アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case32 飲み屋にて

第三十一話 ドワーフの腕自慢

 

 翌日。

 

 昼前。

 

 ドワーフ地下王国の酒場は、いつも以上に騒がしかった。

 

「――おいお前ら!」

 

 その中心に。

 

 一人のオーガがいた。

 

「もっと酒を持ってこい!」

 

「まだ飲むのか!?」

 

 店主が呆れた顔をする。

 

「当然だ!」

 

 所長は大ジョッキを掲げた。

 

「こんな美味い酒を前にして、飲まない方が失礼だろ!」

 

「昨日も同じこと言ってただろ!」

 

「昨日より今日は元気だ!」

 

「意味が分からん!」

 

 所長は豪快に笑い。

 

 そのままジョッキを一気に煽った。

 

 ゴクゴクゴクゴク――。

 

 空になった。

 

「おおおおお!」

 

 周囲から歓声が上がる。

 

「飲み干しやがった!」

 

「オーガってのは化け物だな!」

 

「もう一杯!」

 

「俺も!」

 

「俺にもくれ!」

 

 いつの間にか。

 

 酒場中のドワーフが所長を囲んでいた。

 

 リリスは少し離れた席で、その様子を眺めている。

 

「……」

 

 呆れていた。

 

 だが。

 

 昨日とは明らかに違う。

 

 所長は完全にこの酒場に馴染んでいた。

 

 ドワーフたちも、もはや所長を「妙な旅行客」ではなく。

 

 「酒の強いオーガ」という認識で受け入れている。

 

「なあ兄弟!」

 

 髭の長いドワーフが所長の肩を叩く。

 

「なんだ?」

 

「お前、酒だけじゃねえだろ!」

 

「ほう?」

 

「腕っ節も強そうだ!」

 

「まあな」

 

「俺と勝負しろ!」

 

 ドワーフがテーブルを叩く。

 

「腕相撲だ!」

 

「おお!」

 

 周囲が一斉に盛り上がった。

 

 所長はニヤリと笑う。

 

「いいぞ」

 

「よっしゃあ!」

 

 ドワーフが椅子に座る。

 

 太い腕をテーブルに乗せた。

 

 その腕は、所長と比べれば短い。

 

 しかし。

 

 筋肉の付き方は凄まじい。

 

「俺はこの店で一番力が強い!」

 

「そうか」

 

「鉱山で二十年働いてる!」

 

「ほう」

 

「腕力には自信がある!」

 

「じゃあ始めよう」

 

 二人が手を握る。

 

「いけええええ!」

 

「ドワーフの意地を見せろ!」

 

「オーガを倒せ!」

 

「せーの!」

 

 ドンッ!

 

 勝負が始まった。

 

 ――そして。

 

 終わった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 ドワーフの腕は。

 

 一瞬で。

 

 机に叩きつけられていた。

 

 バンッ!

 

「……え?」

 

 酒場が静まり返る。

 

 所長は首を傾げた。

 

「もう終わりか?」

 

「……」

 

 ドワーフは自分の腕を見る。

 

「……お前」

 

「ん?」

 

「何者だ?」

 

「オーガ」

 

「そういう意味じゃねえ!」

 

 酒場が爆笑に包まれる。

 

「ははははは!」

 

「強すぎるだろ!」

 

「反則だ!」

 

「腕相撲に種族差はねえ!」

 

「あるだろ!」

 

「次だ!」

 

 別のドワーフが立ち上がった。

 

「俺がやる!」

 

「おう」

 

「俺は鍛冶屋だ!」

 

「へえ」

 

「鉄を一日中叩いてる!」

 

「じゃあ強そうだな」

 

「当然だ!」

 

 再び勝負。

 

 結果。

 

 バンッ!

 

 また一瞬。

 

「……」

 

「……」

 

「次!」

 

 さらに別のドワーフ。

 

 バンッ!

 

 さらに別のドワーフ。

 

 バンッ!

 

 そのまた次。

 

 バンッ!

 

 次々と挑戦者が現れる。

 

 そして。

 

 次々と敗北していく。

 

「おい!」

 

「誰か勝て!」

 

「無理だ!」

 

「まだ俺がいる!」

 

「やめとけ!」

 

「ドワーフの誇りを――」

 

 バンッ!

 

「……」

 

 静寂。

 

 所長は腕を組んだ。

 

「他にいないのか?」

 

「……」

 

 ドワーフたちが互いの顔を見る。

 

「お前、本当にオーガか?」

 

「そうだ」

 

「軍人だったとか?」

 

「元軍人だ」

 

「なるほど……」

 

 一人のドワーフが納得したように頷いた。

 

「それなら仕方ねえ」

 

「何がだ?」

 

「化け物には勝てん」

 

「誰が化け物だ」

 

「お前だ!」

 

 再び酒場が笑いに包まれる。

 

 所長も笑った。

 

「気に入ったぞ、お前ら!」

 

「こっちもだ!」

 

「飲め!」

 

「飲もう!」

 

「今日は俺たちの奢りだ!」

 

「いいのか?」

 

「腕相撲で勝った奴が奢られるのはおかしいだろ!」

 

「細けえことはいい!」

 

「そうだ!」

 

 所長は大笑いした。

 

「よし!」

 

 ジョッキを掲げる。

 

「飲むぞ!」

 

「おおおおお!」

 

     *

 

 しばらくして。

 

 酒場の熱気がさらに上がっていく。

 

 所長はすっかりドワーフたちと打ち解けていた。

 

 リリスはそんな様子を眺めながら。

 

 静かに情報収集を続けていた。

 

 昨日よりも簡単だった。

 

 所長が酒場の人気者になってしまったおかげで。

 

 周囲のドワーフたちが警戒しなくなったのだ。

 

 その時。

 

 一人のドワーフが、所長の隣に座った。

 

「なあ」

 

「ん?」

 

「お前、昨日から何か探してるだろ?」

 

 所長の目が僅かに細くなる。

 

 だが。

 

 表情は変えない。

 

「何のことだ?」

 

「とぼけるな」

 

 ドワーフは笑う。

 

「昨日、南側の建物を見てただろ」

 

「……」

 

 所長は酒を飲む。

 

「気になっただけだ」

 

「そうか」

 

「警備が厳重だったからな」

 

「そりゃそうだ」

 

 ドワーフは声を少し落とした。

 

「ありゃ普通の施設じゃねえ」

 

「何なんだ?」

 

「知らん」

 

「知らないのか?」

 

「俺たちが近づける場所じゃない」

 

 所長の隣で。

 

 リリスが静かに耳を傾けている。

 

「兵士が多い」

 

「鉱山じゃないのか?」

 

「違う」

 

「工場?」

 

「……たぶんな」

 

 ドワーフは周囲を確認する。

 

「昔からある施設じゃない」

 

「最近できたのか?」

 

「正確には、昔からある地下施設を改修したらしい」

 

「誰が?」

 

「それが分からん」

 

 所長は酒を一口飲んだ。

 

「魔族か?」

 

「……」

 

 ドワーフの表情が僅かに変わった。

 

 所長はそれを見逃さない。

 

「知ってるな?」

 

「……少しだけだ」

 

「話せ」

 

「お前、酔ってるか?」

 

「酔ってる」

 

「本当に?」

 

「たぶんな」

 

 ドワーフは苦笑した。

 

「まあいい」

 

 少しだけ身を寄せる。

 

「南側の鉱区にある、昔の精錬施設だ」

 

「精錬?」

 

「ああ」

 

「そこを誰かが占拠した?」

 

「そういう話だ」

 

「誰が?」

 

「知らん」

 

「またか」

 

「俺たちも詳しいことは知らされてねえんだ」

 

「でも警備が厳重」

 

「異常なくらいな」

 

 ドワーフは酒を飲んだ。

 

「兵士だけじゃねえ」

 

「他にもいるのか?」

 

「ああ」

 

「どんな奴らだ?」

 

「武装した連中だ」

 

「ドワーフ?」

 

「違う」

 

「魔族?」

 

「……それもいるらしい」

 

「人間は?」

 

「見たって奴もいる」

 

 所長は黙った。

 

 リリスも。

 

 何も言わない。

 

 ドワーフは続けた。

 

「それ以上は聞くな」

 

「なぜ?」

 

「首を突っ込むと面倒になる」

 

「俺は面倒なのが好きなんだ」

 

「昨日の腕相撲を見て分かったよ」

 

 ドワーフは笑う。

 

「だがな」

 

「ん?」

 

「あそこは、お前みたいな馬鹿でも近づかない方がいい」

 

 所長は。

 

 ニヤリと笑った。

 

「俺を馬鹿だと思ってるのか?」

 

「違うのか?」

 

「……」

 

 所長は少し考え。

 

「まあいい」

 

 そして。

 

 ジョッキを掲げた。

 

「酒を飲もう」

 

「話を聞いてたか?」

 

「聞いてる」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「なら何で飲むんだ?」

 

「情報をもらった礼だ」

 

「……」

 

「飲め」

 

「仕方ねえな」

 

 二人はジョッキをぶつけた。

 

 カンッ!

 

「乾杯!」

 

「乾杯!」

 

 所長は酒を一気に飲み干した。

 

 その横で。

 

 リリスは静かに立ち上がる。

 

「少し外へ出ます」

 

「どこ行くんだ?」

 

「確認したいことがあります」

 

「分かった」

 

 リリスが店を出る。

 

 所長はその背中を見送った。

 

 そして。

 

「なあ」

 

「なんだ?」

 

「もう一回、腕相撲やるか?」

 

「やめろ!」

 

「なんでだ?」

 

「もう俺たちの腕は限界なんだよ!」

 

「そうか」

 

 所長は笑った。

 

 その顔には。

 

 昨日までの「調査対象を見つけた」という緊張感はない。

 

 ただ。

 

 酒と。

 

 ドワーフたちとの付き合いを楽しんでいる男の顔だった。

 

 しかし。

 

 その裏で。

 

 確実に情報は集まり始めていた。

 

 南側鉱区。

 

 古い精錬施設。

 

 異常な警備。

 

 魔族。

 

 人間。

 

 そして。

 

 何者かによって改修された地下施設。

 

 所長はジョッキを握りながら。

 

 誰にも聞こえない声で呟いた。

 

「……さて」

 

 口元が。

 

 ゆっくりと吊り上がる。

 

「そろそろ本命が見えてきたな」

 

 だが。

 

 今日はまだ。

 

 突撃するつもりはなかった。

 

 何より。

 

 まだ行きたい銃器工房がある。

 

 そして。

 

 またリリスと街を歩きたい。

 

 だから。

 

 今日の所長は。

 

 珍しく。

 

 我慢していた。

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