。

 

 まして――。

 

 オーガの男が、エルフの女の父親へ挨拶に来た。

 

 この言い方なら、どう考えても普通の里帰りには聞こえない。

 

 結婚の挨拶。

 

 そう受け取られる可能性が極めて高い。

 

 そして、この検問所の兵士がそれを誰かに話せば。

 

 その日のうちに噂が広まるかもしれない。

 

 明日には父親の耳に入っている可能性だってある。

 

 ミレイアは拳を握った。

 

 ――余計なことを……!

 

「父親への挨拶とは?」

 

 兵士が尋ねる。

 

 所長は笑顔で答える。

 

「そのまんまだ」

 

「……」

 

「親父さんに会いに来た」

 

「所長!」

 

「何だよ」

 

「余計なことを言うな!」

 

「別に嘘は言ってないだろ」

 

「意味が違う!」

 

「何が?」

 

「分かっているだろう!」

 

 ミレイアの顔が赤くなる。

 

 リリスは二人のやり取りを黙って聞いていた。

 

 そして――。

 

 所長の頬をつねった。

 

「いでっ」

 

 所長が顔をしかめる。

 

「何だよ!」

 

 リリスは無表情。

 

「……所長」

 

「はい」

 

「今の発言の意味を理解していますか?」

 

「もちろん」

 

「そうですか」

 

 むにっ。

 

「痛い痛い!」

 

 リリスは無表情のまま頬をつねり続ける。

 

「リリス、何でお前まで怒るんだ?」

 

「怒っていません」

 

「じゃあ離せ!」

 

「嫌です」

 

「何でだよ!」

 

「知りません」

 

 表情は変わらない。

 

 だが、指先には妙に力が入っている。

 

 リリスは「父親への挨拶」という言葉の意味を理解していた。

 

 それが単なる親への挨拶ではなく――。

 

 結婚を前提とした挨拶を匂わせる言葉だということも。

 

 そして、所長がそれをミレイアに対して面白半分で使ったことも。

 

 だからこそ、ほんの少しだけ胸の奥がざわついた。

 

 ミレイアもそれに気づいたのか、リリスをちらりと見る。

 

「……」

 

 そして、ほんの少しだけ苦笑した。

 

「リリス」

 

「はい」

 

「気にするな」

 

「気にしていません」

 

「そうか」

 

「はい」

 

 即答。

 

 だが、所長の頬をつねる手はまだ離れない。

 

「痛いんだが」

 

「もう少しです」

 

「何がだよ」

 

「反省するまでです」

 

「俺は十分反省してる!」

 

「では、あと少し」

 

「理不尽だ……」

 

 ミレイアは呆れながらも、どこか安心したように息を吐いた。

 

 やがて兵士が咳払いをする。

 

「……入国目的は?」

 

 ミレイアは諦めたように答えた。

 

「私の故郷への帰還と、同行者の案内だ」

 

「分かった」

 

 兵士は身分証を確認する。

 

 しばらくして返却した。

 

「入国を許可する」

 

「ありがとう」

 

 車が再び動き出す。

 

 検問所を抜ける。

 

 リュネリア共和国。

 

 ミレイアの故郷。

 

 そしてカルテルの闇が根を張る国。

 

 車内では所長が新しい煙草に火をつけた。

 

 ミレイアは深いため息をつく。

 

「……父に何と説明すればいいんだ」

 

「普通に言えばいいだろ」

 

「何を?」

 

「俺が挨拶に来たって」

 

「だから、その言い方をやめろ!」

 

 所長は楽しそうに笑った。

 

 リリスは無表情のまま、もう一度だけ所長の頬をつねった。

 

「痛っ!」

 

「……余計なことを言うからです」

 

「お前、まだ根に持ってんのか?」

 

「何のことでしょう」

 

 リリスは窓の外へ視線を戻す。

 

 表情はいつものままだった。

 

 ただ――。

 

 その頬には、ほんのわずかに不機嫌そうな気配が残っていた。

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