# 第三十三話 王族からの依頼
翌朝。
所長とリリスは、宿の食堂で朝食を取っていた。
所長は山盛りの肉を頬張り、リリスはいつものようにコーヒーを飲んでいる。
「……昨日より肉が少ない」
「十分な量だと思いますが」
「足りん」
「朝からそんなに食べるからでしょう」
「朝だから食うんだ」
「理屈になっていません」
そんな、いつものやり取りをしていた時だった。
宿の扉が開いた。
ドワーフの兵士が二人、入ってくる。
「アストリアから来た探偵だな?」
所長は肉を咀嚼しながら顔を上げた。
「そうだが」
「王宮へ来てもらう」
「王宮?」
「王族からの呼び出しだ」
「……」
所長は肉を飲み込む。
「飯は?」
「……」
兵士が困った顔をする。
「食べ終わってからでいい」
「そうか」
所長は安心したように頷いた。
「じゃあ待ってくれ」
「おい!」
兵士が思わず声を上げる。
「王族の呼び出しだぞ!?」
「だから飯を食ってる」
「……」
リリスが頭を下げる。
「申し訳ありません。すぐ向かいますので」
「……頼む」
兵士は諦めたようにため息をついた。
そして。
食事を終えた二人は、王宮へ向かった。
*
ドワーフ王国の王宮。
地下王国の中心部に築かれた巨大な石造建築。
そこへ通された所長とリリスは、広い謁見室へ入った。
奥。
高い椅子に座っているのは、ドワーフ王族の一人だった。
所長が前に立つ。
「どうも」
「どうも、ではない!」
開口一番。
王族は頭を抱えた。
「……」
所長は目を瞬かせる。
「何か?」
「何かではない!」
王族は深々とため息をついた。
「リュネリア共和国の噂は聞いている」
「そうですか」
「エルフの国で何をした?」
「何も」
「……」
「俺はただ旅行しただけだ」
「その旅行の結果、カルテルの農場が一つ完全に解放されたという話まで聞いている」
「偶然だ」
「偶然で農場が解放されるか!」
周囲にいた家臣たちが一斉に顔をしかめる。
リリスも無言で目を逸らした。
所長は平然としている。
「それで?」
王族は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「まさか……」
低い声で続ける。
「この国を戦場にするつもりではあるまいな?」
「まさか」
所長は即答した。
「一介の探偵が、そんな大それたことをするわけないでしょう」
「……」
「……」
「……」
謁見室の全員が。
ものすごく白い目で所長を見た。
「なんだ?」
所長が周囲を見る。
「何かおかしいか?」
リリスが小声で言う。
「説得力がありません」
「そうか?」
「ええ」
王族は深々とため息をついた。
「……もういい」
そして。
表情を真剣なものへ変える。
「実は我々も、あの施設については把握していた」
「ほう」
「だが、手を出せなかった」
「なぜ?」
「人質だ」
所長の表情が変わった。
「……」
「カルテルは、この国の技術者や労働者を多数拘束している」
「精製設備を作らされている連中か」
「そうだ」
王族は頷いた。
「施設を攻撃すれば、人質を殺される可能性がある」
「……」
「さらに」
王族は拳を握る。
「報復として国内各地でテロを起こされる可能性もある」
だから。
ドワーフ王国は動けなかった。
兵力がないわけではない。
カルテルに対抗できないわけでもない。
だが。
自国民を人質に取られている以上。
下手に攻撃すれば、最悪の結果を招く。
「そこで」
王族は所長を見る。
「お前に頼みがある」
「俺に?」
「ああ」
王族はしばらく黙った。
そして。
「断ると思っている」
「ほう」
「それほど危険な仕事だ」
王族は一枚の地図を広げる。
南側鉱区。
そこにある巨大な地下施設。
「ここだ」
所長が地図を見る。
「例の精製設備工房だな」
「そうだ」
王族は指を置く。
「この施設を」
そして。
「一日で破壊してほしい」
謁見室が静まり返った。
「……」
リリスが目を見開く。
「一日……ですか?」
「ああ」
王族は頷く。
「そして」
地図の別の場所を指す。
「中にいる人質を全員救出してほしい」
「……」
「設備は完全に破壊する」
「……」
「人質は生存させる」
「……」
「それを一日で」
普通なら。
断る。
王族自身がそう思っている。
あまりにも無茶な条件だ。
施設はカルテルによって要塞化されている。
警備兵もいる。
武装も整っている。
そして。
人質がいる。
正面から攻撃すれば人質が危険にさらされる。
かといって。
潜入して全員を救出しながら施設を破壊するなど。
普通の人間には不可能だ。
王族は所長を見つめる。
「……できるか?」
「できる」
「……」
「やろう」
即答だった。
「所長」
リリスが思わず振り返る。
「本当に?」
「ああ」
所長は地図を眺める。
「面白そうだ」
王族は呆気に取られた。
「……断らないのか?」
「何で?」
「いや……」
「条件は?」
「施設の破壊」
「うん」
「人質の救出」
「ああ」
「一日以内」
「分かった」
「……」
「それだけだろ?」
「……そうだ」
所長は地図を折りたたむ。
「じゃあやる」
王族はしばらく所長を見つめ。
やがて頭を抱えた。
「……やはり、呼ぶべきではなかったかもしれん」
家臣の一人が小声で呟く。
「ですが、他に手段が……」
「分かっている」
王族はため息をついた。
「だから頼んだのだ」
所長は踵を返す。
「じゃあ行くぞ」
「どこへ?」
リリスが尋ねる。
「現場」
「今日ですか?」
「ああ」
「準備は?」
「現地で考える」
「……」
リリスは頭を抱えた。
「本当に、いつもそれですね」
「時間がもったいない」
所長は王族を見る。
「ドワーフを何人か借りたい」
「何人だ?」
「施設に詳しい奴」
「……」
「それから、設備を壊せる奴」
「鍛冶師や技師ということか?」
「ああ」
「分かった」
王族は近くの兵士に命じる。
「技術者と兵士を数名選べ」
「承知しました」
ほどなくして。
数名のドワーフが集められた。
施設の構造を知る技術者。
地下鉱区に詳しい坑道作業員。
そして。
戦闘経験のあるドワーフ兵。
所長は彼らを見回した。
「お前ら」
「なんだ?」
「死にたくなかったら俺の指示に従え」
「……」
「人質を助ける」
所長の表情が変わる。
「それだけは絶対だ」
先ほどまでの酔っ払いの顔はない。
元軍人。
荒事専門探偵。
そして。
数々の修羅場を潜り抜けてきた男の目だった。
「設備は壊す」
所長は続ける。
「だが、人質を巻き込むような馬鹿な真似はしない」
ドワーフたちが頷く。
「分かった」
「よろしく頼む」
所長は満足そうに笑った。
「よし」
そして。
「行くぞ」
こうして。
ドワーフ王族から正式な依頼を受けた所長たちは。
その日のうちに。
カルテルが占拠する精製設備工房へ向かうことになった。
リリスは隣を歩きながら。
「所長」
「なんだ?」
「今回は本当に、合法的な依頼ですね」
「ああ」
「王族からの正式な依頼ですから」
「そうだな」
「昨日までとは大違いです」
「……」
所長は少し考えた。
「じゃあ今回は」
「はい」
「思いっきり暴れても問題ないな」
「……」
リリスは黙った。
そして。
「王族に依頼を受けた意味を、少し考えてください」
「分かってる」
「本当に?」
「人質を助ける」
「それだけでは?」
「設備を壊す」
「……」
「あと」
所長は煙草に火をつける。
「一日で終わらせる」
その顔には。
いつもの。
あの不敵な笑みが浮かんでいた。
こうして。
ドワーフ王国最大級の犯罪組織拠点。
カルテルの精製設備工房を巡る戦いが。
ついに始まった。