第二十三話 黒鷲騎士団の名
二回目の強奪は、三日後に行われた。
カルテルは前回の襲撃を重く見ていた。
輸送隊を一つ失った。
原材料も大量に奪われた。
そして何より、襲撃を受けた護衛が一人も戻ってこなかった。
そのため、次の輸送では警備を増強した。
街道を走る輸送車。
その前後を武装した護衛が固め、さらに左右にも警戒役が配置されている。
前回とは違う道を選び、出発時間も変更した。
これなら大丈夫。
誰もがそう考えていた。
――しかし。
遠くから、一台の車が近づいてきた。
巨大な車体。
そして、異様な速度。
「……なんだ、あれは」
護衛の一人が呟く。
車は減速しない。
そのまま輸送車へ向かってくる。
「迎撃!」
護衛たちが一斉に武器を構えた。
銃声が響く。
しかし車は止まらない。
そのまま輸送車へ激突した。
大きな衝撃音。
輸送車が横転する。
木箱が道路へ散らばった。
車の扉が開く。
所長が降りてきた。
「よう」
返事はない。
所長は構わず歩き出した。
護衛たちが一斉に襲いかかる。
しかし、戦力差は明らかだった。
巨大なオーガを止めることはできない。
鉈が振るわれる。
銃声が響く。
護衛たちは次々と倒れていく。
最後の一人が倒れた。
所長は周囲を見回す。
「……よし」
誰も動いていない。
それを確認すると、所長は散らばった木箱を拾い始めた。
「前回より多いな」
満足そうに呟く。
木箱を一つずつ車へ積み込む。
その数はかなりのものだった。
「ありがたく頂いていくぜ」
そして、前回と同じように倒れた護衛の一人へ近づく。
所長は鉈を手に取った。
「そういや、名乗るの忘れてたな」
護衛の胸元へ、何かを書き残す。
それは――。
『貴様らの原材料は黒鷲騎士団が頂く』
という、意味不明な文章だった。
「よし」
所長は満足げに頷く。
「これでいい」
そのまま車へ乗り込む。
そして、現場から離れていった。
誰もそれを追わない。
追える者がいなかった。
数時間後。
カルテルの調査員が現場へ到着した。
「……」
調査員は、言葉を失った。
横転した輸送車。
散乱した木箱。
そして、倒れている護衛たち。
「全員死んでいる……」
確認を続ける。
生存者はいない。
誰一人として、何が起きたのかを伝えられる者はいなかった。
「原材料は?」
「全部ありません」
「……」
調査員が顔を上げる。
「前回と同じだ」
「え?」
「前回も、輸送隊は全滅していた」
そして、倒れた護衛の胸元を見る。
そこには、前回と同じ言葉。
黒鷲騎士団。
「同じ連中だ」
調査員はそう判断した。
だが、分かっているのはそれだけだった。
黒鷲騎士団。
人数不明。
拠点不明。
目的不明。
正体不明。
唯一分かっているのは――。
原材料を狙っていること。
そして、邪魔する者を一人も残さないこと。
さらに数日後。
三回目の輸送が行われた。
今度はさらに山側へ迂回した。
護衛も増えた。
だが、その情報はミレイアによって捕捉されていた。
「ルートが変わりました」
農場を監視していたリリスが地図を見る。
「北側の山道です」
「所長へ伝える」
ミレイアは連絡を取った。
その日の夕方。
山道を走る輸送隊の前に、一台の車が現れた。
結果は同じだった。
輸送隊は全滅。
原材料は奪われる。
そして――。
『貴様らの原材料は黒鷲騎士団が頂く』
またしても、その名前だけが残された。
四回目。
五回目。
六回目。
同じことが繰り返された。
ルートを変える。
所長が現れる。
護衛が全滅する。
原材料が消える。
黒鷲騎士団の名前が残る。
そして、現地のカルテルは次第に追い詰められていった。
ついには――。
カルテル上層部へ緊急の報告が上がった。
「また原材料が奪われました」
会議室。
現地責任者の報告を聞いた幹部たちは、険しい顔をしていた。
「これで何回目だ?」
「六回目です」
「六回……」
幹部の一人が机を指で叩く。
「損失量は?」
「かなりの量です」
「具体的に言え」
「生産量に換算して、数週間分に相当します」
室内の空気が重くなる。
「護衛は?」
「全員死亡です」
「全員?」
「はい」
「生存者は?」
「いません」
幹部は黙り込んだ。
それが一番厄介だった。
犯人を見た者がいない。
何人いたのかも分からない。
どんな装備だったのかも分からない。
どこから来て、どこへ消えたのかも分からない。
ただ、現場には毎回同じ名前が残される。
「黒鷲騎士団……」
幹部が呟いた。
「聞いたことがあるか?」
「ありません」
「私もだ」
「なら、どこの組織だ?」
「分かりません」
「……」
苛立ちが広がる。
「内通者がいるのでは?」
「可能性はあります」
「なら探せ」
「すでに調査しています」
「結果は?」
「何も」
「……」
幹部は頭を抱えた。
「警備を増やせ」
「すでに増やしています」
「なら、さらに増やせ」
「ですが、それでは農場の警備が――」
「構わん!」
机が叩かれる。
「これ以上奪われると、後がないぞ!」
その言葉が現地責任者へ突き刺さる。
「次の輸送は絶対に守れ」
「はい!」
「護衛を倍にしろ」
「分かりました」
「農場の警備も増員する」
「はい!」
こうして、カルテルは過去最大規模の護衛をつけることになった。
そして数日後。
新たな輸送隊が出発した。
護衛はこれまでの倍以上。
武装も強化されている。
前後だけではなく、側面にも護衛がついている。
「これなら大丈夫だ」
隊長が言った。
「黒鷲騎士団だか何だか知らんが――」
しかし。
その言葉の続きを言うことはできなかった。
前方から車が突っ込んできた。
「敵襲!」
叫び声。
銃声。
そして――。
激しい衝突。
護衛たちは応戦する。
だが、所長は止まらない。
車を盾にして距離を詰める。
巨大なオーガが現れる。
「よう」
所長は笑った。
「また貰いに来たぞ」
戦闘が始まった。
護衛はこれまで以上に多かった。
しかし、それでも所長を止めることはできなかった。
銃声。
怒号。
そして、やがて静寂。
所長は倒れた護衛を一瞥する。
誰も動いていない。
「よし」
そして荷物を見る。
「おお……」
木箱が大量に積まれている。
「今回はたっぷりあるじゃねえか」
所長は満面の笑みを浮かべた。
「こりゃ助かる」
一箱。
二箱。
三箱。
次々と車へ積み込む。
「黒鷲騎士団も大所帯だからな」
もちろん嘘である。
そんな組織は存在しない。
所長一人だ。
「じゃあな」
最後の箱を積み込む。
「上の連中によろしく言っといてくれ」
返事はない。
所長は車を発進させた。
その後。
現場へ到着したカルテルの調査員は、また同じ光景を見ることになる。
全滅した護衛。
消えた原材料。
そして――。
黒鷲騎士団。
「……まただ」
調査員が呟く。
「また黒鷲騎士団だ」
誰も犯人を見ていない。
だからこそ、恐怖だけが膨らんでいく。
「一体、何人いるんだ……」
「分かりません」
「どこにいる?」
「分かりません」
「何が目的だ?」
「原材料を奪っていることしか……」
現地カルテルは、完全に血眼になっていた。
街道を調べる。
商人を調べる。
傭兵を調べる。
怪しい旅人を調べる。
黒鷲騎士団という名前を知っている者を探す。
だが――。
見つからない。
当然だった。
そんな組織は、最初から存在していないのだから。
その頃。
カルテルが必死になって探している頃。
所長は車の荷台を眺めていた。
「……結構貯まってきたな」
そこには、これまで奪った原材料が積まれている。
もちろん、リリスにもミレイアにも話していない。
「爆発で全部燃えた」
そう説明してある。
所長は煙草に火をつける。
「嘘も方便ってな」
満足そうに笑う。
一方、農場では。
ミレイアとリリスが、また新しい輸送ルートを確認していた。
「また変わりました」
「そうか」
ミレイアが地図を見る。
「なら、また所長へ伝える」
「……カルテルも大変ですね」
「自業自得だ」
ミレイアはそう言って地図を閉じた。
カルテルは知らない。
自分たちが必死になって追っている黒鷲騎士団が――。
たった一人のオーガによる即席の名前だということを。
そして、その一人が。
「次はどこだ?」
新しい地図を眺めながら、楽しそうに笑っていることを。