第三十七話 王からの褒美
ドワーフ王国、王城。
巨大な石造りの謁見の間に、所長とリリス、そして今回の救出作戦に参加したドワーフたちが並んでいた。
正面の玉座には、ドワーフ王。
その手には、今回の作戦についてまとめられた報告書があった。
王は一枚。
また一枚と書類をめくっていく。
そして。
最後の一枚を読み終えると。
「……」
長い沈黙。
王はゆっくりと顔を上げた。
「確認したい」
「何だ?」
「本当に一日でやったのか?」
「ああ」
所長は何でもないように答える。
「昨日の朝、作戦を開始して」
「その日のうちに施設を破壊」
「人質を全員救出」
「そしてカルテルの拠点を壊滅させた」
「そうだ」
「……」
王が眉間を揉む。
「さらに施設内からカルテルの資料を大量に回収」
「金品と武器も回収」
「通信機まで持ち帰った」
「落ちてたからな」
「……」
王の側近が小声で。
「陛下」
「なんだ」
「この男に『落ちていた』という概念を説明させるのは無駄かと」
「私もそう思う」
所長は二人を見た。
「なんだよ」
「何でもない」
王はため息を吐く。
しかし。
その表情から怒りは消えていた。
「だが」
王は報告書を閉じる。
「結果だけを見れば、我が国が長く抱えていた問題の一つを解決した」
謁見の間が静かになる。
「カルテルは我が国の技術者を脅迫し、家族を人質に取って働かせていた」
「そのため、我々も簡単には手を出せなかった」
「王国軍を動かせば、人質を殺される可能性があったからだ」
王はドワーフたちを見る。
「だが、お前たちはそれを突破した」
ドワーフの技術者たちが深く頭を下げる。
「我々からも礼を言わせてほしい」
その言葉に。
所長は少しだけ姿勢を正した。
「ああ」
それだけ答える。
リリスは横で小さく微笑んだ。
王は続ける。
「そこで」
王が手を広げる。
「お前に褒美を与えたい」
「金はいらねえ」
「……」
王が目を丸くする。
「まだ何も提示していないぞ?」
「金なら仕事すりゃ手に入る」
「では武器は?」
「欲しい」
「なら――」
「だが、それより欲しいものがある」
所長が王を見る。
「何だ?」
「この国への自由な入国許可だ」
「……」
王が黙る。
「できれば一度きりじゃねえ」
「無期限?」
「ああ」
「理由を聞いても?」
所長は少し考え。
「酒がうまい」
「……」
謁見の間に微妙な沈黙が流れる。
リリスが額を押さえた。
「所長」
「何だ?」
「もう少しまともな理由を」
「銃もいい」
「それも理由なんですか?」
「飯もうまい」
「……」
王がとうとう笑い始めた。
「ははははは!」
所長が怪訝そうに見る。
「何がおかしい?」
「いや」
王は笑いを抑えながら。
「お前らしいと思ってな」
そして。
王は側近を見る。
「特別通行証を用意しろ」
「陛下、本当によろしいのですか?」
「構わん」
「しかし、通常の入国規則では――」
「この男が敵として入ってくるより、味方として入ってくる方が遥かにマシだ」
「……確かに」
側近は納得したように頷いた。
王は所長を見る。
「ただし条件がある」
「何だ?」
「我が国の法律を守ること」
「当たり前だ」
「酒場で騒ぐのは?」
「多少なら」
「多少の基準を聞いている」
「……」
所長が黙る。
リリスが横から答えた。
「前回、店の酒を片っ端から飲みました」
「ほう」
「その後、店の外で寝ました」
「……」
王が所長を見る。
「それは法律違反ではないな」
「だろ?」
「だが店には迷惑だ」
「まあな」
「そこは反省しろ」
「分かった」
王は笑った。
「それから、我が国で騒ぎを起こす場合は、せめて事前に知らせろ」
「無理だな」
「なぜだ?」
「騒ぎってのは突然起きるからな」
「……」
王は頭を抱えた。
「やはり特別通行証を渡す相手を間違えたかもしれん」
「もう遅いですよ、陛下」
側近が苦笑する。
しばらくして。
ドワーフ王国の紋章が刻まれた特別通行証が運ばれてきた。
王はそれを所長へ手渡す。
「これを持っていけ」
所長は受け取る。
「これがあれば、我が国の正規の国境から自由に出入りできる」
「便利だな」
「お前だけでなく、同行する者についても申請をすれば許可できる」
所長は隣を見る。
「リリスもだな」
「はい」
リリスが頭を下げる。
「ありがたく使わせていただきます」
所長は通行証を眺める。
それから。
ぽん。
リリスの頭に手を置いた。
「これで気軽に遊びに来られるな」
「……そうですね」
リリスは少しだけ目を細めた。
「所長が酒場で暴れなければですが」
「俺は暴れてねえ」
「店の酒を全部飲んだのは?」
「飲んだだけだ」
「それを世間では暴れたと言うんです」
「そうか?」
「そうです」
王が二人を見て笑う。
「よし!」
王が大きく手を叩いた。
「では!」
「今日は細かい話は終わりだ!」
王の声が響く。
「宴を始めるぞ!」
その瞬間。
謁見の間の空気が変わった。
「おおおおお!」
「酒だ!」
「肉を持ってこい!」
「今日は飲むぞ!」
「所長もだ!」
「当然だ!」
所長が即答する。
「……」
リリスは。
すでに頭痛がしてきた。
*
その夜。
王城の大広間は。
完全な宴会場と化していた。
長い石造りのテーブルには。
巨大な肉の塊。
焼いた魚。
野菜の煮込み。
黒パン。
香辛料の効いた料理。
そして。
何より大量の酒。
ドワーフ王が自ら杯を掲げる。
「我が国の民を救った者たちに!」
「乾杯!」
「乾杯!」
ジョッキがぶつかり合う。
ガンッ!
所長も一気に飲み干す。
「うめえ!」
「お前、酒が強いな!」
隣のドワーフが笑う。
「弱かったらこんなところ来てねえよ」
「言うじゃねえか!」
「勝負するか?」
「何の?」
「腕相撲」
ドワーフがニヤリと笑った。
「やめておけ」
別のドワーフが止める。
「こいつはやめとけ」
「俺は鍛冶職人だぞ!」
「だから何だ」
「腕には自信がある!」
「そうか」
所長が席を立つ。
「じゃあやろう」
テーブルの上に腕を置く。
「いくぞ!」
「おう!」
「レディ……」
「ゴー!」
ドンッ!
数秒。
「……」
ドワーフの腕が。
ゆっくり倒れていく。
「ぐ……!」
「うおおおお!」
「まだだ!」
さらに力を込める。
だが。
所長の腕は。
びくともしない。
「ぐぬぬぬぬ!」
ドンッ!
テーブルに叩きつけられる。
「くそおおお!」
大歓声。
「次は俺だ!」
「俺も!」
「俺が勝つ!」
次々と挑戦者が現れる。
しかし。
結果は変わらない。
所長は。
「もうちょっと強いやついねえのか?」
と笑っている。
「お前、オーガってのは本当に化け物だな!」
「褒め言葉か?」
「最大級の褒め言葉だ!」
「ならいい」
所長も笑う。
やがて。
王まで笑いながら酒を飲み始めた。
「お前!」
「なんだ?」
「明日は帰るのだろう?」
「ああ」
「なら今日は好きなだけ飲め!」
「言ったな?」
「言った!」
「後悔するなよ?」
「王の言葉を撤回すると思うか?」
「思わねえ!」
「なら飲め!」
「おう!」
その後。
宴はさらに激しくなった。
誰かが歌い。
誰かが踊り。
誰かが腕相撲を挑み。
誰かが酒を持って所長の隣へ座る。
「お前、軍人だったんだって?」
「ああ」
「どこの軍だ?」
「アストリア王国軍」
「へえ」
ドワーフは興味深そうに見る。
「じゃあ、あの銃も軍用か?」
「そうだ」
「見せてくれよ」
「嫌だ」
「なんでだ!」
「酒の席で銃の話をすると面倒になる」
「それもそうだな!」
また笑いが起きる。
リリスは少し離れた席で。
そんな所長を眺めていた。
「……」
普段は粗暴で。
金にがめつく。
酒好きで。
暴力も大好き。
そんな男だ。
だが。
こういう時だけは。
妙に人との距離を縮めるのが早い。
特に。
自分たちを救ったドワーフたちが笑っているのを見ると。
リリスも自然と表情を緩めた。
そして。
宴は深夜まで続いた。
*
翌朝。
「……」
所長は宿のベッドに座っていた。
「頭が痛え」
リリスが荷物をまとめながら振り返る。
「いつものことですね」
「ああ」
「昨日もあれだけ飲めば当然です」
「水」
「そこです」
リリスが水を渡す。
所長は一気に飲む。
「ふう」
「朝食は?」
「食う」
「二日酔いなのに?」
「腹は減る」
「相変わらずですね」
「肉あるか?」
「あります」
「よし」
所長は立ち上がった。
結局。
二日酔いでも食欲だけは衰えなかった。
朝食を済ませ。
二人は荷物を車へ積み込む。
そして。
ドワーフ王国を後にした。
*
帰路。
国境検問所。
入国した時とは。
明らかに空気が違っていた。
車が近づくと。
一人のドワーフ兵が顔を上げる。
「……あ」
「例の二人だ」
別の兵士も気づく。
「昨日の王城の……」
「そうだ」
所長が車を止める。
「検問か?」
「はい!」
兵士が駆け寄ってくる。
だが。
その表情には。
入国時の警戒心がない。
「特別通行証をお願いします」
「これだ」
所長が渡す。
兵士は確認すると。
すぐに敬礼した。
「問題ありません」
「そうか」
「ありがとうございました!」
「おう」
兵士が道を開ける。
所長は車を発進させる。
少し走ったところで。
リリスが後ろを見る。
「……ずいぶん態度が変わりましたね」
「ああ」
「入国するときは、あれだけ怪しまれていたのに」
「俺たちが何をしたか知ったんだろ」
「でしょうね」
所長は窓を少し開ける。
そして。
煙草に火をつける。
「まあ」
煙を吐く。
「悪くねえな」
リリスが笑う。
「そうですね」
車は。
アストリア王国へ続く道を進んでいく。
背後には。
今までとは違う国境。
そして。
懐には。
ドワーフ王国から与えられた。
自由な入国を約束する特別通行証。
二人の旅は。
これで終わりではない。
むしろ。
この通行証によって。
新しい仕事へ繋がる扉が。
一つ増えたのだった。