アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case24 作戦会議

第二十一話 囮

 

 セレナが話し終えたあとも、部屋にはしばらく沈黙が残っていた。

 

 ミレイアは椅子に座ったまま、何も言わずに考え込んでいる。

 

 リリスもまた、セレナの話を頭の中で整理していた。

 

 隣の部屋からは相変わらず、

 

「グォォォォ……」

 

 という所長のいびきが響いている。

 

 あまりにも場違いな音だった。

 

 ミレイアが一度だけ壁を見る。

 

「……あいつは本当に緊張感がないな」

 

「寝ている本人に言っても仕方ありませんよ」

 

 リリスが答える。

 

 ミレイアは小さく息を吐いた。

 

 そして、セレナへ向き直る。

 

「分かった」

 

 セレナが顔を上げた。

 

「私が協力する」

 

「……!」

 

「セレネと同じ開国派だったお前たちを、カルテルの言いなりにさせたままにはしない」

 

 ミレイアの声は静かだった。

 

「人質も取り戻す」

 

「ミレイアさん……」

 

「昔の仲間を見捨てるほど、私は薄情じゃない」

 

 セレナの目に涙が浮かんだ。

 

「ありがとうございます……」

 

 その隣で、リリスも頷く。

 

「私も協力します」

 

 ミレイアがリリスを見る。

 

「君の所長の意思は――」

 

 そこまで言って、ミレイアは隣の部屋を見る。

 

「……別にいいか」

 

「はい」

 

 リリスも即答した。

 

「所長なら、起きた時に説明すれば大丈夫です」

 

「随分と雑だな」

 

「所長ですから」

 

「それもそうか」

 

 その夜。

 

 三人は、今後の行動について話し合いを続けた。

 

 そして――。

 

 翌朝。

 

「……頭が痛いかも」

 

 所長が呟いた。

 

「でしょうね」

 

 リリスが答える。

 

「なんでだ?」

 

「昨日、あれだけ飲んだからです」

 

「酒が薄かったからだな」

 

「違います」

 

 宿屋の朝食。

 

 所長はテーブルに並べられた料理を眺めていた。

 

 そして、眉をひそめる。

 

「少ない」

 

「朝食ですから」

 

「肉は?」

 

「ありません」

 

「なんでだ」

 

「朝食だからです」

 

「肉を食わないと力が出ない」

 

 所長はパンを一つ手に取る。

 

 少し食べる。

 

 そして置いた。

 

「足りねえ」

 

 ミレイアが呆れた顔をする。

 

「朝からどれだけ食うつもりなんだ」

 

「昨日酒しか飲んでねえからな」

 

「自業自得だ」

 

 さらに所長の前に飲み物が置かれた。

 

「……なんだこれ」

 

「ハーブティーです」

 

「コーヒーは?」

 

「ありません」

 

「……」

 

 所長が無言でカップを見る。

 

「コーヒーをくれ」

 

「ありません」

 

「リリス」

 

「はい」

 

「コーヒー」

 

「分かりました」

 

 リリスは慣れた手つきでコーヒーを淹れ始める。

 

 やがて所長の前に置かれた。

 

「どうぞ」

 

 所長は一口飲む。

 

「……」

 

 そして満足そうに頷いた。

 

「やっぱりリリスのコーヒーは最高だな」

 

「ありがとうございます」

 

 ミレイアが呆れる。

 

「何なんだ、この差は」

 

「好みの問題です」

 

「絶対に違うだろ」

 

 朝食を終えたところで、ようやく本題に入った。

 

 ミレイアが昨夜の話を説明する。

 

 セレナ。

 

 セレネ。

 

 薬草農場。

 

 人質。

 

 カルテル。

 

 そして、エルフたちが自分たちの意思ではなく、脅迫によって薬物生産に関わっていること。

 

 所長は煙草に火をつけながら黙って聞いていた。

 

「……なるほどな」

 

 リリスが地図を広げる。

 

「問題は、農場からエルフたちをどう救出するかです」

 

「カルテルは農場を監視している」

 

 ミレイアが指摘する。

 

「人質を取られている以上、強引に助ければこちらにも被害が出る」

 

「さらに、農場にはかなりの人数がいる可能性があります」

 

 リリスも続ける。

 

「警備を引き離す必要がありますね」

 

「だが、どうやって?」

 

 二人が地図を睨む。

 

 所長は煙草を咥えたまま、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「簡単だよ」

 

「……簡単?」

 

 ミレイアが顔を上げる。

 

「要は、あいつらを農場から離せばいいんだろ?」

 

「そんな簡単にいくか?」

 

「行くさ」

 

 所長は地図を指で叩いた。

 

「連中が欲しがってるのは、薬草から作る薬物だ」

 

「そうですね」

 

「なら、それを使えばいい」

 

 リリスが考える。

 

「……輸送ですか?」

 

「ああ」

 

 所長はニヤリと笑った。

 

「俺が、精製前の原材料を奪う」

 

 ミレイアの眉が動く。

 

「奪う?」

 

「輸送中の荷物をな」

 

「そう簡単に見つけられるか?」

 

「見つけるさ」

 

 所長は地図上の街道を指でなぞる。

 

「農場から原材料を運ぶなら、ある程度決まった道を使う」

 

「そして、それを襲う」

 

「そういうことだ」

 

 リリスが尋ねる。

 

「一度だけですか?」

 

「いや」

 

 所長は煙草の煙を吐く。

 

「何度もだ」

 

「何度も……」

 

「一回奪われたくらいなら、連中も警備を増やすだけだ」

 

 所長は笑った。

 

「二回、三回と続けばどうなる?」

 

「輸送経路を変える」

 

「それでも奪う」

 

「……」

 

「護衛を増やす」

 

「それでも?」

 

「奪う」

 

 ミレイアが腕を組む。

 

「それでカルテルが痺れを切らすまで続けるのか」

 

「そういうことだ」

 

 所長の笑みが深くなる。

 

「向こうは必死になる」

 

「原材料を失えば、生産が止まるからですね」

 

 リリスが理解する。

 

「ああ」

 

 所長は地図を指した。

 

「で、ある程度向こうが血眼になったところで――」

 

 指が農場から少し離れた街道へ移る。

 

「また奪う」

 

「農場から離れた場所で?」

 

「そうだ」

 

 所長は邪悪に笑った。

 

「そうすりゃ連中は、奪われた荷物を取り返すために、農場から人を引っ張り出してくる」

 

 ミレイアが目を細める。

 

「なるほど」

 

「全員じゃなくてもいい」

 

 所長は煙草を灰皿に押し付けた。

 

「警備の大半が出てくれば、それで十分だ」

 

 リリスが地図を見る。

 

「その間に、農場へ入る」

 

「ああ」

 

「そして人質を救出する」

 

「そういうことだ」

 

 ミレイアはしばらく地図を見つめていた。

 

 やがて、小さく笑う。

 

「……相変わらず、荒っぽい作戦だな」

 

「褒め言葉か?」

 

「半分はな」

 

 所長は立ち上がる。

 

「なら決まりだ」

 

 そして二人を見る。

 

「俺が餌を撒く」

 

「私たちは?」

 

 リリスが尋ねる。

 

「農場へ行け」

 

「分かりました」

 

 ミレイアも頷く。

 

「任せろ」

 

 所長は再び煙草に火をつける。

 

「連中が原材料を守ろうと必死になるほど、こっちには都合がいい」

 

 その顔には、いつもの不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「さて――」

 

 所長は地図を見る。

 

「まずは、一回目の荷物を頂きに行くか」

 

 こうして。

 

 カルテルから見れば、ただの輸送襲撃が始まる。

 

 しかし実際には――。

 

 農場から人を引きずり出すための、所長による大掛かりな囮作戦の始まりだった。

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