第十八話 酒場の聞き込み
リュネリア共和国へ入国してから、しばらく。
一行は街道を進み、森の中にある小さな宿場町へ入っていた。
人間の国とは明らかに違う。
建物の多くは木造で、巨大な樹木を避けるのではなく、むしろ樹木と一体化するように建てられている。
道路脇には小さな水路が流れ、そこに架けられた橋にも細かな彫刻が施されていた。
道を歩くエルフたちも多い。
商人。
旅人。
兵士。
農民。
そして、時折見かける他種族。
しかし、オーガと魔族の組み合わせはやはり目立つ。
所長はそれを気にする様子もなく、車を町の外れへ止めた。
「さて」
車から降りた所長が伸びをする。
「まずは地図だ」
ミレイアが頷く。
「その方がいい」
リリスが荷物から地図を取り出した。
簡素な地図ではあるが、リュネリア共和国全土の主要都市や街道、河川、山脈などが記されている。
三人は車のボンネットを簡易的な机代わりにして地図を広げた。
「今回の目的は、まず原材料の生産地を見つけること」
ミレイアが指を地図の中央へ置く。
「カルテルの構造はある程度分かっている」
「エルフが原材料を作る」
リリスが確認する。
「ドワーフの機械で精製する」
「そして魔族側へ運ぶ」
所長が続ける。
「港から人間の国へ流す」
「ああ」
ミレイアは頷く。
「なら、まずエルフ側の生産地を探す」
所長は地図を眺めた。
「広いな」
「リュネリアは森林地帯が多いからな」
「原材料を作ってるなら、農地か?」
「可能性は高い」
リリスが地図を見る。
「ただ、薬物の原材料なら普通の農地では目立ちませんか?」
「そうだな」
ミレイアが答える。
「カルテルが秘密裏に生産しているなら、人目につきにくい場所を選ぶはずだ」
「つまり」
所長が地図の一角を指差す。
「街から離れていて、水が確保できる場所」
「それに輸送経路」
リリスが続ける。
「原材料を作ったあと、精製所まで運ぶ必要があります」
「なら川沿いか」
ミレイアが地図を見る。
「ここだ」
ミレイアが山地の南側を指した。
「この地域は広大な農地がある。人口も少ない」
「さらに?」
「古い街道がある」
「なるほど」
所長が頷く。
「生産地としては条件が揃ってる」
リリスが地図を覗き込む。
「でも、ここだけでは広すぎますね」
「ああ」
ミレイアは地図を畳みかける。
「だから聞き込みをする」
「どこで?」
所長が尋ねる。
「農村か、商人が集まる場所だな」
「それなら――」
所長が町の奥を指差した。
「酒場だ」
「……」
ミレイアとリリスが同時に所長を見る。
「酒場ですね」
「そうだ」
「聞き込みのため?」
「もちろん」
所長は堂々と答えた。
「情報は酒場に集まる」
「本当に?」
「本当だ」
所長は自信満々だった。
リリスは少しだけ考えた。
「……所長、もしかして」
「何だ?」
「お酒が飲みたいだけでは?」
「まさか」
所長は即答した。
「情報収集だ」
「そうですか」
ミレイアがため息をつく。
「どうせ飲みたいだけだろ」
「捜査と飲酒を同時にできる。合理的だ」
「そんな合理性があるか」
それでも結局、一行は町の酒場へ向かった。
◇
酒場は昼間だというのに、それなりに賑わっていた。
木製のカウンター。
いくつもの丸テーブル。
壁には古びた酒樽。
店内にはエルフの客が多い。
仕事帰りらしい農夫。
旅人。
商人。
そして昼間から酒を飲んでいる者。
所長の目が輝いた。
「いい店だ」
「まだ何も飲んでいませんよ」
「雰囲気で分かる」
所長はカウンターへ座る。
リリスとミレイアは少し離れた席へ。
「私たちは聞き込みをします」
リリスが言う。
「おう」
「所長は?」
「俺も聞き込みする」
「……」
「酒を飲みながらな」
「やっぱり」
リリスは小さくため息をついた。
店員がやってくる。
「ご注文は?」
「酒」
「種類は?」
「一番強いやつ」
店員が少し驚く。
「……本当に?」
「ああ」
「分かりました」
しばらくして酒が出てくる。
所長はグラスを持ち上げ、一口飲んだ。
「……」
沈黙。
もう一口。
さらに一口。
そして。
「薄い」
店員が固まった。
「え?」
「これ酒か?」
「……酒です」
「水の間違いじゃねぇのか?」
「ちゃんと酒です!」
所長はグラスを見つめる。
「こんな薄い酒、久しぶりに飲んだぞ」
「リュネリアでは普通です」
「普通?」
所長は信じられないものを見るような顔をした。
「これが?」
「はい」
「……」
所長はもう一口飲む。
「薄いなぁ」
少し大きな声だった。
周囲の客がちらちらとこちらを見る。
リリスは遠くからその様子を見ていた。
「始まりましたね」
ミレイアが苦笑する。
「何が?」
「所長の酒癖です」
「昔からああなのか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「私はまだ長い付き合いではないので」
リリスは淡々と答える。
「でも、酒が入ると声が大きくなることは分かっています」
「面倒な奴だな」
「否定はしません」
一方、所長は完全に自分の世界へ入っていた。
「こんな薄い酒を客に出すとはなぁ」
「うちは昔からこれです!」
「もっと濃くできねぇのか?」
「できますけど……」
「じゃあ濃くしろ」
「はい……」
店員が困りながらグラスを下げる。
そのやり取りを、周囲の客が面白そうに見ている。
所長は気づいているのかいないのか、また酒を飲む。
「……まあ、飲めなくはない」
その声は大きい。
「戦場じゃもっと酷い酒を飲んだことがある」
近くの客が振り返った。
「戦場?」
「元軍人らしいぞ」
「オーガの軍人?」
「珍しいな」
ひそひそ声が広がる。
所長はそれを聞いて、ニヤリと笑った。
「……お?」
所長は周囲を見渡す。
「なんだ、俺に興味があるのか?」
近くの客が慌てて目を逸らす。
「別に」
「そうか?」
所長は酒を飲む。
「ならいい」
その間にも、ミレイアとリリスは聞き込みを始めていた。
「少しお尋ねしてもいいですか?」
リリスが農夫らしきエルフへ声をかける。
「何だ?」
「この辺りで最近、農地が急に増えた場所をご存じありませんか?」
「農地?」
「ええ。以前は何もなかった場所に、急に畑が増えたとか」
農夫は考える。
「……南の方に、最近人が増えた農地ならあるな」
「南ですか?」
「ああ。妙に警備が厳しいところだ」
リリスとミレイアが目を合わせる。
「詳しく聞かせてもらえますか?」
「俺も詳しくは知らん。ただ、夜中でも荷車が出入りしてる」
「荷物は?」
「見たことはない」
「なるほど」
リリスは静かに頷いた。
別の席ではミレイアも話を聞いていた。
「南の農地?」
「ああ」
「昔からあったのか?」
「いや。ここ数年で広がった」
「管理しているのは?」
「知らん」
「そうか」
二人はそれぞれ情報を集めていく。
一方――。
「こんな薄い酒でよく商売できるなぁ!」
所長の声が酒場中に響いた。
全員が振り返る。
ミレイアが頭を抱えた。
「……あいつは何をやってるんだ」
リリスは無表情のまま答える。
「情報収集です」
「本当に?」
「……たぶん」
所長は酒を片手に、周囲の客を眺めていた。
そしてその口元には、いつものニヤニヤした笑み。
「さて」
所長はグラスを置いた。
「もう少し騒げば、誰か口を滑らせそうだな」
酒場の空気が、少しずつ所長を中心に動き始めていた。