アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case28 ドワーフ王国へ

第二十八話 夫婦旅行

 

 アストリア王国。

 

 荒事専門探偵事務所。

 

 昼下がり。

 

 事務所の机には、広げられた地図が一枚。

 

 その周囲には、リリスが集めてきた資料が何冊も積まれていた。

 

「……」

 

 リリスは資料を一枚ずつ確認している。

 

 対して所長は。

 

「面倒だな」

 

 ソファに寝転がりながら、煙草を吹かしていた。

 

「まだ何も調べていませんが」

 

「だから面倒なんだ」

 

「意味が分かりません」

 

「調べるのが面倒なんだよ」

 

 所長は地図を見る。

 

 アストリア王国から北へ。

 

 いくつもの山脈を越えた先。

 

 その地下深くに、ドワーフたちの王国がある。

 

 地上から見れば、そこは巨大な山岳地帯にしか見えない。

 

 しかし、その地下には広大な空間が広がり、街や工房、鉱山、地下河川まで存在している。

 

 そして、その一角。

 

 カルテルが精製設備を置いているという。

 

「正面から行けばいいだろ」

 

「……」

 

 リリスの手が止まった。

 

「何ですか、その顔」

 

「所長」

 

「なんだ?」

 

「ドワーフ王国を何だと思っていますか?」

 

「ドワーフの国」

 

「そういう意味ではありません」

 

 リリスは眼鏡を押し上げる。

 

「ドワーフ地下王国には、かなり厳格な入国規則があります」

 

「ほう」

 

「特に外国人に対しては厳しいです」

 

「でも入国はできるんだろ?」

 

「条件を満たせば」

 

「じゃあ行けばいい」

 

「簡単に言わないでください」

 

 リリスは資料を開いた。

 

「まず、ドワーフ地下王国は長年、外部勢力による鉱山資源の略奪や技術盗用に悩まされています」

 

「カルテルみたいな連中か」

 

「ええ」

 

「なら余計に正面から行った方が早いだろ」

 

「問題は、入国者に対する身分確認です」

 

「俺は探偵だ」

 

「それが問題なんです」

 

「なぜ?」

 

「荒事専門」

 

「いい肩書きだろ」

 

「ドワーフからすれば、警戒対象です」

 

 所長は少し考えた。

 

「じゃあ、警察からの捜査協力要請は?」

 

「難しいでしょうね」

 

「なぜ?」

 

「アストリア王国の警察が、ドワーフ王国の国内で自由に捜査できると思いますか?」

 

「思わん」

 

「リュネリア共和国でも、ミレイアがいなければ入国そのものが難しかったでしょう」

 

「そうだったな」

 

「ドワーフ王国は、それ以上に閉鎖的です」

 

 所長は煙草を灰皿に押しつける。

 

「……面倒だな」

 

「ええ」

 

「じゃあ正面突破で」

 

「だから正面突破は駄目です」

 

「じゃあ何がある?」

 

 リリスはしばらく資料を眺めた。

 

 そして。

 

「旅行」

 

「……」

 

 所長が振り返った。

 

「なんだって?」

 

「旅行です」

 

「仕事で?」

 

「表向きは」

 

「……」

 

「観光客として入国します」

 

「俺たちが?」

 

「はい」

 

「旅行なんてしたことないぞ」

 

「知っています」

 

「何を観光するんだ?」

 

「地下都市」

 

「……」

 

「地下河川」

 

「……」

 

「鍛冶工房」

 

「……」

 

「鉱山」

 

「興味ない」

 

「でしょうね」

 

 リリスは淡々と資料をめくる。

 

「ですが、旅行者として入国するなら、捜査目的より遥かに簡単です」

 

「なるほど」

 

「ただし」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「夫婦という設定にします」

 

「…………」

 

 所長が固まった。

 

「夫婦?」

 

「はい」

 

「俺と?」

 

「私と」

 

 リリスは何でもないことのように答えた。

 

「旅行者の夫婦なら、身分関係も説明しやすいです」

 

「……」

 

「不自然でしょうか?」

 

「いや」

 

 所長は目を逸らした。

 

「別に」

 

「では決まりですね」

 

「待て」

 

「何です?」

 

「本当に夫婦なのか?」

 

「設定上は、です」

 

「そうか」

 

「問題がありますか?」

 

「ない」

 

「では」

 

 リリスは資料を閉じた。

 

「夫婦旅行ということで入国します」

 

「……」

 

 所長は煙草を一本取り出す。

 

 火をつける。

 

「リュネリア共和国の時と同じようなものか」

 

「いえ」

 

 リリスは少しだけ口元を緩めた。

 

「今回は、私たちだけです」

 

「ミレイアはいないからな」

 

「それに」

 

「なんだ?」

 

「少しだけ、仕返しです」

 

「……仕返し?」

 

「リュネリア共和国で、所長が散々好き勝手したでしょう」

 

「俺じゃない」

 

「黒鷲騎士団ですか?」

 

「ああ」

 

「では」

 

 リリスは無表情に所長を見る。

 

「その黒鷲騎士団の所長と、その妻ということで」

 

「……」

 

「何か問題でも?」

 

「いや」

 

 所長は少しだけ頬を掻いた。

 

「悪くない」

 

「そうですか」

 

「……」

 

「所長?」

 

「なんでもない」

 

 しかし。

 

 リリスには分かっていた。

 

 所長が少し照れている。

 

 本人は必死に隠しているつもりらしい。

 

「では準備をしましょう」

 

「ああ」

 

「旅行用の服も必要ですね」

 

「武器は?」

 

「最小限です」

 

「拳銃は?」

 

「一丁」

 

「ライフルは?」

 

「持っていきません」

 

「鉈」

 

「駄目です」

 

「……」

 

「夫婦旅行ですよ?」

 

「そうだったな」

 

「旅行客が鉈を持っていたら、さすがに怪しまれます」

 

「……仕方ない」

 

 所長は渋々頷いた。

 

「拳銃だけにする」

 

「私も護身用のものを一丁」

 

「それならいい」

 

「それと」

 

「まだあるのか?」

 

「酒と煙草は必要ですか?」

 

「当然だ」

 

「旅行なのに?」

 

「旅行だからだ」

 

「意味が分かりません」

 

「俺には分かる」

 

 リリスはため息をついた。

 

「では、最低限の荷物だけ準備します」

 

     *

 

 翌朝。

 

 事務所の前。

 

 車が一台、停まっていた。

 

 所長は普段より少しだけ身なりを整えていた。

 

 とはいえ、本人にとっては「多少まともにした」程度だ。

 

 リリスも旅行用の服装に着替えている。

 

 普段の事務所での服装より柔らかい印象だった。

 

「では行きましょう」

 

「ああ」

 

 二人は車に乗り込む。

 

 目的地は。

 

 ドワーフ地下王国。

 

 今回の目的は、カルテルが占拠している精製設備の調査。

 

 そして、そこに囚われている可能性の高いドワーフ技術者たちの確認。

 

 ただし。

 

 表向きは。

 

 ただの旅行だ。

 

     *

 

 数時間後。

 

 山岳地帯。

 

 巨大な岩山の間を抜けると、巨大な門が見えてきた。

 

 門の左右には、重装備のドワーフ兵士。

 

 その奥には、地下へ続く巨大な通路がある。

 

「……でかいな」

 

 所長が呟く。

 

「地下に都市があるんですよ」

 

「分かってる」

 

「本当に旅行みたいですね」

 

「旅行だからな」

 

「調査ですよ」

 

「表向きは旅行だ」

 

「そうでした」

 

 車が検問所へ近づく。

 

 ドワーフ兵士が手を上げた。

 

「止まれ!」

 

 所長は車を停める。

 

 兵士が近づいてくる。

 

「入国目的は?」

 

 所長は一瞬、リリスを見る。

 

 リリスもこちらを見る。

 

 二人の間で、事前に決めた設定を確認する。

 

 そして。

 

 リリスが先に答えた。

 

「旅行です」

 

「旅行?」

 

「はい」

 

 兵士は二人を交互に見る。

 

「二人だけか?」

 

「ええ」

 

「関係は?」

 

 所長が口を開こうとする。

 

 しかし。

 

 リリスが先に答えた。

 

「夫婦です」

 

「……」

 

 兵士が二人を見る。

 

 そして、手元の書類を見る。

 

「夫婦?」

 

「はい」

 

「どちらから来た?」

 

「アストリア王国です」

 

「目的地は?」

 

「ドワーフ地下王国の観光です」

 

「観光?」

 

「はい」

 

 リリスはにこやかに答える。

 

 完璧だった。

 

 対して。

 

 所長は。

 

「…………」

 

 少しだけ顔が赤い。

 

「……」

 

 兵士が所長を見る。

 

「何か問題でも?」

 

「いや」

 

「夫婦なんだろ?」

 

「ああ」

 

「なら何でそんな顔をしてる?」

 

「……」

 

 所長は煙草を取り出しかける。

 

 しかし、検問所なので思い直して懐へ戻した。

 

「久しぶりの旅行だからな」

 

「そうか」

 

 兵士は特に疑わなかった。

 

 リリスが所長の腕に自分の腕を絡める。

 

「……!」

 

 所長の肩が僅かに跳ねる。

 

「所長」

 

「なんだ?」

 

「夫婦らしくしてください」

 

「……ああ」

 

 所長はぎこちなく腕を組み返す。

 

 ドワーフ兵士は二人を眺める。

 

「……随分仲がいいな」

 

「ええ」

 

 リリスが即答した。

 

 所長は横を向く。

 

「……」

 

 耳まで少し赤くなっていた。

 

 リリスはそれに気づいた。

 

 だが、何も言わない。

 

 ただ、腕を組んだまま微笑んでいる。

 

「身分証を」

 

「どうぞ」

 

 リリスが二人分を差し出す。

 

 兵士が確認する。

 

 しばらくして。

 

「問題ない」

 

 書類が返される。

 

「地下王国では、許可区域以外に入るな」

 

「分かりました」

 

「鉱山区域には近づくな」

 

「はい」

 

「軍事施設には近づくな」

 

「もちろんです」

 

「それから、地下王国では勝手に武器を抜くな」

 

 兵士の視線が所長に向く。

 

「特にそっち」

 

「俺?」

 

「お前だ」

 

「……分かった」

 

「本当に分かってるのか?」

 

「旅行だからな」

 

 兵士は呆れた顔をした。

 

「なら通れ」

 

 巨大な門がゆっくりと開いていく。

 

 ゴゴゴゴゴ……。

 

 その向こうには。

 

 地上では決して見ることのできない巨大な地下空間が広がっていた。

 

 遥か頭上。

 

 岩盤の天井には無数の魔石灯が輝いている。

 

 巨大な橋。

 

 幾層にも重なる建物。

 

 地下河川。

 

 遠くには巨大な鍛冶場から赤い光が漏れている。

 

 まるで。

 

 一つの国そのものだった。

 

「……すごい」

 

 リリスが珍しく素直に声を漏らした。

 

 所長も窓の外を見る。

 

「確かにな」

 

「旅行に来た甲斐がありますね」

 

「そうだな」

 

「……」

 

「どうした?」

 

「いえ」

 

 リリスは所長の腕を見た。

 

 まだ組んだままだ。

 

「夫婦旅行ですから」

 

「……そうだったな」

 

 所長は少し照れながら。

 

 しかし、どこか嬉しそうに笑った。

 

 車はゆっくりと地下王国へ入っていく。

 

 表向きは。

 

 仲のいい夫婦の観光旅行。

 

 だが。

 

 二人が探しているのは。

 

 この広大な地下王国のどこかにある。

 

 カルテルの精製設備。

 

 そして。

 

 囚われているかもしれない、ドワーフの技術者たちだった。

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