アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

34 / 74
case29 地下王国でデート

第二十九話 夫婦旅行の一日

 

 ドワーフ地下王国。

 

 その中心街。

 

 巨大な地下空間に作られた街は、地上のどの都市とも違っていた。

 

 天井は遥か高く、魔石灯が星空のように輝いている。

 

 巨大な石造りの建物。

 

 何層にも重なった橋。

 

 地下河川に架かる鋼鉄製の橋。

 

 至るところから聞こえてくる金属を打ち鳴らす音。

 

 そして。

 

 そこを行き交うドワーフたち。

 

 小柄な体格に反して、誰もが屈強だった。

 

 そんな街を。

 

 二人の男女が歩いている。

 

 所長とリリス。

 

 昨日、入国した二人は今日も夫婦旅行を続けていた。

 

「……なあ」

 

「はい」

 

「本当に今日もこれをやるのか?」

 

「当然です」

 

 所長は少し疲れた顔をしていた。

 

 なぜなら。

 

 リリスが腕を組んでいるからだ。

 

 昨日の検問からずっと。

 

「もう十分だろ」

 

「何がです?」

 

「夫婦らしくする必要があるだろ?」

 

「あります」

 

「もう入国したぞ」

 

「入国後も夫婦であることに変わりはありません」

 

「設定だろ」

 

「怪しまれないためです」

 

「……」

 

 所長は黙った。

 

 正論だった。

 

 ドワーフ地下王国は閉鎖的な国だ。

 

 外国人は珍しい。

 

 ましてや、アストリア王国から来たオーガと魔族の夫婦など、目立たない方が難しい。

 

 だからこそ。

 

 二人は徹底して「普通の観光客」を演じていた。

 

 少なくとも。

 

 リリスはそう主張している。

 

「それに」

 

 リリスが所長を見る。

 

「夫婦なのですから、腕を組んで歩くくらい普通でしょう」

 

「……そうなのか?」

 

「普通です」

 

「俺はやったことない」

 

「でしょうね」

 

「即答するな」

 

 リリスは小さく笑った。

 

 所長はため息をつく。

 

「疲れる……」

 

「ですが」

 

「ん?」

 

「楽しんでいますよね?」

 

「……」

 

 所長は周囲を見た。

 

 そして。

 

「まあな」

 

 素直に認めた。

 

 最初は面倒だった。

 

 しかし。

 

 ドワーフ地下王国という場所は、所長にとって予想以上に興味深かった。

 

 特に。

 

「ほら」

 

 リリスが前方を指差す。

 

「銃器工房です」

 

「……!」

 

 所長の目が変わった。

 

「行く」

 

「はい」

 

 二人は工房へ向かった。

 

     *

 

 工房の中。

 

 壁には、様々な銃器が並んでいた。

 

 アストリア王国では見たことのない構造の銃。

 

 ドワーフ独自の機構を持った拳銃。

 

 大型の散弾銃。

 

 狩猟用の長銃。

 

 さらに。

 

 工房の奥には、まだ試作段階らしい銃器まで並んでいる。

 

「……ほう」

 

 所長が一丁を手に取る。

 

「これは?」

 

「地下鉱山用の護身銃です」

 

 店主のドワーフが答える。

 

「狭い場所でも扱いやすいように短くしてある」

 

「面白いな」

 

 所長は銃を眺める。

 

「重い」

 

「ドワーフ用だからな」

 

「オーガならちょうどいい」

 

「お前、オーガか?」

 

「ああ」

 

「珍しい客だな」

 

 店主は所長をじろじろ見る。

 

「それに魔族の嫁さんまで連れて」

 

「……」

 

 所長の顔が僅かに赤くなる。

 

「嫁……」

 

 リリスは無表情。

 

 だが。

 

 耳だけが少し赤くなっていた。

 

「ええ」

 

 リリスが答える。

 

「夫です」

 

「……」

 

 所長は何も言わない。

 

 ただ銃を眺めている。

 

「どうしました?」

 

「なんでもない」

 

「顔が赤いですが」

 

「工房が暑い」

 

「そうですか」

 

 リリスはそれ以上追及しなかった。

 

 店主は笑っている。

 

「仲がいいな」

 

「そうですね」

 

 リリスは即答した。

 

「……」

 

 所長はますます黙り込んだ。

 

     *

 

 工房を出た二人。

 

 所長の手には小さな紙袋。

 

「買ったんですか?」

 

「ああ」

 

「銃器を?」

 

「部品だ」

 

「旅行先で買う物ではありませんよ」

 

「いいだろ」

 

「……まあ」

 

 リリスは少しだけ笑った。

 

「所長が楽しそうなので」

 

「お前も楽しいだろ?」

 

「ええ」

 

「何が?」

 

「こうして一緒に歩いていることです」

 

「……」

 

 今度こそ。

 

 所長は完全に黙った。

 

「どうしました?」

 

「いや」

 

「また暑いんですか?」

 

「……ああ」

 

「地下ですよ?」

 

「地下でも暑いんだよ」

 

「そうですか」

 

 リリスはくすりと笑った。

 

     *

 

 次に二人が向かったのは、地下王国の酒場だった。

 

 扉を開けた瞬間。

 

 強烈な酒の匂いが漂ってくる。

 

「……」

 

 所長の目が輝いた。

 

「ここは?」

 

「ドワーフの酒場です」

 

「なんで知ってる?」

 

「調べました」

 

「いつ?」

 

「昨日の夜です」

 

「俺が寝てる間に?」

 

「はい」

 

 リリスは当然のように答えた。

 

「所長が好きそうな場所を調べていました」

 

「……」

 

「怪しまれないためです」

 

「そうか」

 

「はい」

 

 所長は店内を見る。

 

 巨大な木樽。

 

 分厚い木製のテーブル。

 

 壁には酒造りに使う道具。

 

 そして。

 

「……酒が濃い」

 

 所長の顔が嬉しそうになる。

 

「試しますか?」

 

「ああ」

 

 店主が大きなジョッキを置く。

 

 所長が一口飲む。

 

「……」

 

 目を閉じる。

 

「うまい」

 

「よかったですね」

 

「ああ」

 

 所長は嬉しそうにもう一口飲む。

 

「これならこの前のエルフの酒よりいい」

 

「また比較してるんですか?」

 

「酒は比較してこそだ」

 

「そういうものですか?」

 

「そういうものだ」

 

 リリスも自分の飲み物を注文する。

 

 所長は酒。

 

 リリスは軽い飲み物。

 

 二人で向かい合って座る。

 

「……」

 

 所長が周囲を眺める。

 

 ドワーフたちが酒を飲み、笑い、騒いでいる。

 

 時々、鍛冶の話や鉱山の話が聞こえる。

 

 どこか落ち着く空間だった。

 

「所長」

 

「ん?」

 

「楽しいですか?」

 

「……ああ」

 

 所長は素直に答えた。

 

「思ったよりな」

 

「それはよかったです」

 

「お前が調べたのか?」

 

「はい」

 

「銃器工房も?」

 

「はい」

 

「この酒場も?」

 

「はい」

 

「……」

 

 所長は少しだけリリスを見る。

 

「お前、自分は何をしたかったんだ?」

 

「私ですか?」

 

「ああ」

 

「私は……」

 

 リリスは少し考える。

 

「普通に観光したかっただけです」

 

「……」

 

「リュネリア共和国では、あまり自由に観光できませんでしたから」

 

「そうだったな」

 

 所長は頷いた。

 

「セレネたちのこともあったし」

 

「はい」

 

「今回は?」

 

「今回は、何も追われていません」

 

「カルテルに追われてるだろ」

 

「表向きは旅行者です」

 

「そうだった」

 

「だから」

 

 リリスはグラスを傾ける。

 

「少しくらい楽しんでもいいと思いました」

 

「……」

 

 所長は笑った。

 

「そうだな」

 

 しばらく二人は酒場で過ごした。

 

 情報収集のために耳を澄ませることもできる。

 

 だが。

 

 今日は、それをしなかった。

 

 所長は酒を飲み。

 

 リリスは料理を食べ。

 

 二人で地下王国の話をした。

 

 どの工房が面白かった。

 

 どの料理が美味しかった。

 

 どの酒が強かった。

 

 そんな。

 

 実にくだらない話だった。

 

 それでも。

 

 所長にとっては。

 

 妙に心地よかった。

 

     *

 

 酒場を出る頃には、所長はすっかり上機嫌だった。

 

「……なあ」

 

「はい」

 

「今日はいい日だな」

 

「そうですね」

 

「お前、こういうの好きなのか?」

 

「嫌いではありません」

 

「そうか」

 

 所長は少し考え。

 

「また来るか」

 

「はい」

 

 リリスは即答した。

 

 所長は少しだけ笑った。

 

「じゃあ次は別の酒場だな」

 

「もう調べてあります」

 

「……お前、本当に優秀だな」

 

「ありがとうございます」

 

 二人は再び歩き出す。

 

 腕は組んだまま。

 

 所長は相変わらず少し照れている。

 

 だが。

 

 もう嫌そうにはしていなかった。

 

 むしろ。

 

 リリスの歩幅に合わせるように、自然と歩いている。

 

 ――その時だった。

 

 通りの向こう。

 

 巨大な建物が目に入った。

 

 周囲とは明らかに違う警備。

 

 武装したドワーフ兵。

 

 出入りする荷車。

 

 そして。

 

 建物の壁に刻まれた紋章。

 

 所長の目が細くなる。

 

「……リリス」

 

「はい」

 

「あれ」

 

「……」

 

 リリスも見る。

 

「何でしょう?」

 

「分からん」

 

 所長は少し笑った。

 

「でも」

 

 腕を組んだまま。

 

 二人はその建物を眺める。

 

「面白そうだな」

 

「……所長」

 

「なんだ?」

 

「旅行ですよ」

 

「ああ」

 

「今日は観光だけです」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「……」

 

 所長は少しだけ目を逸らした。

 

「今日はな」

 

 リリスは無表情のまま。

 

 ほんの少しだけ笑った。

 

 夫婦旅行。

 

 それは偽装のために始めたものだった。

 

 けれど。

 

 少なくとも今日一日だけは。

 

 二人にとって、本当のデートだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。