幕間 酒と戦利品
夜。
事務所の外では、ガス灯が薄暗い通りを照らしていた。
昼間は人や馬車、自動車が行き交っていた大通りも、今ではすっかり静かになっている。
事務所の一階。
所長はソファに深く腰を沈め、安酒の入ったグラスを傾けていた。
テーブルの上には酒瓶が一本。
その隣には、今回手に入れた拳銃が三丁並べられている。
所長は酒を一口飲み、拳銃を眺める。
「……いいな」
しみじみと呟く。
向かいの机では、リリスが帳簿を整理していた。
「何がです?」
「こいつらだよ」
所長が拳銃を指差す。
「特にこれ。軍払い下げだが、状態がいい」
「そうですか」
「それに車も二台」
「はい」
「軍用品も結構あった」
「はい」
「悪くねえ仕事だった」
リリスは帳簿から顔を上げた。
「……所長」
「なんだ?」
「結局、今回あなたが撃たれた件については何も言わないんですね」
「撃たれた?」
「撃たれましたよね」
「そうだったか?」
「腕に銃弾が当たりました」
所長は自分の腕を見る。
そこには、銃弾が当たった痕跡すらほとんど残っていない。
「これか?」
「それです」
「もう治ってる」
「そうでしょうね」
リリスはため息をついた。
「では、今回の依頼で所長が得たものを整理しましょう」
「おう」
「依頼料の五ゴールドに加えて、五千ゴールドの債権。そこから買い取った車や銃器、軍用品などを合わせれば、かなりの額になります」
「悪くねえな」
「はい。少なくとも損をしたとは思えません」
「だろ?」
所長は満足そうに笑った。
「金も手に入った。車も増える。銃も増える。軍用品まで手に入れた」
「……」
「いい仕事だった」
リリスは帳簿を閉じた。
「ただし――」
「なんだ?」
「銃撃を受けたという事実は残っています」
「それは別にいいだろ」
「……」
「俺には効いてねえし」
「そういう問題ではありません」
リリスは眼鏡を押し上げる。
「普通の人間なら死んでいます」
「俺は普通じゃねえからな」
「知っています」
「オーガだからな」
「それも知っています」
「なら問題ねえだろ」
「そういうところですよ」
リリスは酒瓶を手に取り、自分のグラスにも少しだけ酒を注いだ。
「それにしても」
「なんだ?」
「五千ゴールドの債権を五百ゴールドで買って、銃を撃たれて、その五百ゴールドを慰謝料として取り返して、さらに車と銃器まで手に入れる」
「そう聞くと、かなり儲かったな」
「……本当にそう思っているんですか?」
「思ってる」
所長は満足そうに笑った。
「金も入った」
「正確には、これから返済される予定です」
「車も手に入った」
「はい」
「銃も増えた」
「はい」
「軍用品もある」
「はい」
「依頼人も殺してねえ」
「そこを基準にするのはどうかと思いますが」
「それにマフィアも俺に借りができた」
リリスが少しだけ目を細めた。
「……そこまで考えていたんですか?」
「いや」
「即答ですね」
「今思いついた」
「……」
リリスはグラスを口元へ運ぶ。
「本当に、所長は金儲けが好きですね」
「好きだな」
「暴力も?」
「好きだ」
「銃も?」
「大好きだ」
「車も?」
「好きだ」
「では、女は?」
所長が止まった。
「……なんだ急に」
「なんとなくです」
「別に嫌いじゃねえ」
「そうですか」
リリスは興味を失ったように酒を飲む。
「所長」
「なんだ?」
「今回の仕事、私は悪くなかったと思います」
「珍しいな。褒めるのか?」
「褒めてはいません」
「なんだよ」
「あなたは依頼人から無理に金を取り立てることもなく、家族を脅すこともなく、期限すら設定しなかった」
「払う気がある奴から無理に取る必要はねえだろ」
「……そういうところだけは、妙に筋が通っていますね」
「だけ?」
「だけです」
所長は笑った。
「まあいい」
酒を飲み干す。
「俺は気の長い方だからな」
「その割に、踏み倒したら屋敷を更地にするんですよね」
「ああ」
「気が長いとは?」
「十分長いだろ」
「基準がおかしいんですよ」
二人の間に、しばらく沈黙が流れる。
窓の外では、遠くを自動車が走っていく。
ガス灯の明かりが、静かな夜の街をぼんやり照らしていた。
所長はテーブルの上の拳銃を手に取る。
手の中でゆっくりと回す。
「……なあ、リリス」
「なんです?」
「明日、この銃の試し撃ちに行かねえか?」
「仕事は?」
「ない」
「なら行きません」
「なんでだよ」
「仕事でもないのに、あなたの趣味に付き合う義理はありません」
「秘書だろ」
「秘書ですから、仕事以外では付き合いません」
「冷てえな」
「所長が撃たれても無傷だったので、同情する理由もありません」
「お前、結構根に持ってるだろ」
「ええ」
リリスは無表情のまま答えた。
「少しだけ」
「……そうか」
所長は笑いながら、もう一度グラスに酒を注いだ。
今日も事務所は平和だった。
少なくとも、次の依頼人が扉を叩くまでは。