アランスミシー探偵事務所の事件簿   作:山門門山

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case4 幕間 所長の休日

幕間 所長の休日

 

 朝。

 

 リリスが事務所の二階から降りてくると、階下から金属を磨く音が聞こえてきた。

 

 キュッ。

 

 キュッ。

 

 キュッ。

 

「……」

 

 嫌な予感がする。

 

 階段を降り、事務所の裏手にあるガレージへ向かう。

 

 扉を開ける。

 

「おはようございます、所長」

 

「おう、おはよう」

 

 所長は上機嫌だった。

 

 それだけなら何の問題もない。

 

 問題は、その周囲だった。

 

 狭いガレージの中に二台の自動車。

 

 壁には所狭しと並べられた銃器。

 

 作業台の上には拳銃。

 

 床には木箱に入った軍用品。

 

 そして中央では、所長が一丁の小銃を布で磨いている。

 

「……朝から何をしているんですか?」

 

「見りゃ分かるだろ」

 

 所長は小銃を持ち上げる。

 

「手入れだ」

 

「見れば分かります」

 

「なら聞くなよ」

 

「一応、秘書なので確認しています」

 

「そうか」

 

 所長は鼻歌交じりに銃を磨き続ける。

 

 昨日まで屋敷に飾られていた銃器。

 

 軍払い下げの拳銃。

 

 短機関銃。

 

 小銃。

 

 そして、所長が以前から所有していた私物。

 

 ガレージはいつの間にか、小さな武器庫と化していた。

 

「随分増えましたね」

 

「まだ足りねえ」

 

「……」

 

 リリスは壁を見る。

 

 銃。

 

 銃。

 

 銃。

 

「十分だと思いますが」

 

「全然だ」

 

「何丁あれば満足するんです?」

 

「種類ごとに一丁」

 

「種類というのは?」

 

「同じ銃でも年代や型式が違えば別だ」

 

「なるほど」

 

 リリスは頷いた。

 

「つまり病気ですね」

 

「失礼だな」

 

 所長は笑った。

 

 次の瞬間。

 

 ガシャッ。

 

 小銃に弾を装填した。

 

「……所長」

 

「なんだ?」

 

「今、弾を入れましたね?」

 

「ああ」

 

「何をするつもりです?」

 

「試し撃ち」

 

「ここで?」

 

「ここで」

 

「ガレージですよ?」

 

「知ってる」

 

「狭いですよ?」

 

「知ってる」

 

「周囲には人が住んでいますが?」

 

「それも知ってる」

 

 リリスは眉間を押さえた。

 

「……本当に撃つんですか?」

 

「撃つ」

 

 所長は何の迷いもなく銃口をガレージの奥へ向けた。

 

 そして。

 

 パンッ!

 

 乾いた銃声が響いた。

 

 ガレージの壁が震える。

 

 表通りを歩いていた男が飛び上がった。

 

「うわっ!」

 

 馬車を引いていた馬が驚いて嘶く。

 

 向かいの店から店主が顔を出す。

 

「な、なんだ今の音は!?」

 

 二発目。

 

 パンッ!

 

「またか!」

 

 通りの人間が一斉にガレージを見る。

 

 中から煙が漂ってくる。

 

 リリスは無表情のまま所長を見る。

 

「……」

 

「いい音だな」

 

「……」

 

「リリス?」

 

「何です?」

 

「怒ってるか?」

 

「いいえ」

 

「ならいい」

 

「怒ってはいません」

 

 リリスは眼鏡を直す。

 

「呆れています」

 

「そうか」

 

「通りの人間は驚いていますよ」

 

「いつものことだ」

 

「慣れさせないでください」

 

 所長は銃を確認する。

 

「いいな、こいつ」

 

「そんなに気に入りましたか?」

 

「ああ」

 

 所長は嬉しそうに銃を眺める。

 

「重さもいい。反動もいい。音もいい」

 

「銃の感想とは思えませんね」

 

「銃だからな」

 

 その時、ガレージの前を警官が二人通りかかった。

 

 中から漂う硝煙。

 

 壁一面の銃器。

 

 そして巨大なオーガ。

 

 警官二人が足を止める。

 

「……」

 

「……」

 

 所長と目が合う。

 

「おう」

 

「……おはようございます」

 

「おう」

 

 警官はガレージの中を見る。

 

 そして壁を見る。

 

 もう一度所長を見る。

 

「……何か問題は?」

 

 所長が尋ねる。

 

「いえ……」

 

「なら行け」

 

「はい」

 

 二人は何も見なかったことにして通り過ぎていった。

 

 リリスはその背中を見送った。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「今の警官、完全に見なかったことにしましたね」

 

「賢い奴らだ」

 

「褒めている場合ですか」

 

「俺は何も悪いことしてねえぞ」

 

「ガレージで銃を撃つこと自体が十分問題です」

 

「試し撃ちだ」

 

「その言葉で全てが許されると思わないでください」

 

 所長は笑いながら銃を置いた。

 

 そして今度は車へ向かう。

 

 黒塗りの大型車。

 

 先日の貴族から手に入れたものだ。

 

 所長はボンネットを布で磨き始める。

 

「こいつもいい」

 

「車まで磨くんですか?」

 

「当然だ」

 

「昨日も磨いてませんでした?」

 

「昨日は外側だけだ」

 

「今日は?」

 

「今日は細かいところまでやる」

 

 所長は楽しそうだった。

 

 まるで子供が新しい玩具を手に入れたような顔をしている。

 

「エンジンも見ておくか」

 

「仕事は?」

 

「今日はまだ依頼がない」

 

「そうですか」

 

「だから今日はこいつらの面倒を見る」

 

「……」

 

 リリスはしばらく所長を眺めた。

 

 戦場では銃弾の中を平然と歩き、マフィア相手に一人で殴り込み、金には異常なほど執着する。

 

 粗暴で、短気で、暴力的。

 

 おまけに銃と車を見れば露骨に機嫌が良くなる。

 

 そんな男なのに。

 

 こうしている姿だけを見れば、ただの趣味人にしか見えない。

 

「所長」

 

「ん?」

 

「楽しそうですね」

 

「ああ」

 

 所長は車を磨きながら笑った。

 

「こういうのがあるから生きてるって感じがするんだよ」

 

「……そうですか」

 

 リリスは小さく笑った。

 

「では、私は朝食の準備をします」

 

「おう」

 

「ガレージで銃を撃つのは、もうやめてくださいね」

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

 リリスが事務所へ戻ろうとする。

 

 その背後で。

 

 パンッ!

 

 銃声。

 

 リリスの足が止まった。

 

 ゆっくり振り返る。

 

 所長が銃を構えたまま、こちらを見る。

 

「……」

 

「……」

 

「所長」

 

「なんだ?」

 

「今、撃たないと言いましたよね?」

 

「言った」

 

「では、なぜ撃ったんです?」

 

 所長は少し考えた。

 

「……最後に一発だけ」

 

「子供ですか、あなたは」

 

 通りの向こうから、また悲鳴が上がった。

 

「今の何!?」

 

「またあの事務所だ!」

 

「関わるな、あそこは!」

 

 リリスは深々とため息をついた。

 

 今日もこの事務所は平和だった。

 

 少なくとも、所長にとっては。

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