アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case31 いつもの手法

第三十話 酔っ払いの情報収集

 

 翌朝。

 

 ドワーフ地下王国の宿。

 

 朝食を終えた所長は、珍しく難しい顔をしていた。

 

 椅子に座り。

 

 煙草を咥え。

 

 腕を組んでいる。

 

「……」

 

 向かいでは、リリスが静かに朝食後の紅茶を飲んでいた。

 

「どうしました?」

 

「悩んでる」

 

「珍しいですね」

 

「俺だって悩むことくらいある」

 

「失礼しました」

 

「……」

 

 所長は煙草の煙を吐いた。

 

 頭の中にあるのは、昨日見かけた建物だった。

 

 周囲とは明らかに違う警備。

 

 出入りする荷車。

 

 武装したドワーフ。

 

 そして、あの独特の紋章。

 

 あれがカルテルの拠点なのか。

 

 それとも。

 

 ただの重要施設なのか。

 

 まだ分からない。

 

「昨日の建物」

 

「はい」

 

「あそこに突っ込むのは簡単だ」

 

「そうでしょうね」

 

「兵士が何人いようが、俺なら突破できる」

 

「でしょうね」

 

「でもな」

 

 所長は煙草を灰皿に押しつける。

 

「やったら確実にお尋ね者になる」

 

「はい」

 

「そうなったら面倒だ」

 

「当然です」

 

「せっかく入国できたのに、今日捕まって追い出されたら困る」

 

「その通りです」

 

「それに」

 

 所長は少しだけ視線を逸らした。

 

「銃器工房にも、まだ行きたい」

 

「……」

 

「昨日見た銃、もう少し見たい」

 

「はい」

 

「酒場にも行きたい」

 

「はい」

 

「昨日の酒、結構うまかった」

 

「そうですね」

 

「それに……」

 

 所長が黙る。

 

 リリスが首を傾げた。

 

「それに?」

 

「……」

 

「何ですか?」

 

「いや」

 

「どうぞ」

 

「……」

 

 所長は少しだけ顔を赤くした。

 

「また、お前と出歩いてもいいかなと思ってな」

 

「……」

 

 リリスの動きが止まった。

 

「……そうですか」

 

「ああ」

 

「それは」

 

 リリスは無表情のまま紅茶を置く。

 

「嬉しいですね」

 

「……」

 

「所長」

 

「なんだ?」

 

「顔が赤いですよ」

 

「朝飯が熱かったんだ」

 

「もう食べ終わっていますが」

 

「……」

 

 リリスはほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「では、できるだけお尋ね者にはならないようにしましょう」

 

「そうしてくれ」

 

「ですが、調査は必要です」

 

「ああ」

 

「どうします?」

 

 所長はしばらく考えた。

 

 そして。

 

「……情報収集からやるか」

 

「珍しいですね」

 

「俺だって学習する」

 

「明日は雪でしょうか」

 

「うるせえ」

 

 所長は立ち上がった。

 

「で、いつものやつだ」

 

「いつもの?」

 

「酒場」

 

「……」

 

 リリスは嫌な予感がした。

 

「まさか」

 

「俺が飲む」

 

「はい」

 

「そして管を巻く」

 

「はい」

 

「その間にお前が聞き込み」

 

「……」

 

「完璧だろ?」

 

「いつも通りですね」

 

「だろ?」

 

「ただし」

 

 リリスは眼鏡を直す。

 

「今回は、昨日までのような純粋な観光客としての振る舞いも必要です」

 

「分かってる」

 

「酔っ払いすぎないでください」

 

「善処する」

 

「信用できません」

 

「大丈夫だ」

 

「何がですか?」

 

「俺は酒に強い」

 

「そこではありません」

 

「じゃあ何だ?」

 

「所長の場合、酒に酔うというより、酔ったふりをして本当に調子に乗るでしょう」

 

「……」

 

「図星ですね」

 

「否定はしない」

 

     *

 

 昼前。

 

 二人は昨日とは別の酒場へ向かっていた。

 

 今回の酒場は、地下王国の中心街から少し離れた場所にある。

 

 鉱山労働者や鍛冶職人がよく利用する店らしい。

 

 リリスが事前に調べていた。

 

「ここです」

 

「おお」

 

 所長が店を見る。

 

 昨日の店よりもさらに雑然としている。

 

 店の前には酒樽。

 

 壁には工具。

 

 そして、入口には泥だらけの作業靴が何足も並んでいる。

 

「いいな」

 

「何がです?」

 

「酒が濃そうだ」

 

「……」

 

 リリスはため息をついた。

 

「情報収集が目的ですからね」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「分かってるって」

 

 二人は店内へ入る。

 

 昨日と同じように。

 

 所長はリリスと腕を組んだまま。

 

 夫婦らしく店へ入る。

 

 何人かのドワーフがこちらを見る。

 

 しかし。

 

 所長は特に気にする様子もなく、空いている席へ座った。

 

「何にします?」

 

 店主が尋ねる。

 

「一番強いやつ」

 

「昼間からか?」

 

「旅行だからな」

 

 店主が笑う。

 

「変わった旅行客だな」

 

「よく言われる」

 

「昨日も来てなかったか?」

 

「別の店だ」

 

「酒が好きなんだな」

 

「大好きだ」

 

 店主は豪快に笑った。

 

「じゃあ、うちの一番強いやつを出してやる」

 

「頼む」

 

 リリスはその横で軽い酒を注文した。

 

「私はこれを」

 

「お嬢さんは強いの飲まないのか?」

 

「私は付き添いですから」

 

「奥さんか?」

 

「はい」

 

 リリスは即答する。

 

「こいつの酒癖が悪いので」

 

「おい」

 

「事実でしょう」

 

「否定はしない」

 

 ドワーフたちが笑う。

 

「仲がいいな!」

 

「よく言われます」

 

 リリスは平然としていた。

 

 所長だけが少し照れていた。

 

     *

 

 酒が届く。

 

 所長は一口飲む。

 

「……」

 

 しばらく黙る。

 

「うまい」

 

 その一言で。

 

 所長の顔が緩んだ。

 

 もう一口。

 

 さらに一口。

 

 そして。

 

「……しかしなぁ」

 

 始まった。

 

「何です?」

 

「この国はなぁ……」

 

「はい」

 

「酒はうまい」

 

「それはよかったですね」

 

「銃もいい」

 

「はい」

 

「料理も悪くない」

 

「はい」

 

「なのに!」

 

 所長が突然テーブルを叩く。

 

「道が狭い!」

 

「……」

 

 リリスは無表情。

 

 周囲のドワーフが振り返る。

 

「地下だから仕方ねえだろ!」

 

 隣のドワーフが笑う。

 

「そうじゃねえ!」

 

 所長が絡む。

 

「もっと広くしろ!」

 

「無茶言うな!」

 

「国王に言っとけ!」

 

「お前が言え!」

 

「俺は旅行客だ!」

 

「知らねえよ!」

 

 酒場に笑い声が広がる。

 

 所長はさらに酒を飲む。

 

 そして。

 

「あと銃だ!」

 

「銃?」

 

「昨日の工房だ!」

 

「お前、銃器工房にも行ったのか?」

 

「行った!」

 

「何か買ったのか?」

 

「部品をな!」

 

「旅行客が買うもんじゃねえだろ!」

 

「俺には必要なんだ!」

 

「何に?」

 

「色々だ!」

 

 また笑いが起こる。

 

 リリスはその様子を横目に見ながら。

 

 静かに席を立った。

 

「少し席を外します」

 

「どこ行くんだ?」

 

「少し聞いてきます」

 

「おう」

 

 所長はもう聞いていない。

 

「おい店主!」

 

「なんだ?」

 

「もう一杯!」

 

「まだ残ってるだろ!」

 

「これは薄い!」

 

「それ、うちで一番強い酒だぞ!」

 

「もっと強いのを出せ!」

 

「ねえよ!」

 

 酒場がまた笑いに包まれる。

 

 リリスはその騒ぎを背に。

 

 別のテーブルへ向かった。

 

     *

 

「失礼します」

 

 リリスが声をかけたのは、鉱山帰りらしい三人のドワーフだった。

 

「何だ?」

 

「少しお聞きしたいことがありまして」

 

「観光客か?」

 

「ええ」

 

「珍しいな」

 

「夫と旅行で来ています」

 

 そう言って、リリスはちらりと所長を見る。

 

 所長は。

 

「この酒は薄い!」

 

 と叫んでいる。

 

「……旦那さん、大丈夫か?」

 

「いつものことです」

 

「いつものことなのか?」

 

「ええ」

 

 リリスは微笑んだ。

 

「それで、少しだけ教えていただきたいのですが」

 

「何を?」

 

「この辺りで、最近大きな工場が建ったとか、警備が厳しくなった場所はありますか?」

 

 三人のドワーフの表情が少し変わった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 リリスはその変化を見逃さなかった。

 

「何か?」

 

「いや」

 

 一人が答える。

 

「最近、南側の鉱区は警備が増えたな」

 

「南側ですか?」

 

「ああ」

 

「理由は?」

 

「知らん」

 

「本当に?」

 

「……」

 

 ドワーフは酒を飲む。

 

「最近、変な連中が出入りしてる」

 

「変な連中?」

 

「見慣れない奴らだ」

 

「ドワーフではない?」

 

「ああ」

 

「どんな種族ですか?」

 

「いろいろだ」

 

 そこで別のドワーフが口を挟んだ。

 

「魔族もいた」

 

「魔族……」

 

「それから、人間っぽい奴も」

 

「なるほど」

 

「ただ」

 

 ドワーフは声を落とす。

 

「南側の奥には近づかない方がいい」

 

「なぜです?」

 

「兵士が多すぎる」

 

「……」

 

「鉱山の警備にしては異常なんだ」

 

 リリスは頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

「何か調べてるのか?」

 

「いえ」

 

 リリスは笑う。

 

「ただの観光です」

 

「そうか」

 

「ええ」

 

 リリスは席を離れた。

 

 そして。

 

 所長の元へ戻る。

 

「どうだった?」

 

 所長が尋ねる。

 

「南側の鉱区」

 

「ほう」

 

「昨日見た建物と同じ方向です」

 

「なるほど」

 

「警備が異常に厳しいそうです」

 

「やっぱりか」

 

「それと」

 

「何だ?」

 

「見慣れない魔族や人間が出入りしているそうです」

 

「……」

 

 所長は少しだけ笑った。

 

「当たりかもしれんな」

 

「まだ分かりません」

 

「そうだな」

 

 所長は酒を飲む。

 

「もう少し聞こう」

 

「はい」

 

「俺はここにいる」

 

「分かっています」

 

「俺が目立っておけば、お前は動きやすい」

 

「そのつもりでしょうね」

 

「もちろん」

 

 所長はニヤリと笑う。

 

「酔っ払いのオーガなんて、誰も気にしない」

 

「……」

 

「だから、好きなだけ聞き込みしてこい」

 

「では」

 

 リリスは再び席を立った。

 

 所長はその背中を見送る。

 

 そして。

 

「店主!」

 

「今度はなんだ!」

 

「酒!」

 

「まだ飲むのか!」

 

「旅行なんだからいいだろ!」

 

「昼間から飲みすぎだ!」

 

「夫婦旅行だ!」

 

「関係あるか!」

 

 再び酒場に笑い声が響く。

 

 リリスはその声を聞きながら。

 

 ほんの少しだけ笑った。

 

 この方法は。

 

 確かに効率がいい。

 

 所長が馬鹿騒ぎをして注目を集めている間。

 

 自分は自然に情報を集められる。

 

 何より。

 

 所長本人が楽しんでいる。

 

 ならば。

 

 今日一日は、このままでいい。

 

 そう思いながら。

 

 リリスは次のテーブルへ向かった。

 

 一方。

 

 所長は。

 

「この酒、昨日よりうまいな!」

 

 と叫びながら。

 

 また一杯注文していた。

 

 地下王国に来て二日目。

 

 夫婦旅行は。

 

 少しずつ。

 

 ただの旅行ではなくなり始めていた。

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