第二十七話 地下酒場の商談
翌日。
アストリア王国。
王都の表通りから少し外れた、薄暗い路地裏。
そこには、看板すら掲げていない小さな酒場があった。
知っている者しか存在を知らない。
そんな店だった。
その地下。
昼間だというのに薄暗い店内では、酒と煙草の煙が混じり合っている。
その奥の席に、二人の男が座っていた。
一人は、この街の裏社会を取り仕切るマフィアの幹部。
そしてもう一人は。
「いやあ……」
上機嫌なオーガ。
荒事専門探偵事務所の所長だった。
「儲かったな」
マフィアの幹部が、満面の笑みを浮かべて酒を飲む。
「ああ」
所長も機嫌がいい。
二人の前には酒が並び、テーブルの下には金の入った袋が置かれている。
「まさか、あれほど大量の商品を一気に仕入れられるとは思わなかった」
「七十箱だぞ」
「ああ。七十箱だ」
幹部が満足そうに笑う。
「しかも、カルテルが使っていた密輸ルートまで手に入った」
「便利だっただろ?」
「便利なんてもんじゃない」
幹部はグラスを掲げる。
「おかげで、うちはすぐに商売を始められた」
「売れたのか?」
「飛ぶようにな」
「そりゃよかった」
「まだ流通を始めたばかりだが、かなりの利益が出ている」
所長も酒を飲む。
「商売は儲かってこそだ」
「お前が言うと妙に説得力があるな」
「俺は探偵だぞ」
「その台詞を聞くたびに疑問が増えるんだがな」
「そうか?」
二人は顔を見合わせる。
そして、同時に笑った。
巨大な麻薬カルテルを相手にしているはずなのに。
この二人にとっては、それすら商談の一つに過ぎないようだった。
*
「そうだ」
幹部が懐から袋を取り出した。
テーブルの上に置く。
ジャラリ。
金貨の音が響いた。
「七十箱分だ」
所長が袋を見る。
「七千ゴールド」
「ああ」
「一箱百ゴールド」
「約束通りだ」
所長は袋を手に取る。
重い。
ずっしりとした金の感触。
「確かに受け取った」
「これで取引は終わりだな」
「ああ」
所長は袋を懐へしまう。
そして、グラスを傾けた。
「……ところで」
幹部が声を落とす。
「カルテルについて、二つほど情報が入った」
所長の手が止まった。
「ほう」
「お前が欲しがっていた情報だ」
「聞こう」
幹部は周囲を確認した。
店内には何人か客がいる。
だが、こちらを気にしている様子はない。
幹部は声をさらに落とした。
「一つ目は、生産管理についてだ」
「エルフか?」
「ああ」
所長が頷く。
「リュネリア共和国の農場だな」
「そうだ」
幹部はグラスを置く。
「リュネリア共和国は、カルテルにとって最大級の原材料生産地だったらしい」
「だった、か」
「ああ」
幹部は苦笑した。
「お前たちが農場を一つ潰したからな」
「俺じゃない」
「……」
「黒鷲騎士団だ」
「はいはい」
幹部は適当に流した。
「とにかく、あの農場が使えなくなったことで、カルテルはかなり苦労しているらしい」
「生産量が落ちた?」
「それもある」
幹部は指を立てた。
「残された農場の警備を、かなり強化している」
「当然だな」
「特に、あの解放された農場についてはな」
所長が少しだけ顔を上げる。
「解放された農場?」
「ああ」
幹部は続けた。
「カルテルは、いつか取り戻すつもりらしい」
「なるほど」
「だから警戒している」
幹部は笑う。
「ただし、向こうにとって一つ厄介な問題がある」
「何だ?」
「ミレイアだ」
所長の口元が少し上がった。
「だろうな」
「あのエルフ、軍人だったんだろ?」
「ああ」
「解放された農場に戻って、そこで暮らしているエルフたちに軍事教練を始めたらしい」
「……」
所長は煙草を咥える。
「何を教えてる?」
「警備の方法」
幹部が答える。
「見張りの配置、巡回、射撃、敵が来た場合の連絡方法。それから、農場の周囲に簡単な防御陣地も作っているそうだ」
「なるほど」
「カルテルにもう一度奪われないためだろうな」
所長は煙草に火をつける。
「ミレイアらしい」
「戦闘部隊を作っているわけじゃない」
幹部が補足する。
「農場を守るための自衛訓練だ」
「それならいい」
「ただ、カルテルからすれば厄介だろう」
「ああ」
所長は煙を吐いた。
「一度奪った農場が、二度目は簡単に取れない」
「そういうことだ」
幹部は頷いた。
「それに、解放された連中もかなり本気らしい」
「そりゃそうだ」
「もう二度と捕まりたくないんだろう」
「当然だな」
所長は静かに酒を飲んだ。
しばらくして。
「それで?」
「もう一つある」
幹部の表情が変わった。
「精製設備だ」
「……ドワーフか」
「ああ」
所長が少しだけ姿勢を正した。
「ドワーフ側から情報が入った」
「どんな?」
「ドワーフ地下王国の一角」
幹部は声を落とした。
「そこをカルテルが事実上の砦にしているらしい」
「砦?」
「ああ」
「地下王国の中に?」
「そうだ」
幹部は頷いた。
「カルテルの連中が周囲を武装して固めている」
「ドワーフ側は?」
「簡単には手を出せないらしい」
「なぜ?」
「地下王国の中でも、かなり奥まった場所らしい」
幹部は続ける。
「しかも、カルテルが金と武力で周囲を押さえている」
「……」
「その奥に、技術者たちがいる」
「ドワーフの技術者か」
「そうだ」
「何をしてる?」
「精製設備の製造と改良だ」
所長の煙草が止まった。
「まだ設備を増やしてるのか」
「ああ」
「ということは」
所長が地図を眺めながら呟く。
「カルテルは生産量を維持するつもりだ」
「その可能性が高い」
「リュネリア共和国で原材料が減った分を、別の場所で補う」
「そういうことだ」
「そして、精製設備を増やしている」
「おそらくな」
所長はしばらく黙り込んだ。
「技術者たちは自分の意思で働いてるのか?」
「分からん」
「だが」
幹部は続ける。
「カルテルがわざわざ地下王国の一角を武装して守っていることを考えれば、普通の工場ではない」
「人質か」
「その可能性が高い」
所長は煙草を灰皿へ押しつけた。
「……また人質か」
「どうする?」
「何が?」
「お前のことだから、行くんだろ?」
所長は少し考えた。
そして。
「まあな」
「やっぱりか」
「人質がいるなら、放っておく理由もない」
「相変わらずだな」
「褒めてるか?」
「呆れてる」
「そうか」
所長は酒を飲み干す。
「それに」
「それに?」
「精製設備があるなら、カルテルの全体像にも近づける」
幹部が頷く。
「確かにな」
「エルフが原材料を作る」
「そうだ」
「ドワーフが精製する」
「ああ」
「そして魔族側へ運ばれる」
「そこまで分かっている」
「なら、精製設備を押さえればカルテルの流れがかなり見える」
「そういうことだ」
所長は立ち上がった。
「ドワーフ地下王国か」
「気をつけろよ」
「何に?」
「地下だ」
「分かってる」
「カルテルだけじゃない。ドワーフ側の法律もある」
所長が少し考える。
「……面倒だな」
「だろ?」
「なら、正面から入る理由を作ればいい」
「どうやって?」
「これから考える」
「相変わらず無茶苦茶だ」
「褒め言葉か?」
「違う」
「残念だ」
幹部は苦笑した。
「まあ、情報は渡した」
「ああ」
「また何か分かったら連絡する」
「頼む」
二人は握手を交わした。
所長は店を出る。
地上へ続く階段を上りながら、煙草に火をつける。
外へ出ると、昼間の光が目に入った。
「……ドワーフ地下王国か」
所長は煙を吐く。
リュネリア共和国では、エルフたちを救い出した。
そして今。
カルテルの中核にある精製設備が、次なる手掛かりとして浮かび上がった。
エルフが原材料を作る。
ドワーフがそれを精製する。
そして、その先には魔族の港がある。
ならば。
次に向かうべき場所は決まっている。
「……地下か」
所長はニヤリと笑った。
「さて、どうやって入るか考えるとするか」
アストリア王国の空の下。
次なる目的地は。
ドワーフ地下王国。
そこには、カルテルが守る精製設備と。
囚われた技術者たちが待っている。