アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case26 黒鷲騎士団参上

第二十四話 黒鷲騎士団、最後の仕事

 

 森の奥。

 

 人の気配がほとんどない場所に、小さな洞窟があった。

 

 その中に、木箱がいくつも積まれている。

 

 所長はその前に立ち、腕を組んでいた。

 

「……そろそろ限界だな」

 

 木箱の中身は、これまでカルテルから奪ってきた原材料だった。

 

 もちろん、事務所へ持ち帰ったわけではない。

 

 そんなことをすれば、リリスに一発で見つかる。

 

 だから所長は、リュネリア共和国の中にいくつか隠し場所を作り、そこへ少しずつ運び込んでいた。

 

 最初のうちは、それほど多くなかった。

 

 だが。

 

 一度奪う。

 

 また奪う。

 

 カルテルが輸送ルートを変える。

 

 ミレイアがそれを見つける。

 

 そして、所長がまた奪う。

 

 そんなことを繰り返しているうちに、原材料はどんどん増えていった。

 

「……多すぎる」

 

 所長は煙草を咥えた。

 

「これ以上やったら、隠し場所が足りなくなるな」

 

 火をつける。

 

 煙を吐きながら、所長はしばらく木箱を眺めていた。

 

 やがて。

 

「……よし」

 

 ニヤリと笑う。

 

「そろそろ終わらせるか」

 

     *

 

 その日の夜。

 

 宿の一室。

 

 テーブルの上にはリュネリア共和国の地図が広げられていた。

 

 所長、リリス、ミレイアの三人が、その地図を囲んでいる。

 

「今回の目的は、人質の救出だ」

 

 所長が農場を指差した。

 

「セレネを含めた人質を、全員ここから出す」

 

 ミレイアが頷く。

 

「分かっています」

 

 リリスも真剣な顔で地図を見つめる。

 

「問題は、農場の警備ですね」

 

「ああ」

 

 所長は農場周辺を指でなぞる。

 

「だから、まずいつも通り原材料を奪う」

 

「またですか?」

 

「まただ」

 

 リリスが微妙な顔をする。

 

「それで、今回はどうするんです?」

 

「農場から少し離れたところで襲う」

 

 所長は街道を指した。

 

「そこで原材料を奪う」

 

 そして指を少し動かす。

 

「そのあと、カルテルの通信機を奪う」

 

「通信機を?」

 

「ああ」

 

 所長はニヤリと笑った。

 

「それを使って、カルテルの連中を挑発する」

 

 ミレイアが眉をひそめる。

 

「……また黒鷲騎士団ですか?」

 

「気に入ってんだよ」

 

「名前の由来も適当なのに?」

 

「細かいことはいい」

 

 所長は続ける。

 

「通信機を使って黒鷲騎士団を名乗る」

 

「そして追わせる」

 

「そういうことだ」

 

 所長は農場から離れた地点を指す。

 

「カルテルが原材料を取り返そうとして追ってきたところを、ここで迎え撃つ」

 

「主力を農場から引き離すんですね」

 

 ミレイアが理解する。

 

「そうだ」

 

 所長は頷く。

 

「連中が俺を追っている間に、農場の警備を薄くする」

 

 そしてリリスを見る。

 

「その隙にリリスが農場へ入る」

 

「人質を探します」

 

「ああ」

 

 ミレイアには別の地点を指す。

 

「お前は狙撃」

 

「了解」

 

「リリスが人質を見つけたら、脱出を援護してやれ」

 

「分かりました」

 

 ミレイアは地図を見つめる。

 

「セレネはどこにいるか分かりません」

 

「だから、そこはリリスに任せる」

 

「分かりました」

 

 リリスが頷く。

 

「必ず見つけます」

 

 所長は満足そうに笑った。

 

「よし」

 

 そして地図を畳む。

 

「これで終わりだ」

 

     *

 

 翌日。

 

 カルテルの輸送隊が農場を出発した。

 

 今回も原材料を大量に積んでいる。

 

 農場からある程度離れたところ。

 

 街道の先に、一台の車が止まっていた。

 

 輸送隊の先頭車両が減速する。

 

「……なんだ?」

 

 護衛の一人が目を細める。

 

 次の瞬間。

 

 車が急加速した。

 

「警戒!」

 

 叫び声。

 

 直後。

 

 所長の車が輸送車へ突っ込んだ。

 

 轟音。

 

 輸送車が横転する。

 

 荷台から木箱が道路へ散らばった。

 

「敵だ!」

 

 護衛たちが一斉に武器を構える。

 

 銃声が響く。

 

 だが。

 

 所長はまるで気にしていなかった。

 

「よっと」

 

 車から降りる。

 

 銃弾が飛び交う中を、堂々と歩いていく。

 

 護衛が一人倒れる。

 

 また一人。

 

 さらに一人。

 

 所長は止まらない。

 

 最後の護衛が倒れた。

 

 辺りに静寂が戻る。

 

 所長は周囲を見回した。

 

「……終わりか」

 

 木箱を確認する。

 

「今回もたっぷりあるな」

 

 所長は満足そうに笑った。

 

 そして、倒れている護衛の一人へ目を向ける。

 

 腰に通信機がある。

 

「お」

 

 所長はそれを拾い上げた。

 

 通信機を軽く叩く。

 

「これだ」

 

 スイッチを入れる。

 

 雑音のあと、声が聞こえてきた。

 

『こちら輸送隊。応答しろ』

 

 まだ使える。

 

 所長は笑った。

 

「こちら黒鷲騎士団」

 

 通信の向こうが静かになる。

 

『……黒鷲騎士団?』

 

「ああ」

 

 所長は奪った原材料を見ながら答える。

 

「また貰ったぞ」

 

『貴様ら……!』

 

「いやあ、悪いな」

 

 所長は楽しそうに笑う。

 

「毎回こんなに運んできてくれるんだから、こっちとしては助かるよ」

 

『待て!』

 

「取り返したければ追ってこい」

 

 所長は車へ乗り込む。

 

「まあ、お前らに追いつけるかは知らんがな」

 

『絶対に逃がすな!』

 

「じゃあな」

 

 通信を切る。

 

 所長はアクセルを踏み込んだ。

 

「さて」

 

 バックミラーを見る。

 

 すでに遠くで複数の車両が動き始めていた。

 

「釣れた釣れた」

 

     *

 

 その頃。

 

 農場では、慌ただしく兵士たちが動いていた。

 

「追撃部隊を出せ!」

 

「黒鷲騎士団を絶対に逃がすな!」

 

「原材料を取り戻せ!」

 

 次々と車両が農場を離れていく。

 

 何度も原材料を奪われた。

 

 何度も護衛を殺された。

 

 その上、今度は通信機を使って堂々と挑発された。

 

 カルテル側も完全に頭に血が上っていた。

 

 そして。

 

 その様子を遠くから見ていた二人。

 

 ミレイアが双眼鏡を下ろした。

 

「……予定通りです」

 

 リリスが農場を見る。

 

「警備がかなり減りました」

 

「では、行きましょう」

 

 二人は動き出した。

 

     *

 

 一方。

 

 所長は街道を走っていた。

 

 背後から複数の車両が追ってくる。

 

「来た来た」

 

 所長は楽しそうに笑った。

 

 しばらく走り。

 

 農場から十分に離れた地点へ入る。

 

 所長は車を止めた。

 

「ここでいいか」

 

 車から降りる。

 

 追撃部隊も次々と車を止めた。

 

「降りろ!」

 

 兵士たちが武器を構える。

 

 所長は煙草を咥えた。

 

「悪いな」

 

 火をつける。

 

「ここから先は通行止めだ」

 

 銃声が響く。

 

 戦闘が始まった。

 

 だが。

 

 それは戦闘と呼ぶには一方的だった。

 

 数分後。

 

 街道には静寂だけが残っていた。

 

 追撃部隊は全滅している。

 

 所長は周囲を確認する。

 

「……よし」

 

 これで農場へ戻ってくる者はいない。

 

     *

 

 その頃。

 

 農場では、リリスが建物の陰を進んでいた。

 

 警備は明らかに少ない。

 

 遠くではミレイアが狙撃位置についている。

 

「こちらは問題ありません」

 

 リリスが小声で伝える。

 

『了解』

 

 ミレイアから返事が返る。

 

 リリスは慎重に農場内を進んでいく。

 

 建物を一つ。

 

 また一つ。

 

 そして。

 

 地下へ続く階段を見つけた。

 

「……ここですね」

 

 扉を開ける。

 

 中には複数のエルフが拘束されていた。

 

 エルフたちが怯えた目を向ける。

 

「大丈夫です」

 

 リリスは静かに言った。

 

「助けに来ました」

 

 拘束を一人ずつ解いていく。

 

 そして。

 

「……ミレイア?」

 

 か細い声が響いた。

 

 リリスが顔を上げる。

 

「あなたがセレネさんですね?」

 

 エルフの女性が頷く。

 

「はい……」

 

「ミレイアさんが待っています」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 セレネの表情が変わった。

 

「……あの子が?」

 

「ええ」

 

 リリスは微笑んだ。

 

「あなたたちを助けるために来ました」

 

 その時。

 

 外から銃声が響いた。

 

 パンッ!

 

 警備兵がこちらへ近づいていた。

 

 次の瞬間。

 

 その足元へ弾丸が着弾する。

 

「伏せて!」

 

 リリスが人質たちを庇う。

 

 ミレイアの狙撃だった。

 

 警備兵が慌てて物陰へ逃げる。

 

 その隙にリリスが人質を連れ出す。

 

「こちらへ!」

 

 エルフたちが必死についてくる。

 

 ミレイアは遠距離から援護を続ける。

 

 警備兵が近づけば撃ち。

 

 別の方向から現れれば、また撃つ。

 

 リリスたちが農場を抜けるまで、一人も近づけさせない。

 

「出口です!」

 

 リリスが叫ぶ。

 

 農場の外。

 

 そこにはミレイアが待っていた。

 

「セレネ!」

 

「ミレイア……!」

 

 二人が駆け寄る。

 

 長い間、離れ離れだった仲間。

 

 ようやく再会した。

 

「遅くなってごめんなさい」

 

 ミレイアが言う。

 

「いいえ」

 

 セレネは首を振る。

 

「来てくれたことが嬉しい」

 

 ミレイアは何も言わず、ただ頷いた。

 

 そして振り返る。

 

 農場を見る。

 

 そこにはもう、まともに指揮を執る者はいなかった。

 

 主力の護衛は所長によって農場から引き離されている。

 

 残った警備も混乱していた。

 

 さらに。

 

 遠くから爆発音が響いた。

 

 ドォンッ!

 

 ミレイアが眉を上げる。

 

「……所長?」

 

 リリスが苦笑する。

 

「たぶん、そうでしょうね」

 

「最後まで派手ですね」

 

「いつものことです」

 

 やがて。

 

 農場に残っていたカルテルの兵士たちも逃げ始めた。

 

 誰も追わない。

 

 追える者もいない。

 

 カルテルの支配は、完全に崩れた。

 

 セレネは農場を振り返った。

 

 そこは長い間、仲間たちを拘束していた場所だった。

 

 けれど。

 

 もう誰も、彼女たちを閉じ込める者はいない。

 

「……終わったのね」

 

 セレネが呟く。

 

 ミレイアが頷いた。

 

「ええ」

 

 リリスも静かに笑う。

 

「もう大丈夫です」

 

 セレネは目を閉じる。

 

 そして、深く息を吐いた。

 

「……ありがとう」

 

     *

 

 その頃。

 

 農場から遠く離れた街道。

 

 所長は車を停めていた。

 

 荷台には、今回奪った原材料。

 

 これも事務所へ持ち帰ることはない。

 

 共和国国内の隠し場所へ運び込む予定だ。

 

 所長は煙草を咥えた。

 

 そして、遠くに見える農場を見る。

 

「……終わったな」

 

 煙を吐く。

 

「まあ、人質が助かったなら大成功だ」

 

 車を発進させる。

 

 その背中を、朝の光が照らしていた。

 

 こうして。

 

 カルテルに囚われていたエルフたちは解放された。

 

 農場もまた、カルテルの手から取り戻された。

 

 そして。

 

 リュネリア共和国を騒がせ続けた謎の組織――。

 

 黒鷲騎士団の最後の強奪も、終わりを迎えた。

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