翌日。
所長たちの強奪作戦が始まった。
――とはいっても、リリスとミレイアの仕事は、所長とはまったく違っていた。
「……来ました」
農場を見下ろす小高い丘。
リリスが双眼鏡を覗きながら呟く。
「護衛が動きます」
「何人だ?」
「農場から六人。輸送車側には四人」
「了解」
ミレイアは地図へ目を落とす。
二人の目的は戦闘ではない。
農場の警備体制を把握すること。
誰がどこを守っているのか。
輸送隊がどの道を使うのか。
そして、輸送隊が農場を離れた時、どれだけの人数が農場から離れるのか。
それを確認することだった。
「所長から連絡は?」
「まだありません」
「なら、そろそろだな」
ミレイアが街道を見る。
遠くから、一台の車が走ってくる。
妙に堂々としていた。
「……あれですね」
「間違いない」
「隠れる気がありませんね」
「いつものことだ」
車は速度を落とさない。
護衛たちが異変に気づいた。
声を上げる。
武器を構える。
それでも車は止まらない。
「まさか……」
リリスが呟いた。
「正面から行くつもりです」
「だろうな」
次の瞬間。
ドンッ!
車が輸送車へ突っ込んだ。
輸送車が大きく傾き、積み荷が道路へ散らばる。
「……」
「……」
二人はしばらく無言だった。
「作戦というより交通事故ですね」
「所長にしてはいつも通りだ」
車の扉が開く。
巨大なオーガが降りてきた。
「よお」
あまりにも気軽な声だった。
護衛が怒鳴る。
「貴様、何者だ!」
「通りすがりの強盗だ」
「ふざけるな!」
銃声。
所長は車体を盾にして突っ込んでいく。
そして、あっという間に護衛たちを蹴散らしていった。
遠くから見ていたリリスが呟く。
「……あの人、真正面から行く必要があるんでしょうか」
「ないだろうな」
「ですよね」
所長は鉈を振り回し、迫ってきた護衛を次々と倒していく。
さらに拳銃を抜き、残った護衛を牽制する。
やがて街道には、所長以外に動いている者がほとんどいなくなった。
「終わったみたいですね」
「いや」
ミレイアは農場を見る。
「見ろ」
農場からさらに人が出てきている。
「輸送隊が襲われたことを確認して、農場側から応援が向かっている」
「予定通りですね」
「ああ」
ミレイアは人数を数える。
「農場に残った人数も記録しておけ」
「はい」
その間にも、所長は木箱を車へ積み込んでいた。
中身は、薬物精製前の原材料。
所長は一箱を持ち上げる。
「……結構あるな」
そして何かを思い出したように周囲を見回した。
「そういや、メッセージが必要だったな」
所長は倒れている護衛の胸元へ歩み寄る。
そして、護衛の装備を使いながら何かを書き残す。
遠すぎて、リリスたちには細かい内容までは見えない。
「何を書いているんでしょう?」
「知らん」
しばらくして、所長は満足そうに頷いた。
その胸元には、
『貴様らの原材料は黒鷲騎士団が頂く』
という文字が残されていた。
「……黒鷲騎士団?」
リリスが首を傾げる。
「そんな組織、聞いたことがありません」
「私もだ」
ミレイアが即答する。
「たぶん、今作った」
「でしょうね」
所長は何食わぬ顔で車へ戻った。
そして、農場へ向かって一度だけ手を振る。
「じゃあな」
そのまま車を走らせていった。
リリスとミレイアは、しばらくその姿を見送った。
「……本当に帰ってしまいました」
「目的は達成したからな」
「私たちは?」
「予定通り、ここを監視する」
所長が去った後も、二人は丘から動かなかった。
農場の警備が混乱している。
輸送隊を追う者。
負傷者を運ぶ者。
そして――。
カルテルの本隊へ連絡を取る者。
時間が経つにつれて、農場の警備が少しずつ戻っていく。
「今夜はこれ以上動かないでしょう」
「だろうな」
ミレイアは双眼鏡を下ろした。
「だが、問題はこれからだ」
「所長が何か仕掛けている可能性がありますね」
「……あいつならやる」
その頃。
所長はすでに農場からかなり離れた場所を走っていた。
車の荷台には、奪った原材料が積まれている。
「よし」
所長は満足そうに笑う。
「一回目は成功だ」
そして、後部をちらりと見る。
「……あとは任せたぞ」
何を、とは言わない。
ただ、所長はそのまま走り去った。
数時間後。
強奪現場へ、カルテルの人員が到着した。
「ひどい有様だな……」
現場を調べる。
倒れた護衛。
壊れた輸送車。
散乱した荷物。
そして、奪われた原材料。
「積み荷は?」
「ほとんど持っていかれています」
「犯人は?」
「分かりません」
「黒鷲騎士団という名前を残している」
「そんな組織、聞いたことがないぞ」
男たちは周囲を調べる。
「ここに何か仕掛けられているかもしれん」
「慎重に――」
その時だった。
カチッ。
「……?」
誰かが足元に落ちていた小さな部品を踏んだ。
次の瞬間。
轟音が響いた。
ドォォォォンッ!!
現場一帯が爆風に包まれる。
「うわぁぁぁっ!」
男たちが吹き飛ばされる。
車両が大きく揺れ、周囲に煙が立ち込める。
しばらくして、現場には静寂が戻った。
誰も知らない。
この罠を仕掛けた本人は、すでに遥か遠くへ逃げていることを。
そして――。
所長は車の荷台を確認していた。
「……」
木箱が並んでいる。
「上出来だ」
所長は煙草に火をつけた。
だが、そこからさらに一つの問題が生まれる。
奪った原材料を、どうするか。
「全部燃えたことにするか」
所長は一人で呟いた。
もちろん、実際には燃えていない。
所長はその一部を別の場所へ隠していた。
リリスにも。
ミレイアにも。
まだ話していない。
「……まあ、後で考えるか」
煙草を咥えたまま、所長は車を走らせる。
一方、農場近くでは。
「……」
ミレイアが双眼鏡を下ろした。
「何か起きたな」
遠くから爆発音が聞こえた。
リリスが振り返る。
「所長でしょうか?」
「十中八九な」
「……」
「戻るぞ」
「はい」
二人は農場を後にする。
第一回の強奪は成功した。
そしてこの日から――。
カルテルと、存在しないはずの組織。
黒鷲騎士団。
その奇妙な追いかけっこが始まった。