アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case32 珍しく冴えた脳

第三十二話 合法的な脅迫

 

 酒場を出た所長は。

 

 珍しく。

 

 真面目な顔をしていた。

 

「……」

 

 隣を歩くリリスも、何も言わずに所長の様子を見ている。

 

 先ほどまで酒場で大騒ぎしていた男とは思えないほど、所長は静かだった。

 

 そして。

 

 しばらく歩いたところで。

 

「……そうだ」

 

 突然。

 

 所長が立ち止まった。

 

「どうしました?」

 

「俺、ものすごく頭のいいことを思いついた」

 

「嫌な予感しかしません」

 

「なんでだ」

 

「今までの経験です」

 

「失礼だな」

 

 所長は腕を組む。

 

「俺たちが勝手にあの施設へ入ったら、お尋ね者になる」

 

「はい」

 

「だから問題なんだ」

 

「そうですね」

 

「なら」

 

 所長はニヤリと笑った。

 

「無許可で入らなきゃいい」

 

「……」

 

 リリスが瞬きをする。

 

「どういう意味です?」

 

「許可を取ればいい」

 

「……」

 

「簡単だろ?」

 

「確かに理屈だけなら」

 

「だろ?」

 

「ですが」

 

 リリスは嫌な予感を覚えながら尋ねる。

 

「どうやって許可を取るんです?」

 

 所長は胸を張った。

 

「お願いする」

 

「普通ですね」

 

「ただし」

 

「はい」

 

「俺たちが何を調べているのかを説明する」

 

「それも普通です」

 

「そして」

 

 所長は拳を握る。

 

「調べさせないなら、そっちにも迷惑がかかるぞと教える」

 

「……」

 

「これで完璧だ」

 

「それは脅迫では?」

 

「交渉だ」

 

「恫喝です」

 

「言い方の問題だ」

 

「大問題です」

 

 所長は気にした様子もない。

 

「とにかく行くぞ」

 

「どこへ?」

 

「警邏詰所」

 

「……」

 

「正式に話を通す」

 

 リリスはため息をついた。

 

「本当に、今日はどうしたんですか?」

 

「俺だって学習するんだよ」

 

「その学習結果が恫喝なのが問題なんですが」

 

「細かいことはいい」

 

「よくありません」

 

     *

 

 しばらくして。

 

 二人はドワーフ王国の警邏詰所へ到着した。

 

 石造りの頑丈な建物。

 

 入口には二人のドワーフ兵士が立っている。

 

 所長はその前で立ち止まった。

 

「ここだな」

 

「はい」

 

「よし」

 

 所長は扉を開けた。

 

「失礼するぞ!」

 

「うおっ!?」

 

 中にいたドワーフたちが一斉に振り返る。

 

「何だ!?」

 

「騒がしいぞ!」

 

「何の用だ!」

 

 所長は堂々と奥へ進んでいく。

 

「責任者を出せ」

 

「……」

 

「誰だお前は?」

 

「アストリア王国から来た探偵だ」

 

「探偵?」

 

「そうだ」

 

 所長は身分証を見せる。

 

「こっちは助手」

 

「どうも」

 

 リリスも頭を下げる。

 

「それで何の用だ?」

 

 詰所の奥から、年配のドワーフが出てきた。

 

「俺がこの詰所の責任者だ」

 

「話がある」

 

「何だ?」

 

 所長は腕を組む。

 

「この国に組織犯罪の一味が入り込んでいる」

 

 空気が変わった。

 

「……」

 

「最近、南側の鉱区に異常に警備が厳重な施設があるな?」

 

「……」

 

 責任者の顔が僅かに強張った。

 

 所長はそれを見逃さない。

 

「やっぱり知ってるな」

 

「何の話だ?」

 

「とぼけるな」

 

 所長が一歩近づく。

 

「俺たちはアストリア王国で、この組織を追っている」

 

「……」

 

「リュネリア共和国でも活動していた」

 

「……」

 

「そして今度は、ここに来た」

 

 責任者は黙っている。

 

「このまま放置するなら」

 

 所長はニヤリと笑った。

 

「アストリア王国とリュネリア共和国による共同捜査になるかもしれないな」

 

「……何?」

 

 責任者の眉が動いた。

 

「それはどういう意味だ?」

 

「そのままだ」

 

「人間とエルフが?」

 

「ああ」

 

 所長は肩をすくめる。

 

「俺たちだけなら、ただの探偵だ」

 

「……」

 

「だが、組織犯罪が国境を越えているとなれば話は変わる」

 

 リリスが横から補足する。

 

「実際、リュネリア共和国でも同組織による被害が確認されています」

 

「……」

 

「アストリア王国側でも捜査対象です」

 

「……」

 

「そして、今回ドワーフ王国でも同様の痕跡が確認されている」

 

 所長が続ける。

 

「なら」

 

 所長は両手を広げた。

 

「三国共同捜査だ」

 

「……」

 

「嫌だろ?」

 

 詰所の中が静まり返る。

 

 ドワーフたちは互いに顔を見合わせている。

 

 ドワーフ王国は閉鎖的な国だ。

 

 外国の警察や軍隊が国内に入ることなど。

 

 当然、望ましい話ではない。

 

 まして。

 

 人間とエルフ。

 

 歴史的に仲が良いとは言えない二国が。

 

 同じ犯罪組織を追って共同捜査をするとなれば。

 

 国内に外国人捜査官が大量に入ることになる。

 

「……お前」

 

 責任者が低い声で言う。

 

「それは脅しじゃないのか?」

 

「交渉だ」

 

「脅しだろうが!」

 

「じゃあ聞く」

 

 所長は腕を組む。

 

「俺たちに調べさせるか?」

 

「……」

 

「それとも、本当に三国共同捜査にするか?」

 

「……」

 

 リリスが隣で小声で言った。

 

「所長」

 

「なんだ?」

 

「完全に恫喝ですよ」

 

「交渉だ」

 

「違います」

 

「まあいい」

 

 責任者は頭を抱えた。

 

「……証拠はあるのか?」

 

「ある」

 

「見せろ」

 

 所長は懐から資料を取り出した。

 

 リュネリア共和国で得た情報。

 

 アストリア王国での情報。

 

 そして。

 

 ドワーフ王国に入ってから得た情報。

 

 それらを一つずつ並べていく。

 

「原材料はエルフ」

 

「……」

 

「精製設備はドワーフの技術」

 

「……」

 

「運搬を担当しているのは魔族」

 

「……」

 

「そして、その背後にいるのがカルテル」

 

 責任者の表情が険しくなる。

 

「……」

 

「南側の施設」

 

 所長が指で地図を叩く。

 

「ここだろ?」

 

 責任者は答えない。

 

 だが。

 

 その沈黙こそが答えだった。

 

「なるほど」

 

 所長は満足そうに笑った。

 

「じゃあ話は早い」

 

「何をするつもりだ?」

 

「調べる」

 

「どうやって?」

 

「合法的に」

 

 リリスが驚いた顔をする。

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「珍しいですね」

 

「俺だってできる」

 

 所長は責任者を見る。

 

「正式な捜査協力を頼む」

 

「……」

 

「そして、施設への立ち入り許可をくれ」

 

「……」

 

「俺たちが勝手に入らなければ」

 

 所長はニヤリと笑う。

 

「誰も俺をお尋ね者にはできない」

 

 リリスは小さくため息をついた。

 

「そこだけは正しいですね」

 

「だろ?」

 

「ですが」

 

 リリスは続ける。

 

「そのために共同捜査をちらつかせるのは、やはり恫喝です」

 

「……」

 

 所長は少し考えた。

 

「じゃあ」

 

「はい」

 

「合法的な恫喝」

 

「もっと悪くなっています」

 

 詰所のドワーフたちから笑いが漏れる。

 

 責任者も。

 

 とうとう呆れたように息を吐いた。

 

「……分かった」

 

「お?」

 

「まずは上に話を通す」

 

「許可は?」

 

「勝手に決められるか!」

 

「そうか」

 

 所長は頷く。

 

「じゃあ、いつ返事が来る?」

 

「早くても明日だ」

 

「分かった」

 

「それまで大人しくしていろ」

 

「もちろん」

 

 所長は踵を返す。

 

「行くぞ、リリス」

 

「はい」

 

 詰所を出る。

 

 外へ出たところで、リリスが口を開いた。

 

「所長」

 

「なんだ?」

 

「今日は随分と頭が回っていますね」

 

「だろ?」

 

「正直、少し驚きました」

 

「俺だって毎回殴り込むわけじゃない」

 

「それなら安心しました」

 

「それに」

 

 所長は煙草を取り出す。

 

「銃器工房にも行きたいし」

 

「……」

 

「酒場にも行きたい」

 

「……」

 

「お前とも、もう少し遊びたい」

 

「……」

 

 リリスが黙る。

 

「だから」

 

 所長は煙草に火をつける。

 

「お尋ね者になるわけにはいかん」

 

 リリスはしばらく所長を見つめ。

 

「……それなら」

 

「ん?」

 

「今日もデートにしますか?」

 

「……」

 

 所長は一瞬固まった。

 

 そして。

 

「……そうするか」

 

 少し照れながら答えた。

 

 二人は並んで歩き出す。

 

 背後では。

 

 警邏詰所のドワーフたちが慌ただしく動き始めていた。

 

 南側鉱区の異常。

 

 外国人探偵。

 

 カルテル。

 

 そして。

 

 アストリア王国とリュネリア共和国による共同捜査の可能性。

 

 ドワーフ王国にとって。

 

 決して小さな問題ではない。

 

 しかし。

 

 その問題を持ち込んだ当人たちは。

 

「次はどこの酒場にする?」

 

「所長、昨日飲みすぎましたよ」

 

「今日は大丈夫だ」

 

「昨日も同じことを言っていました」

 

「今日は昨日より大丈夫だ」

 

「何が違うんです?」

 

「気分だ」

 

「……」

 

 そんな会話をしながら。

 

 夫婦旅行を楽しんでいた。

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