第二十四話 黒鷲騎士団、最後の仕事
森の奥。
人の気配がほとんどない場所に、小さな洞窟があった。
その中に、木箱がいくつも積まれている。
所長はその前に立ち、腕を組んでいた。
「……そろそろ限界だな」
木箱の中身は、これまでカルテルから奪ってきた原材料だった。
もちろん、事務所へ持ち帰ったわけではない。
そんなことをすれば、リリスに一発で見つかる。
だから所長は、リュネリア共和国の中にいくつか隠し場所を作り、そこへ少しずつ運び込んでいた。
最初のうちは、それほど多くなかった。
だが。
一度奪う。
また奪う。
カルテルが輸送ルートを変える。
ミレイアがそれを見つける。
そして、所長がまた奪う。
そんなことを繰り返しているうちに、原材料はどんどん増えていった。
「……多すぎる」
所長は煙草を咥えた。
「これ以上やったら、隠し場所が足りなくなるな」
火をつける。
煙を吐きながら、所長はしばらく木箱を眺めていた。
やがて。
「……よし」
ニヤリと笑う。
「そろそろ終わらせるか」
*
その日の夜。
宿の一室。
テーブルの上にはリュネリア共和国の地図が広げられていた。
所長、リリス、ミレイアの三人が、その地図を囲んでいる。
「今回の目的は、人質の救出だ」
所長が農場を指差した。
「セレネを含めた人質を、全員ここから出す」
ミレイアが頷く。
「分かっています」
リリスも真剣な顔で地図を見つめる。
「問題は、農場の警備ですね」
「ああ」
所長は農場周辺を指でなぞる。
「だから、まずいつも通り原材料を奪う」
「またですか?」
「まただ」
リリスが微妙な顔をする。
「それで、今回はどうするんです?」
「農場から少し離れたところで襲う」
所長は街道を指した。
「そこで原材料を奪う」
そして指を少し動かす。
「そのあと、カルテルの通信機を奪う」
「通信機を?」
「ああ」
所長はニヤリと笑った。
「それを使って、カルテルの連中を挑発する」
ミレイアが眉をひそめる。
「……また黒鷲騎士団ですか?」
「気に入ってんだよ」
「名前の由来も適当なのに?」
「細かいことはいい」
所長は続ける。
「通信機を使って黒鷲騎士団を名乗る」
「そして追わせる」
「そういうことだ」
所長は農場から離れた地点を指す。
「カルテルが原材料を取り返そうとして追ってきたところを、ここで迎え撃つ」
「主力を農場から引き離すんですね」
ミレイアが理解する。
「そうだ」
所長は頷く。
「連中が俺を追っている間に、農場の警備を薄くする」
そしてリリスを見る。
「その隙にリリスが農場へ入る」
「人質を探します」
「ああ」
ミレイアには別の地点を指す。
「お前は狙撃」
「了解」
「リリスが人質を見つけたら、脱出を援護してやれ」
「分かりました」
ミレイアは地図を見つめる。
「セレネはどこにいるか分かりません」
「だから、そこはリリスに任せる」
「分かりました」
リリスが頷く。
「必ず見つけます」
所長は満足そうに笑った。
「よし」
そして地図を畳む。
「これで終わりだ」
*
翌日。
カルテルの輸送隊が農場を出発した。
今回も原材料を大量に積んでいる。
農場からある程度離れたところ。
街道の先に、一台の車が止まっていた。
輸送隊の先頭車両が減速する。
「……なんだ?」
護衛の一人が目を細める。
次の瞬間。
車が急加速した。
「警戒!」
叫び声。
直後。
所長の車が輸送車へ突っ込んだ。
轟音。
輸送車が横転する。
荷台から木箱が道路へ散らばった。
「敵だ!」
護衛たちが一斉に武器を構える。
銃声が響く。
だが。
所長はまるで気にしていなかった。
「よっと」
車から降りる。
銃弾が飛び交う中を、堂々と歩いていく。
護衛が一人倒れる。
また一人。
さらに一人。
所長は止まらない。
最後の護衛が倒れた。
辺りに静寂が戻る。
所長は周囲を見回した。
「……終わりか」
木箱を確認する。
「今回もたっぷりあるな」
所長は満足そうに笑った。
そして、倒れている護衛の一人へ目を向ける。
腰に通信機がある。
「お」
所長はそれを拾い上げた。
通信機を軽く叩く。
「これだ」
スイッチを入れる。
雑音のあと、声が聞こえてきた。
『こちら輸送隊。応答しろ』
まだ使える。
所長は笑った。
「こちら黒鷲騎士団」
通信の向こうが静かになる。
『……黒鷲騎士団?』
「ああ」
所長は奪った原材料を見ながら答える。
「また貰ったぞ」
『貴様ら……!』
「いやあ、悪いな」
所長は楽しそうに笑う。
「毎回こんなに運んできてくれるんだから、こっちとしては助かるよ」
『待て!』
「取り返したければ追ってこい」
所長は車へ乗り込む。
「まあ、お前らに追いつけるかは知らんがな」
『絶対に逃がすな!』
「じゃあな」
通信を切る。
所長はアクセルを踏み込んだ。
「さて」
バックミラーを見る。
すでに遠くで複数の車両が動き始めていた。
「釣れた釣れた」
*
その頃。
農場では、慌ただしく兵士たちが動いていた。
「追撃部隊を出せ!」
「黒鷲騎士団を絶対に逃がすな!」
「原材料を取り戻せ!」
次々と車両が農場を離れていく。
何度も原材料を奪われた。
何度も護衛を殺された。
その上、今度は通信機を使って堂々と挑発された。
カルテル側も完全に頭に血が上っていた。
そして。
その様子を遠くから見ていた二人。
ミレイアが双眼鏡を下ろした。
「……予定通りです」
リリスが農場を見る。
「警備がかなり減りました」
「では、行きましょう」
二人は動き出した。
*
一方。
所長は街道を走っていた。
背後から複数の車両が追ってくる。
「来た来た」
所長は楽しそうに笑った。
しばらく走り。
農場から十分に離れた地点へ入る。
所長は車を止めた。
「ここでいいか」
車から降りる。
追撃部隊も次々と車を止めた。
「降りろ!」
兵士たちが武器を構える。
所長は煙草を咥えた。
「悪いな」
火をつける。
「ここから先は通行止めだ」
銃声が響く。
戦闘が始まった。
だが。
それは戦闘と呼ぶには一方的だった。
数分後。
街道には静寂だけが残っていた。
追撃部隊は全滅している。
所長は周囲を確認する。
「……よし」
これで農場へ戻ってくる者はいない。
*
その頃。
農場では、リリスが建物の陰を進んでいた。
警備は明らかに少ない。
遠くではミレイアが狙撃位置についている。
「こちらは問題ありません」
リリスが小声で伝える。
『了解』
ミレイアから返事が返る。
リリスは慎重に農場内を進んでいく。
建物を一つ。
また一つ。
そして。
地下へ続く階段を見つけた。
「……ここですね」
扉を開ける。
中には複数のエルフが拘束されていた。
エルフたちが怯えた目を向ける。
「大丈夫です」
リリスは静かに言った。
「助けに来ました」
拘束を一人ずつ解いていく。
そして。
「……ミレイア?」
か細い声が響いた。
リリスが顔を上げる。
「あなたがセレネさんですね?」
エルフの女性が頷く。
「はい……」
「ミレイアさんが待っています」
その言葉を聞いた瞬間。
セレネの表情が変わった。
「……あの子が?」
「ええ」
リリスは微笑んだ。
「あなたたちを助けるために来ました」
その時。
外から銃声が響いた。
パンッ!
警備兵がこちらへ近づいていた。
次の瞬間。
その足元へ弾丸が着弾する。
「伏せて!」
リリスが人質たちを庇う。
ミレイアの狙撃だった。
警備兵が慌てて物陰へ逃げる。
その隙にリリスが人質を連れ出す。
「こちらへ!」
エルフたちが必死についてくる。
ミレイアは遠距離から援護を続ける。
警備兵が近づけば撃ち。
別の方向から現れれば、また撃つ。
リリスたちが農場を抜けるまで、一人も近づけさせない。
「出口です!」
リリスが叫ぶ。
農場の外。
そこにはミレイアが待っていた。
「セレネ!」
「ミレイア……!」
二人が駆け寄る。
長い間、離れ離れだった仲間。
ようやく再会した。
「遅くなってごめんなさい」
ミレイアが言う。
「いいえ」
セレネは首を振る。
「来てくれたことが嬉しい」
ミレイアは何も言わず、ただ頷いた。
そして振り返る。
農場を見る。
そこにはもう、まともに指揮を執る者はいなかった。
主力の護衛は所長によって農場から引き離されている。
残った警備も混乱していた。
さらに。
遠くから爆発音が響いた。
ドォンッ!
ミレイアが眉を上げる。
「……所長?」
リリスが苦笑する。
「たぶん、そうでしょうね」
「最後まで派手ですね」
「いつものことです」
やがて。
農場に残っていたカルテルの兵士たちも逃げ始めた。
誰も追わない。
追える者もいない。
カルテルの支配は、完全に崩れた。
セレネは農場を振り返った。
そこは長い間、仲間たちを拘束していた場所だった。
けれど。
もう誰も、彼女たちを閉じ込める者はいない。
「……終わったのね」
セレネが呟く。
ミレイアが頷いた。
「ええ」
リリスも静かに笑う。
「もう大丈夫です」
セレネは目を閉じる。
そして、深く息を吐いた。
「……ありがとう」
*
その頃。
農場から遠く離れた街道。
所長は車を停めていた。
荷台には、今回奪った原材料。
これも事務所へ持ち帰ることはない。
共和国国内の隠し場所へ運び込む予定だ。
所長は煙草を咥えた。
そして、遠くに見える農場を見る。
「……終わったな」
煙を吐く。
「まあ、人質が助かったなら大成功だ」
車を発進させる。
その背中を、朝の光が照らしていた。
こうして。
カルテルに囚われていたエルフたちは解放された。
農場もまた、カルテルの手から取り戻された。
そして。
リュネリア共和国を騒がせ続けた謎の組織――。
黒鷲騎士団の最後の強奪も、終わりを迎えた。